見出し画像

世界の音楽

今はウェブで世界中の情報を手軽に見たり聴いたりできるけれども、わたしの若い頃はまだパソコンのない時代だった。そんな時代に「世界の民族音楽」というラジオ番組があった。小泉文夫さんという民族音楽の学者が担当して話していた。毎週1回(30分間?)文字通り世界中の民族音楽が聴けた。

珍しい楽器も紹介されたが、ラジオなので実物が見られない。例えばハーディー・ガーディーという楽器、バイオリンに似たものと言うことは分かるが、実際どんな形でどう弾くのかよくわからない。だから、大学の図書館で楽器の図を見たりしたこともあった。

今Wikipediaで、ハーディー・ガーディーのことを調べてみると、
“…多くは20世紀初頭にはほとんど消滅したが、…近年では再興の動きが…さまざまな新しいジャンルの音楽にハーディ・ガーディが用いられることも増えている。”
実際、2,3年前こんな動画を見た、

"The Longing" - Patty Gurdy  (3'30")
今見ると9百万Viewsを越えている。古くて顧みられなくなったものが、再発見されて生き返った典型例のようなものだ。

Youtubeを逍遥していると、多分始めて聴いたのに懐かしい曲に出会う。

Djelem Djelem - Barcelona Gipsy Klezmer Orchestra (5'35")
もしかしてどこかで聴いたかも知れない、例えば、生まれる前とか…。インド的な死生観に立てば(それが事実かどうかはさておき)、前世はジプシーだったかもわからない… ^_^
とくに珍しい楽器はないけれど、メロディーは異国情緒があって、しかも懐かしさを感じる。

歌う女性や踊る女性をみると、巫女とかシャーマンをよく思い起こす。
Olena UUTAi. Earth music festival](約6 min)

しかし、男性の声も魅力がある。
Дороги (ダローギ、道) Dmitrii Khvorostovskii歌](約4'50")
“おお道よ 立つほこり 寒さにふるえ 雑草は丈高く茂る 明日をもわれ知らず いつ荒れ野の露と消えん…”

ロシア民謡も(昔)よく聴いた。[トロイカ](4'6") は、日本では軽快な音楽として演奏されるけれど、本当はとても悲しい曲(愛する女性が、地主に奪われるという…歌詞は全然違う)。逆に、[カチューシャ](2'55") は、日本では悲しい曲と思われているけれど、ロシアでは、兵隊を送り出すときに歌われる威勢のよい曲だ(こちらはロシア語も和訳の歌詞も似ている)

わたしは、最近テレビなどあまり観ないけれど、今、海外の音楽というとほとんど米国のものになっているように感じる。わたしの若い時は、英語以外の歌もよく聴いたような気がする、クラシック音楽は別として…。

聴くということはどういうことだろうか?
こんな作品がある [4分33秒(Wikipedia)
あるいは、この人を知ってるだろうか?[How to truly listen(英語です)](34'6") Evelyn Glennie という打楽器奏者、信じられないけれど、聾者なんです。

“(15'9" マンドリンを演奏しているようす)…聞こえますか?聞こえない、確かに、触ってもいないですからね。(笑)
でも、何かが起こっているというのは分かるでしょう。つまり、木が揺れるのを見るとか。そうすると、木がザワザワという音を出していると想像するんですよ。わかります?何か目に映ったら、いつも音が発生している。ですからね、いつも、万華鏡に映ったものを引き出すって感じ。
だから、わたしの演奏はすべてわたしの体験からできているんです。音楽の一節を習得するとか、誰かの解釈を付け加えるとか、関連する音楽CDを買うとか、そういうことではないんです。だって、そういうことをしても、わたしには直に訴えてくるものがないのです、本当に音の旅を体験させるものがないのです。…”

世界には様々な音楽、歌い方、発声、楽器、がある(もちろん日本の民謡や伝統音楽も含めて)。そういう多様性を生み出したのは、住む環境(気候とか)の影響が大きいのだろうと思う。そして、分離、というとおおげさであるけれど、地方性とでもいうのか、交流、情報が今ほど大きくなかったということも、あると思う。今は日本人でも、ハワイアンを歌ったり、フラメンコを現地人よりうまく踊ったりする。

音楽に限らず、国際化する今、各国、地方の文化はどうなっていくのだろうか。観光化してるものもある。他の文化に刺激されて新しいものがでてきてもいる。これからの時代は、そういう多様性も多くなるかも知れない。

政治的な問題はあるけれど、広く世界をみて、憎しみを拡げず、赦(ゆる)しの精神を持ちたいものだ。(前世は奴隷だったかも知れないし、奴隷商人だったかも、あるいは奴隷解放者だったかも知れないのだから。)そうして誰もが自由に表現できる社会になってほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?