【平手友梨奈】が決して語らない「欅坂46」との1617日間
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【平手友梨奈】が決して語らない「欅坂46」との1617日間

平手友梨奈

今や彼女の名を知らない日本人は居まい。いや、海外でも広く認知されているであろう。2001年(平成13年)6月25日、愛知県生まれ、本日20歳になった。
彼女はとにかく多くを語らない。謎が多いと思われる方も多いと思うし、怖いなと思う方もいるかと思う。
彼女は非常に恵まれていたが、一方非常に恵まれないアイドルだった。

欅坂46

最近、良く思う。「欅坂46」とは一体何だったのか。何の為に存在し、何を意義として活動していたのか。何の伝説だったのかとも思う。今となってはよくわからないのが私の現状だ。私は、最終オーディションで、結成メンバー(一期生)が決まった瞬間から、「欅坂46」に何かを期待していたと思う。(当初はグループ名は「鳥居坂46」とされていた。「欅坂46」への変更は、私は結局、このグループを良い方に導いたと思っている。)2015年8月21日、とにかくこのグループは動き出した。この先に訪れる多くの苦難、悲しみ、喜び、も知らずに、ひた走り始めたのだ。

デビューの前に、「欅って、書けない?(通称けやかけ)」という冠番組がテレビ東京系で10月に始まった。お見立て会などが開かれ、恐らく一番最初のテレビパフォーマンスは、「2015 FNS歌謡祭」での「乃木坂46」の「制服のマネキン」だったと思う。私は、元乃木坂46の生駒里奈が当時から好きで(2018年に卒業し、舞台女優、バラエティ、ドラマ、YouTubeなど幅広く活躍している)、その曲のセンターは生駒里奈であったが、平手友梨奈が務めた「制服のマネキン」のセンターの衝撃は今でも忘れられないものだ。

2016年3月17日にデビューカウントダウンライブが行われ、そして、4月6日、ついにデビューを果たした。

サイレントマジョリティー

デビュー曲である「サイレントマジョリティー」は、世間にそれなりの衝撃を与えた。アイドルらしからぬ姿、アイドルなのに一切笑わない。そしてそのセンターは、当時最年少の平手友梨奈が務めた。
それは当たり前かもしれない、平手友梨奈の存在は、一期生の中でも異質だった。普段は無邪気な女の子でありながら、パフォーマンスとなると人が変わったようになる。「この子はアイドルの枠におさまっていない」私はそう感じていた。
秋元康の書く欅坂46の歌詞を「気持ち悪い」「違和感を感じる」と思う人もいると思う。大人によって書かれた、「大人たちに支配されるな」という歌詞を歌う。しかし彼女達は、ただ鵜呑みにして歌詞を表現するわけではない。彼女らは、歌詞を噛み砕く時間を作る。歌詞に対しての解釈などを話し合い、パフォーマンスにつなげる。私はちっとも気持ち悪くもなければ、違和感もなかった。ただ、この曲が、世間の認知をこえ、誤解とともに広がっていくとしたら・・・それは嫌だなとは思っていた。

センターとしての立ち位置

平手友梨奈が、とにかく欅坂46全ての楽曲(ソロや派生ユニットは除く)にてセンターを務めた。アイドルの女の子は、基本、センターをやりたくない。意外かもしれないが、それが現実だ。
例をあげれば、乃木坂46のデビュー曲から5thシングルまでセンターを務めた生駒里奈は、6thシングルでセンターが白石麻衣に変わった時、ステージ上で倒れた。今まで積もりに積もっていたプレッシャーや、責任感が解放された瞬間だった。
だが、平手友梨奈は、表題曲、カップリング曲、全てセンターを任された。坂道AKBの初代センターも務めた。AKB48グループでもなく、乃木坂46という、姉妹グループの先輩のメンバーでなく、一番デビューが遅い欅坂46の平手友梨奈が務めたことになる。
欅坂46だろうが、坂道AKBだろうが、居なかったのだ。平手友梨奈をセンターに置かず、他のメンバーをセンターに置く。するとたちまち平手友梨奈のポジションだけ浮くのだと思う。そこまで、平手友梨奈は凄まじい才能を秘めたアイドルだった。

何かが狂い始める

欅坂46の副キャプテンだった守屋茜が、欅坂46のドキュメンタリー映画にてこう話している。「わからなくなっちゃったのは、不協和音あたり。」
そう、2017年に入った頃から、平手友梨奈の悩みはかなり深くなりはじめたように感じる。彼女は「表現」することに一切妥協はしない。結果彼女の膝が痣だらけなことが多くあった。
そして、事件が起こった。
2017年6月、彼女が参加していた幕張メッセでの全国握手会。平手友梨奈がいた第1レーンで、刃物を所持した男が発煙筒を投げたのだ。私は現場を見たわけではない。状況は語れないが、16歳の誕生日を迎える前日に、このような事件が起きたこと、それは彼女に何かの変化をもたらしてしまったと思う。当たり前だろう。「刃物」「発煙筒」それだけでもショッキングなのに、現場は彼女のいた第1レーン。怖かっただろう・・・と案じた。
それでも普段はいたずら好きな可愛い女の子だ。欅坂46をあまり知らない方は、彼女が笑うところを見たことは少ないかもしれないが、彼女に笑顔は多い。最年少のクソガキだった。
私にはもちろん不安はあった。運営はセンターを変える気は全くなさそうで(変えると、それはもはや「欅坂46」でなくなってしまうくらいに事は動いていたと思うが)彼女はただただセンターに立ち続け、その繊細な心に小さな傷が広がり始めていることに気づいていたのだろうか?
そう、「不協和音」という伝説の楽曲のリリースをきっかけに、不協和音が響き始めた。   
2017年8月16日、初のアリーナツアーの名古屋公演を彼女は突然休演した。ファンそして何よりメンバーは戸惑った。「代理センター」を立てる案には、反対したメンバーが多かった。「平手友梨奈」のバックダンサー、そう守屋茜は表現している。「平手友梨奈」がいないと成り立たないグループと世間には映っても仕方ない、不本意にも彼女への依存は深かった。

度重なる怪我、病

私は全て「不協和音」だったと思う。後にファンからはこの曲は「魔曲」と言われることになる。
2017年12月31日、2年連続2回目の第68回紅白歌合戦出場を果たした。その時パフォーマンスをしたのが「不協和音」だ。
平手友梨奈は、よく「憑依型」と形容される。演じているわけではないのだ。本当に何かが憑りつくのか、内側から何か生まれるのか。きっと両方だ。「不協和音」で、平手友梨奈が絶叫する、「僕は嫌だ!」という表現を目に、耳に、にしたことがあるだろうか?あれは完全に「不協和音」の主人公、「僕」の憑依と「彼女」の心情がリンクしたものと私は捉えている。
その紅白歌合戦での出来事は、欅坂46に詳しくない方の中ではきっと不思議なものと思われ、詳しい方の中では、ついにこんなことが・・・と思われたかもしれない。
とにかくそのパフォーマンスの中で(時間を置かずに2回も「不協和音」をパフォーマンスするのが既に無理な話なのだが)、メンバー3人が過呼吸状態になり(鈴本美愉については2回目の前に、既に意識が朦朧としていたという話も囁かれている)、平手友梨奈も怪我をした。「不協和音」には、メンバーがバタバタと倒れていくパフォーマンスがあるが、平手友梨奈はパフォーマンスに妥協しない為、倒れる時は、容赦しない。自分にどんなことが起こるか、判断しているのか、そんな判断できる思考になっていないのかはわからない。その際、派手に右腕と頭をステージに強打し、結局意識は薄くなり、欅坂46のメンバーとスタッフは、負傷メンバーを運びながら逃げるようにステージの下手に去った。この後、平手友梨奈は、欅坂46と一旦距離を置く、とメンバーに話した。「自分だけが目立つ」自分の才能が浮くことを彼女は恐れたのかもしれない。
「今欅坂をやっていて楽しいのか?」彼女がメンバーに問う。メンバーは泣きながら必死で止めた。

年が変わり2018年まもなく、平手友梨奈が「右腕上腕三頭筋損傷」により全治1ヶ月と診断されていることが公になった。1月31日と2月1日に予定されていた日本武道館の欅坂46のコンサートは、全てアンダーグループの「けやき坂46」の単独公演となった。しかし4月に行われた「2nd YEAR ANNIVERSARY LIVE」では、平手友梨奈不在で、センターを曲ごとにまわして行われた。「代理センター」を立てて、薄氷の上で欅坂46は歩んだ。
平手友梨奈は一旦、完全復帰したようにも見えたが、とにかく私には彼女が透けて見えるようになった。身体というより、心が透ける。
7月に行われた「欅共和国2018」ではパフォーマンスをやり遂げたが、9月の「夏の全国アリーナツアー」最終公演では、ステージから落下する事故が起きた。彼女の表現方法が、憑依した「僕」が、花道へと彼女を駆り立てた。その後、平手友梨奈がステージ復帰できないと知った小池美波は、「ああ、終わった」と思ったと言う。メンバーは手をイヤモニにあて、動揺した。突然前触れもなく、絶対的センターがいなくなる。いわば頼りすぎなのだが、もうアイドルの枠におさまらない存在を、アイドルグループのセンターに置くことが既に間違っていると私は思った。しかしそのコンサートでの欅坂46のメンバーは、さすがと思わずにはいられなかった。小池美波は、平手友梨奈が担当する「二人セゾン」のソロダンスを急遽踊った。マイクを佐藤詩織に預けて。迷ったと言う。彼女は頭の中で、「踊る?踊らない?踊る?踊らない?」を繰り返し、結局踊ったのだ。欅坂の為、平手の為、見事な舞いだった。

同月、平手友梨奈自身初の出演、主演映画「響 -HIBIKI-」が公開となった。(後に「第31回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞新人賞」、「第42回日本アカデミー賞新人俳優賞」、「2018年度日本インターネット映画大賞 日本映画ニューフェイスブレイク賞」「第28回日本映画批評家大賞で新人女優賞」を受賞した。)しかし体調不良は続き、精密検査で「腰部打撲・左仙腸関節捻挫による仙腸関節不安定症、両手関節捻挫による遠位橈尺関節痛」と診断され、ここから彼女の活動はかなり不安定なものとなる。身体も、心も、おそらく彼女は参っていた。

それでも坂をのぼり続ける

2019年の「全国アリーナツアー」は出演を見合わせた。大阪公演から、「避雷針」でのみパフォーマンスで復帰。ツアーファイナルで、追加公演の初の東京ドーム公演で一旦完全復帰した。
この公演で、封印していた「魔曲」・不協和音の封印が解かれた。
東京ドーム2日目、最終公演。
Wアンコールでステージに現れたのは、平手友梨奈、ただ1人だった。彼女にスポットが当たった瞬間の騒めき。
「響-HIBIKI」のエンディング曲で、自ら歌ったソロ曲「角を曲がる」を披露。彼女は訴えていた。

「らしさって一体何?」

「君は君らしく生きる自由があるんだ」と歌った彼女は、きっとこの「らしさ」に悩まされたのかもしれない。
私はこの時、東京ドームで何となく思った。欅坂46の平手友梨奈を観られるのは最後かも・・・と。その公演で何も話さず、笑うこともなかった彼女が、最後に一言、「ありがとうございました。」と少し微笑んだ。あの時見たあの微笑みを私は忘れることができない。

私の考えでは、この時、彼女の中で「欅坂46から離れる」という決断をしていたと考えている。彼女は、欅坂46史上初となる選抜制を導入した9thシングルでもセンターの位置だったはずだった。しかし彼女は、MV撮影に現れないなど、かなり不安定になっていた。メンバーが仲良さげに談笑する中、彼女は目立たないところで1人で寂し気に椅子に座っていた。そう、台風で撮影が延期される前は参加していたが、その後また撮影が始まった時、彼女は現場に現れなかった。「歌詞の世界を表現できない」それが理由だった。

2019年12月31日、「第70回NHK紅白歌合戦」にて「不協和音」を披露。これが彼女の欅坂46としての最後の姿だった。出演前に、点滴を打つような限界であった。ふらふらでステージに向かったが、パフォーマンス中は怖いほどの目力で、不敵な笑みを浮かべていた。おそらく「憑依」なのだ。
その紅白歌合戦のあと、彼女は「もう一緒にできないの」と1人1人メンバーに伝えたようだ。

2020年になりまもなく、1月23日、ファンにとっては「衝撃」、名前くらいしか知らない方にも、「平手友梨奈脱退」のニュースは話題にのぼった。「卒業」でなく「脱退」なのは、彼女の希望だと言う。ニュース番組でも報道され、その日出演のラジオで「その件については今は話したいと思わない。いつか自分が話したいと思った時に、機会があればお話させていただきたい」というニュアンスのことを話した。1617日間の「欅坂46」との日々が終わった。

どういう気持ちでいたか、どれほど悩み、心も身体もどれほど傷つき、きっと喜びもあっただろう。でもきっと、平手友梨奈は辛かった。最後まで「不動のセンター」の呪縛から逃れることはできず、「脱退」でケリをつけた。でも辛く苦しいだけではなかったと思う。「欅坂46」は、彼女の才能を開花させ、きっとそれがこれからも続いて行く。

脱退後

脱退後は、主にモデルや、俳優としての仕事を主にしていた。雑誌の表紙を飾ることも。映像での参加であるが、パリコレにも出演も果たした。

昨年末には、初めての完全に個人名義での「ダンスの理由」という楽曲を発表した。YouTubeにて公開されたそのMVは、2021年6月25日現在、600万回以上再生されている。
その「ダンスの理由」作詞は、欅坂46の総合プロデューサーである秋元康氏だが、こんな表現がある。

結局 あの娘(こ)を見てると 一番辛かった頃の私を思い出すの
誰かがいてくれたら普通でいられた
誰もいなかったから 仕方なく
踊るしかなかったんだ

それでも、

何度だって踊るよ
倒れても構わない
誰かの悲しみを癒す
その一瞬のために夢のようなターン決めよう

この言葉でこの楽曲は結ばれている。
きっと孤独に踊っていた。
でも誰かの為に踊り続ける。 

強い意志の現れであり、自分を鼓舞している。
脆く、傷つきやすく、だがしっかり芯がある強さも持ち合わせている。

俳優としては映画「さんかく窓の外側は夜」で呪いを操るヒロイン「非浦英莉可」を演じた。ここでも体当たりな演技が高く評価されたと思う。今現在、心を閉ざした車イスの少女「ヒナコ」を熱演している、映画「ザ・ファブル 殺さない殺し屋」が公開中だ。ドラマ「ドラゴン桜」では、東大を目指す、全国トップレベルのバトミントン選手の高校生、「岩崎楓」を演じている。

何も語らない理由

平手友梨奈は、今現在、欅坂46脱退についてほとんど話をしていない。きっとまだ「話したい時」ではないのだと思う。無理に話をしても、心が疲弊するだけだ。でも、いつか、あの頃彼女に何が起こっていたのか・・・。彼女の口から聞きたいと思わずにいられない。

欅坂46の改名

「欅坂46」は、現在「櫻坂46」とグループ名を変え、活動している。私は、「櫻坂46」に「平手友梨奈」の色のようなものを感じることはない。平手友梨奈を「知らない」新二期生が配属され、新たなグループとして舵を取り始めた。私は少し悲しかったが、一度区切りをつけて出直す、櫻坂46としての出発をしたのはきっと良かったのだと思う。平手友梨奈にとっても。今でも欅坂46が活動していたら、きっと彼女にとっては少し苦しいと思う。欅坂46は、もう人々の心の中にしか存在しない。きっと平手友梨奈の心の中にも、ほんの少しでも欅坂46は生きているのだろう。
それでも彼女は歩き出した。かつての仲間とは違う道だが、まだ20歳、これからだ。
そしてかつて「欅坂46」であった全てのメンバーの道はきっと明るい。きっと。何故なら今、誰もが鐘を鳴らせる存在であるから。

一瞬より長い永遠

私は「平手友梨奈」に期待をしている。私の期待は、マジョリティの期待する何かではない。「『みんな』が期待するような人」になることなど望んでいない。
彼女なら、これからも何かをやってくれる。そう思えて仕方ない。
自らを犠牲にする、身を、心を削る彼女の「表現」が、私にはとても美しく思う。

不安もあるけれど、私は平手友梨奈の「表現」を感じていたい。

そしていつか証明して欲しい。
「欅坂46」の「平手友梨奈」は確かに存在したと。

「永遠より長い一瞬」を、確かにあの頃生きていたことを。
そしてこれから、「一瞬より長い永遠」を生きていくことを。



※2021/6/29追記。
平手友梨奈さんに対する、「周りが笑っているのに1人だけ笑わないのが怖い。」という現代の風潮に、私自身としては抗議の意を表し、彼女の存在意義の自由、彼女の表現の自由への権利を求めます。平手友梨奈さんは、とても表情豊かに笑う方です。知らずに「怖い」という判断を下さないで欲しい。




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