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分かってないよ

WurtS(ワーツ)の『分かってないよ』を聴いた。歌詞考察のライティングをしていて、今話題だと知った。それからずっとエンドレス再生。 

現役大学生の青年が歌い手ということで、その青青しさたるや、羨ましさやら懐かしさやらが檸檬汁のように胸から滴った。

『分かってないよ』を聴いて、私を通り過ぎて行ったあの人やこの人の後ろ姿がチラついて一日中邪魔だった。かれこれ約10年前、あの人が浮気した理由が分かった気がした、気がしただけ。

そして、ORANGERANGEの『上海ハニー』を初めて聞いてしまった時のような危機感を覚えた。大人になってしまった感覚。危ない世界を知ってしまった恥辱感。でも、そこに横たわる幼稚感に腹も立った。

大人になるなんて、たいして大人になってない。いつまで経っても人間は、幼い。

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『分かってないよ』のMVを見ていると主人公の男の子が、2人の女の子の間で生ぬるく心揺れているのがよく分かる。

ロングヘアでエロティックな女子と、ショートカットで純真な女の子を前に、しおらしく生きてる男の子。どっちが大切か分からなくなる瞬間が痛々しい。罪を被るほどに偉そうな面もしていない。

YouTubeのコメント欄にはあれやこれやと様々な考察がなされていて、どれも興味深い。そして、書き込んだ本人の体験が織り交ぜになったものが多く、塩辛い気持ちになった。

みんな大事なレポートの締切とかの合間に、つらつらと書き込んでるんでしょ?自分もそうだったからよく分かる。

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さて『分かってないよ』を聴きすぎていると「分かってないよ」という言葉、誰から誰に掛けられてる言葉なのか、脳がバグって分からなくなる。

浮気気味の男の子から、女の子へ?
一途な女の子から、男の子へ?
遊ばれる女の子から、遊ぶ男の子へ?
どちらも選べない自分から、自分へ?

言い訳する人が誰かを説得するための落胆、怒り、期待がぎゅーっと詰められている。


いつか昔、サッカーの大迫勇也選手に対する「大迫半端ないって」が流行った。あの「って」の中には、主張や信頼、願望、期待が込められているとある人が言っていた。「大迫はすごい」「大迫は絶対すごいのだ」「大迫はすごいかもしれない」「大迫はすごいはずなんだ」という感じだ。

「分かってないよ」の言葉にもこんな豊かな意味が込められている気がしている。「分かってないよね?」「分かってほしい」「分かってくれるかもしれない」「分かってくれるはずなんだ」。

どこまでも他力本願な言葉。頭にくる。

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かつて、浮気した彼氏が文字通りの「分かってないよ」をぶっ放してきたのを思い出した。

「君は分かってないよ。こんなに一緒にいて分かんないの?」みたいな言葉だった。あれは舞台上の台詞だったのだろうか。

まだまだWurtSと同じ歳くらいだった無垢な私は、自分を責めた。はずだった。

けれど『分かってないよ』を聴いたら面白いことに気が付いた。

私は彼が「その子」を選んじゃった理由よりも、自分を好きだった理由だけ知りたかった。そこだけ分かっていれば充分な私も、随分と贅沢な知ったかぶりだ。何にも分かってないし、分かろうとしていなかったのだ。

分かってないよ、と言われても、分かるつもりすらない私。永遠に交わらないこの線だけを、あの時、持て余していたのだった。

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PVの最後にショートカットの女の子が呟く。

”私、あなたといると分からなくなる。
楽しいけど切ない。嬉しいけど寂しい。”

感情なんて、ひとつやふたつで成り立っていない。結局、私たちは自分で自分のことすら分かってないのだ。

そして、この世に分かっていいことなんて、あるのだろうか?100%分かることなんて、あるのだろうか?分からない方がよっぽど良かったことなんぞ、ごまんとある。


全部分かったつもりで生きてるあなたや私へ。


それ全然、分かってないし、分からなくていいよ。


p.s.この曲の良さはとてもよく分かりました。

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