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サンタ学校

 一つ、深呼吸をした。半年前まではまさか、また自分が学校生活を送るとは思ってもみなかった。

 でも、今の俺は学生だ。この「サンタクロース育成学校」の。

 俺は高鳴る気持ちを押さえつつ、学校の門をくぐった。


 貧しい家庭で育った幼い頃の俺は、クリスマスがとても楽しみだった。子供の頃のプレゼントと言ったら、誕生日とクリスマスにプレゼントをもらう子供が多いと思うが、俺の誕生日はクリスマスと被っていて、誕生日プレゼントがなく、唯一サンタからプレゼントをもらえる大事な日だった。

 だから、俺にとって、サンタは憧れだった。夢を与えてくれるような、そんな存在。

 年を重ねるにつれて、そんなことも忘れてしまっていたが、あるとき、サンタクロース育成学校で生徒を募集しているという話を耳にした。それまで、生活のために仕事をしているだけの日常を繰り返していて、それに疑問を抱き始めていたときだった。

 俺は昔抱いた憧れを思い出し、今度は俺が子供達に夢を与える存在になれないだろうかと、考えた。

 そして、俺は仕事を辞めて、入学願書を提出したんだ。


「入学おめでとう、後輩くん」

 肩を叩かれるのと同時に明るい声がした。振り返ると、俺より年上と思われる男がいた。

「オレはリブロ。これでも一応、生徒会副会長。君は?」

 初対面でいきなり馴れ馴れしいが、先輩ということで、普通に挨拶をしておく。

「カクタスです。よろしくお願いします」

「よろしくな~。おっ、生徒会長様だ」

 リブロの視線の先を追うと、背の高い女性がこちらに向かってきていた。女性はリブロを睨んでいる。

「リブロ! あんた、なかなか来ないと思ったら、こんなところで生徒会の仕事、サボってんじゃないよ」

「別にサボっているわけじゃないよ。後輩のカクタスに挨拶してただけさ」

 女性は俺に視線を移し、表情が柔和になった。

「リブロがいきなりごめんなさいね。私は生徒会長のカーラ。この学校はまだまだ認知されてなくて生徒数が少ないから、新しい子が来ると、こいつがはしゃいじゃうのよ。迷惑かけたわね」

「別に迷惑じゃないよな? おっ、もう一人来たな」

 門の方から眼鏡をかけた一人の小柄な女性が歩いてくる。

「入学おめでとう!」

 リブロが近付いて声をかけると、ビクッと反応して目を見開いていた。

「また、あいつは・・・・・・」

 カーラが呆れたようにため息をついた。

「いい加減にしなよ」

 カーラがリブロを注意すると、小柄の女性がこっちに気付いた。

「生徒会長のカーラさんですね。私、サシアです」

 サシアはカーラに対して一礼した。

「私のこと、知ってるのね」

「説明会に参加したとき、ザラン先生が紹介して下さっていました」

「あなたのことも先生から聞いているわ。ミネアさんのことも。ここの卒業生なのよね?」

 サシアは頷いた。

「母のミネアは卒業後、サンタをしていたので、色々話を聞いていたんです。それで、私もやりたいと思って。でも、サンタクロースを女性がやっていると違和感を持つ人もいますから、私はその観念を少しでもなくしていきたいと思っています」

「そうね。女性がやっちゃいけないなんてことはないもの」

「カーラのことを知っているなら、校長のこともわかってるね。カクタスも説明会には参加したの?」

「いえ。俺は願書の提出がギリギリだったので、学校の紹介資料を見て決めました。でも、ゾップ校長のことは知っています。趣味がサーフィンだということも」

「見た目もまさにサンタクロースのイメージそのままだもんな」

「それよりも」

 カーラがリブロの襟首を掴んだ。

「仕事に戻るよ」

「えっ、ちょっと!」

「二人とも、立ち話しちゃってごめんね」

 リブロはカーラに引きずられるようにして去っていった。

「・・・・・・あなたも新入生?」

 サシアが俺に訊いてきた。俺は頷いた。

「じゃあ、行きましょう。トナカイ小屋に先生がいるはずだから」


 学校の隣にある小屋に向かうと、すでに他の生徒が集まっていた。皆の視線の先には二頭のトナカイと、傍らにザランがいた。鍛えているのか、体格が大きく、しっかりしている印象だ。

「オスのトッドとメスのメリンダだ」

 教師のザランがそれぞれのトナカイを紹介した。トッドには立派な角が生えている。

「サンタクロースを志すなら、トナカイとのふれあいも大切だ。プレゼントを子供達に届けるときの相棒だからな」

 ザランは生徒を見渡して訊いた。

「初代のサンタクロースのソリを引いていたトナカイらの名前を知っている奴はいるか?」

 ちらほらと手が挙がる。俺の隣にいたサシアも挙げていたら、ザランは彼女を指名した。

「初めは八匹のトナカイがソリを引いていて、先頭から、オスのダッシャー、メスのダンサー、プランサー、ヴィクセンと続いて、オスのコメット、キューピッド、ドナー、ブリッツェンです。そして、後から赤鼻のトナカイであるオスのルドルフが先頭を務めるようになったと聞いています」

「おぉ! よく知っているな。その通りだ」

 初耳の情報だ。トナカイの名前なんて、今まで気にしたこともなかった。

ザランが喋っているなか、俺は小声でサシアに尋ねた。

「そんなに詳しいなんて、調べてきたのか?」

 サシアも小声で答えた。

「もともと、本を読むのが好きで、子供の頃からシーズン関係なく、サンタの絵本やクリスマス関係の本を読んでいたから、知ってたの」

 俺も図書館で本を読むことはあったが、貧しかったこともあり、新しい本を買って読むことは出来なかった。

 ザランが再び質問を投げてきた。

「プレゼントには靴下のイメージもあるが、何故そうなったのか、これも答えられる奴はいるか? どうだ?」

 それは俺も知っている。手を挙げると、ザランが俺を指名してきた。

「初代サンタクロースが煙突から金貨を投げ入れ、それが暖炉近くに干していた靴下に入ったからです」

「そうだ。ちなみに、それが初代サンタの初めてのプレゼントだったんだ」


 それから、俺達は三ヶ月にわたって講習を受け、全てが終わった後、サンタ見習いとして実習が始まった。

 俺はすでに何度も実習経験があるリブロと、サシアはカーラと組むことになった。

「よろしくな、カクタス」

 リブロが俺と同じサンタクロースの格好でニカッと笑った。この三ヶ月で、ムードメーカーになる彼の明るさと馴れ馴れしさには慣れた。

「よし、行くぞ」

 大きなプレゼントを詰め込んだ白い袋を持って、俺達はソリに乗り込んだ。八匹いるトナカイのうち、一匹はトッドだ。たぶん、メリンダはサシアのソリを牽くんだろう。

 リブロは手綱を握った。トナカイが走り出し、ソリが夜空へ浮かんでいく。俺は袋が落ちないよう掴んでいた。

 どこからか、定番のクリスマスソングが聞こえてくる。地上を見下ろすと、イルミネーションで華やいでいる町の中で、大きなクリスマスツリーをバックに歌っている人々がいた。周辺には屋台のようにテントが並んでいて、賑わっている。クリスマスマーケットのイベントだろう。

 ソリは郊外へ向かっていく。

「俺達は五軒回る。まずは、あそこの家だ」

 ソリが緑色の屋根の一軒家に近付いて空中で止まった。俺とリブロは二階のバルコニーに降り立つ。バルコニーの窓には鍵が掛かっているが、おかまいなしに通り抜けた。サンタの服を着ているとそれが出来る。講習で教わったことだ。

 部屋の中は電気が消えているが、目が慣れてくると少しだけ見えてくる。俺は聞こえてきた寝息の方へ音を立てないよう気をつけながら近付いた。ベッドで少年が寝ているようだ。そばの壁には靴下のオーナメントが飾られている。

「この少年のプレゼントを」

 リブロが白い袋を開けて囁くと、小さな光が袋から出てきた。少年が欲しいものを願った想いの光だ。それが、長方形の箱へと姿が変わる。おもちゃのようだ。

 俺はリブロからそれを受け取り、ベッドの傍らに置くと、バルコニーへ出ていく。

「この調子で次だ」

 こうして、同じように三軒回って、子供達にプレゼントを届けた。

 そして深夜になった頃、最後の一軒である四階のアパートに近付くと、見覚えのある姿が見えた。

「あれ、カーラとサシア?」

 四階の角部屋のベランダに二人がいた。俺達もソリを近付けると、二人もこっちに気付いた。

「どうして、ここに?」

「それはこっちが訊きたいわ」

「いや、ここ担当なんだけど」

 カーラとサシアが顔を見合わせた。

「私達もここを担当のはずなんですが」

リブロは困惑した表情を見せた。

「ひとまず、中へ入って確かめてみますか?」

 俺の言葉に、カーラが頷きながら言った。

「そうね。子供のそばへ行ってみましょう」

 俺達はベランダから窓を通り抜けて、中へ入った。暗いが、棚に置かれていた小さなクリスマスツリーの明かりでテーブルや椅子があるのだとわかり、ここはリビングのようだ。近くの扉にはリースも飾られている。そこを通り抜けて廊下へ出ると、左側にある扉から部屋の中を覗いた。

「この部屋です」

 俺は小声で三人を案内した。常夜灯がついている部屋に、姉妹らしき子供達が二段ベッドで寝ていた。

「姉と妹で担当が分かれてたのかも」

 サシアが白い袋を開けて、想いの光を取り出す。それは人形が入った箱に変わった。俺も同じようにすると、光は本へ変化した。

 二つのプレゼントをそばにあった机に置こうとすると、「サンタさんへ」と書かれた封筒が目に留まった。

「これ、手紙じゃない?」

「どうしましょう?」

「せっかく書いてくれたから、読んでみようか」

 封筒の中には便せんが一枚だけ入っており、開くと「サンタさん、まい年プレゼントをありがとう。あいたいです」と書かれていた。

「これも、一つの夢ね」

「でも、こればかりは・・・・・・」

「そうだな、叶えてやりたいけど、俺達が勝手にやっていいことじゃない。一応、サンタにもイメージがあるし」

 俺は便せんを封筒に入れて机に戻すと、扉の方から声がした。

「私の出番かな」

 振り返ると、驚きで大きい声が出そうになった。とっさに口元を抑える。

「校長!?」

 あの赤い服装で豊かな白髪、白髭、眼鏡をかけ、笑顔を浮かべたゾップ校長がそこにいた。


「うーん・・・・・・」

 二段ベッドの上に寝ていた妹が目を覚ました。その声に反応して、下段寝ていた姉もゆっくり目を開けた。寝ぼけているのか、すぐには動き出さない。

「起こしてしまったかな」

 聞き覚えがないであろう声に、二人の視線が声の主に向いた。その瞬間、二人の目が大きく見開かれた。どちらも、がばっと起き上がる。

「サンタさん!」

 妹の方が喜びの声を上げた。姉の方は、サンタクロースに釘付けのまま固まって、開いた口が塞がらないようだ。

「メリークリスマス。手紙、ありがとう」

 サンタクロースは二人の少女に微笑むと部屋を出て行く。ベランダに向かい、ソリに乗った。

「サンタさん、ありがとう!」

 姉妹は、部屋から飛び出して追いかけてきた。

 そんな二人に、サンタクロースは手を振った。手綱を握ると、トナカイらが動いてソリを牽いていく。夜空へ去っていくサンタクロースの姿を、姉妹は姿が見えなくなるまでベランダから見上げていた。

「上手くいったわね」

 アパートの屋上へ移動していた俺達は、校長の粋な計らいを見守っていた。

「サンタクロースに会いたいなんて、かわいい夢ね」

「私も幼い頃、願っていたことあります」

「わかる! あるあるだよな」

「ひとまず、あの子達の夢が叶って良かったです」

 小声で話していたら、ベランダからリビングの明かりが漏れるのが見えた。

「ご両親が起きちゃったかも。急いでここから離れましょう」

 カーラとリブロがそれぞれのソリへ向かう。

「私達の夢も叶いましたね」

 サシアが嬉しそうに呟いた。

「え?」

「子供達に夢を与えたり、叶えたり。自分がそんな風になりたいって言う夢を」

 そうだ。確かに、その一歩を踏めた。

「今は、誰かに叶えてもらうんじゃなくて、自分で叶えていけるんだよな」

 俺の言葉に、サシアは頷いた。

「いろんな夢を創って叶えていくって考えたら、なんだか楽しい」

 そう言ってサシアは笑った。

「おーい、二人とも行くぞ」

 リブロに呼ばれ、俺達はそれぞれのソリに乗った。

 この先も子供に夢を与え、笑顔を見られていけたなら、俺の喜びももっと増えていくんだろう。

                           ー了ー

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