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角田光代「森に眠る魚」にみる、母親たちの孤独

実在の事件を基にした「ママ友」小説

「ママ友」。この言葉に、あなたはどんなイメージを持っているだろうか。

私には子供がいないのでイメージでしかないが、「育児」「母親」という共通点でのみつながる、表面的なつながりという印象がある。

角田光代「森に眠る魚」に出てくる5人の女性も、「母親」であるという共通点から心を通わせて「ママ友」となる。

もちろん子育ての悩みや夫の愚痴など軽くは話すものの、何でも話せる「友達」とはまた違う存在だ。

例えば学校で出会う友達の場合、ある程度年齢や育った環境が同じ場合が多く、価値観も近い。また、その人の性格を知った上で親しくなることが多いためお互いの本音や価値観をさらけ出して親密になる。

でも、「ママ友」は違う。年齢もバラバラなら生まれ育ちや価値観もバラバラ。
「○○くん/○○ちゃんのママ」という「子供」主体の関係のため、お互いを深く知るきっかけや必要性も低く、少しの噂やイメージで思い込みが生じて、すれ違ってしまうこともある。

この作品では、表面的には仲の良かったママ友たちが「お受験」をきっかけに少しずつすれ違い、それぞれが追い詰められていく様が緊張感あふれる筆致で描かれていた。

母親の孤独の原因

なぜ、物語の中の母親たちは、追いつめられてしまったのか。

それは、母親の心がどうしようもなく孤独であるからではないか、と感じた。

特に、この作品で追いつめられてしまった母親の特徴として、①専業主婦であり家庭と子供関係以外の居場所がないこと、②家庭における夫の存在が薄いことが挙げられる。

女性は、ライフステージが変わるとお互い共通の話題が減り、学生時代の友人や過去の同僚と疎遠になることが多い。
だから、専業主婦になると、何でも本音で話せる相手が家族しかいなくなる。

夫にいろいろな不安、迷い、悩みを聞いてほしい、ただ共感してほしいのに、夫は家庭にあまり関心がなく関係が良好でない。

そうすると、母親は狭い世界の中で、子供と、育児とたったひとりで向き合うことになる。

もちろん子供の成長を間近で感じる喜びもあるだろうが、幼い我が子を育てること、その責任の重さや肉体面・精神面における大変さは想像するに難くない。

加えて、地方から上京してきた、親と疎遠などの理由で実家を頼れない状況ならば、さらに孤独な育児となる。

そんな中で、子育ての大変さだけでも分かち合える「ママ友」の存在は心強いはずだ。

ママ友という狭い世界にどっぷりはまり凝り固まった価値観が形成される中、迫りくる子供の「お受験」。
子供の評価=母親である自分の評価、と考えてしまい、疑心暗鬼になり、やがてママ友同士でも亀裂が生まれてしまう。

先日、湊かなえ原作の映画「母性」を観て、思い込みに気づくための客観性があれば、母親は追い詰められなかったのでは、と感じた。つまり、視野の広さというか…。

自分でもちょっと何がいいたいか分からなくなってきたけど…。
「母親」以外の自分の役割、「ママ友」以外の自分の世界があれば、母親の孤独を防げたのではないだろうか。

ワンオペ育児の場合時間もないからなかなか難しいとは思う。
でも、人とのつながり、大変な時にSOSを出せる人がいること、いなくてもサポート機関や行政の制度を知ること、そういった「母親の役割を降りれる居場所をつくる」「ひとりですべてを負わずに人やサポート機関を頼る」ことで、孤立感は薄まるのでは、と思った。

ただ、やはり配偶者が自分の理解者であること…夫とのコミュニケーションの量・深さが足りてないと、孤独に陥りやすいのだろうな、と「森に眠る魚」を読んで感じた。

タイトルの意味

タイトルの「森に眠る魚」の意味について、はっきりと明示されているわけではないが、
「自分に合わない環境にいると苦しくなるよ」という意味と解釈しました。

森に眠る魚の舞台は、都内の文教区。おそらく文京区がモデルで、教育熱心なエリート・裕福な家庭が多いイメージがある。

なんとなくの憧れや、自分の身の丈以上の挑戦をするのも、人生には必要なことだと思う。

でも、自分に不足していると思うコンプレックスを埋めるために住む場所を選んだり、子供にお受験を無理強いするのは、いつか必ず不協和音が生じる。

自分や家族をきちんと理解した上で、受け入れる。そして身の丈に合う環境で、もしも自分が魚だとしたら海で生きていく。
のびのびと自分らしく生きるためには、無理をしてはいけない、森に眠る魚になってはいけない、そんな意味かな、と解釈しました。

現代の母親(そしてそんな母親に育てられた子供)の孤独が垣間見える、良書でした。
私は将来母親になるかもしれないし、ならないかもしれないけど、いつかまた読み返したい作品です。

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