032【画の勝負とは】
画の勝負は美しいとか醜いとかいうものではない。
生きているか死んでいるかが問題だ。
美しいように見えて死んでいるのがある。
みにくいように見えて生きているのがある。
生きている画を描きたい。写実とは見たままを描くのではなく、
ムーヴマンを描くことである。(中川一政)
これからの教育はどうなっていくのか。アクティブ・ラーニングというある意味スローガンのような言葉が掲げられているが、実際はどうなのか。学び続けることを目標にする自治体が多い中、学びについて考えてみる。
まずは、現状を捉えることから。OECDによるPISAや学力・学習調査でも明らかなように、子どもたちの自己肯定感が国際的に見ても、低い。そして、人口減少による働き手世代の著しい減少だ。
次に、この現状を順に詳しく解説する。ぼくたちが動けなくなってしまう大きな理由。それは否定されるから。たとえ、ほめることを意識しているつもりでも、バブル世代の現50代は、否定的な言い方をしてしまう。すると40代以下は、多様な考えを述べることは出来なくなる。それに50代は気付いていない。平気で「なぜだ?」という否定・反論をしてしまう。それは、世代間の意識の違いで、高度経済成長を乗り越えてきた、バブルを経験した世代には理解できない感覚。40代はゆとり世代などという言葉によって、超個人主義を求められ、個性・個性と言われてきた。にもかかわらず浴びせられる批難。学校では、画一的な主義・主張が求められるのに、社会では、多様性を求められる。この矛盾の中、自己肯定感はどんどん低くなったと思う。
そして追い打ちをかける人口減少。これまで同じものをたくさん生産すれば利益を得られていた企業は、量から質への転換を求められる。買い手が減っていくのだから。量が増えていくのであれば、現状通りで、どんどん利益は得られる。しかし、量が減っているのだから、新しいものや現在のものに一工夫する付加価値を与えないと利益は得られない。
0から1がイノベーション。
1から2がリノベーション。
2000年くらいから加工して製品にする、付加価値を加えることで、世界に進出出来たが、それも手詰まり。これからは、新しいものを創造する力が必要になってくる。言われたとおりに実行する力ではなく、一人一人が考えて、ニーズにあった、身の丈にあった職業を選択できる力が求められる。
さらに、これまでは国際競争時代だった。ふたたび日の出ずる国『日本』として、トヨタを始め、家電製品など、高い品質のものをより安く販売し、世界と対抗してきた。ところが、いまは中国がその役割を担っている。人口が減ってきているいま、世界と『日本』として戦うことができなくなっている。個々の力で多様性を生み出すしかない。
その多様性こそ、地域の力であり、キーワード。これからは、北海道、東京、大阪、熊本、などなど。都市間での競争時代となっていくと思う。地域の多様性で勝負する時代。やはりここでも一人一人が考えて実行する力が求められます。外国人も参入するかもしれないし、機会化も進む。バーチャルな世界というのも存在してくるかもしれない。それぞれのコミュニティー間の競争になっていき、多様な人たちと折り合いを付けていく力が求められる。
言われるがまま、情報洪水の時代に、見なくていいものを見て、聴かなくていいものを聞いて、心を乱し、情報に左右されながら生きているのは、生きているようで、死んでいる。ぼくは、真の生を求める。たとえ、みにくくても、生きている画を描きたいのだ。
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