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『ロング・ロング・トレイル』全文公開(11) 第三章 アドベンチャー・ライフ (3/5)


2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を無料で全文公開します。


※前回の記事『ロング・ロング・トレイル』全文公開(10) 第三章 アドベンチャー・ライフ (2/5)はこちら


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第三章 アドベンチャー・ライフ
座間味(ざまみ)の少年が教えてくれたこと 〜河口湖へ〜


 90年に「ミネソタ・ボーダー・トゥ・ボーダー・トライアスロン」に出場し、その際にカヌー・ショップの裏庭で見た光景に衝撃を受け、「いつかは日常にカヌーがある暮らしがしたい」と思い始めた︒
 実は91年にも同じレースに出場し、92年にはもっと過酷な「レイドゴロワーズ」というレースにも出場した。
 
 93年に「パタゴニア」の創始者であるイボン・シュイナード氏と雑誌の企画で対談する機会があり、「レイドゴロワーズ」に出場したと伝えると、一言「馬鹿らしい」と一蹴された。
 その一言がすべてのきっかけではないが、自分自身の中でも思うことがあり、それからしばらくはアドベンチャー・レースに出場することから距離を置き、自分自身の人生を見つめ直そうと思った。

 自分の本当にやりたいこと、ココロの底から望む暮らし……。
 そうだ! ボクには湖の畔にサンタフェ・スタイルの家を建てるという夢があったんだ!
 
 86年に長女が生まれ、89年に長男が生まれた。92年には次男が生まれ、マラソン、トライアスロン、アドベンチャーレースだ! なんて言っている間に、いつの間にか3児の父親になっていた。
 自分の夢を追うのはいいが、幼い子どもたちを連れて、田舎暮らしをすることは、家族全員にとって、本当にいいことなのだろうか? それは自分のエゴであって(今更気付いたか?)家族は都会での暮らしを望んでいるのではないか? それにモデルという仕事はどうするんだ? そもそも、仕事はどうするんだ?
 
 
 94年の冬だった。『オレンジページ』という、主に主婦を対象とした雑誌のアウトドア・クッキングの特集号の撮影のために、我々は沖縄本島の北西部に浮かぶ、伊江島(いえじま)という小さな島に一週間ほど滞在した。

 沖縄北部の港、本部(もとぶ)港からフェリーに乗って約1時間、伊江島に到着。
 島の北側は断崖絶壁、南側には美しい砂浜のビーチがあり、そこにテントやタープなど、アウトドア用のセッティングをして、クッキングの撮影をこなしていく。が、テントはあくまでも撮影小道具。実際には伊江島のランドマークと呼ぶべき「伊江島タッチュー(城山)」という小高い丘の麓の「ヒルトップ」という小さな宿泊施設に泊まって、撮影を続けていた。
 毎晩のように夕食後にはスタイリストが撮影小道具を保管している部屋に集まり、勝手に「伊江島パンチ」と名付けた、焼酎、ラム酒、ジンなど、島で手に入るすべての酒と果汁を混ぜ合わせたデタラメなカクテルを作り、撮影スタッフと大いに盛り上がったものである。
 長い撮影が終わり、東京へと戻るスタッフに那覇空港で別れを告げて、ボクは慶良間(けらま)諸島の座間味島に渡った。
 慶良間はダイバーの間では「世界で3本の指に数えられる」と言われるほど、素晴らしいダイビング・ポイントがある。もちろん単独で座間味を訪れたのは、その慶良間の海に潜るためである。
 当時、その島には飲み屋が一軒しかなく、夕食前のひととき、宿泊している民宿の前のビーチでビールを呑みながら、暮れゆく夕陽を眺めるのが日課となった。
 その夕暮れのビーチでは、地元の子どもが2人、飽きることなく砂浜の砂で遊んでいる。 
 この島に生まれて、毎日のように海を眺めて育っているはずの子どもたちが、よく飽きもせずに浜辺で遊んでいるもんだ……なんて思いながら、ビールをちびちび呑む。
 毎夕、6時になると島の放送が流れる.。
 「良い子の皆さん!6時です。早くおウチに帰りましょう!もう少し遊びたいなあ……と思っても、また明日遊ぼうね!と約束して帰りましょう」
 なんとも微笑ましい放送である。
 そして放送はその後、こう続く。
 「帰る時には十分にクルマに気を付けて」
 思わずビールを吹き出しそうになる。
 クルマに気を付ける?
 確か島には信号機が一つしかなく、ほとんどクルマは走っていない。
 その放送の後も、浜辺で遊ぶ子どもたちは、帰宅を促す忠告を無視して遊び続けていた。
 かつてボクも幼いころは「原っぱ」と呼ばれるところで、祖母や姉が呼びに来るまで、とっぷりと日が暮れるまで遊んだモノである。
 「原っぱ」に置かれたなにかの工事で使われるのであろう巨大な土管の上に乗り、遠くに沈みゆく夕陽を、今、目の前で遊ぶ子どもたちと同じように眺めていた。
 そして誰が一番星を早く見つけるか、近所の子どもたちと競ったモノである。
 ボクは遠く横浜の自宅で過ごす、我が子どもたちに思いを馳せた。
 この時期、6時といえばもう真っ暗で、外に居るとかなり冷え込む。
 きっと暖かい家の中で、「ドラえもん」や「セーラームーン」を観ているのだろう。
 そう思った瞬間、我が子がとても哀れに思えてきた。

 今この瞬間、同じ日本で、ボクたちが幼いころを過ごしたように、時間を忘れ、暗くなるまで外で遊びに没頭している子どもが実在する。
 それなのに、都会で暮らす我が子たちは、家の中でテレビを見ることしか選択肢がない。 
 「テレビばかり観てないで、たまには外で遊んだらどうなんだ!」と叱っても、その「外」には交通事故や幼児誘拐など、危険なことがいっぱい溢れている。
 そもそも「外でいっぱい遊びなさい」という、その「外」がどこにもないのだ。
 カヌーが日常の中にある暮らしを夢見て、それをいつかは実現させたいと、ココロのどこかでずっと思い続けてきた。そしてそれを実現させるために、子どもの存在は大きなハードルになるのではないか? と思っていた。が、おそらくそれは自分自身に対する言い訳なのだ。
 モデルというキャリアの一部を諦めることも、一つの言い訳に過ぎないし、その他、挙げ始めたらキリがないくらいに、言い訳リストが挙がるはずだ。
 二十歳の時には、モデルのキャリアを積み上げるために、あっさりと生まれ故郷の大阪に見切りを付けたではなかったか。なにをそんなに悩んでいるのだ?
 ボクは座間味の浜辺で決意した。
 
 そしてその年の夏、河口湖の畔に土地を購入した。
 
 土地を購入してからも、いろいろな問題がボクを悩ませた。もっとも悩んだのは自分の予算の少なさだ。その予算を逼迫しているのは、窓やドアの存在だ。
 湖の畔にサンタフェ・スタイルの家を建てる。これが長年の夢だ。
 サンタフェ・スタイルの家の、もっとも大きな特徴は、窓やドアの色がターコイズブルーに塗られているということだ。
 河口湖は寒冷地である︒厳冬期には氷点下15度以下の日も続く。
 もちろん近所に建つ家の多くは、その他の寒冷地と同じように、二重サッシを採用している。ところがアルミ製の二重サッシを、ターコイスブルーに塗ることは不可能だ。
 それにあのサンタフェの味わいのある家は、木製の窓、ドアこそが相応しいのである。
 「じゃあ木製の窓、ドアにすればいいじゃないか!」
 そう簡単に言わないでくれ。
 その「木製ペアガラス」という、木製の二重ガラスの製品が、当時、日本ではむちゃくちゃ高価だったのだ。
 土地を購入した不動産屋の社長にそのことを相談したら、いとも簡単に彼は言った。
 「アメリカで直接買いつければ、日本の4分の1から5分の1の値段で購入できます
よ!」
 
 その年の暮の12月、ボクはシアトルに居た。シアトルの建築資材を扱う会社で、値段交渉をしていた。
 「アメリカで直接買いつければかなり安い」と言われたが、その安いアメリカで、尚且、値切っていた。大阪人の性である。
 厳密にいえば「値切って」いたわけではなく、より安い商品がないかを探していた。
 聞くところによると、日本に輸出している商品のほとんどが「特A級商品」だと言い、
これはアメリカではすごいお金持ちの人のランクらしい。一般的なアメリカ人は「A級商品」を購入するという。で、少しでも安く済ませたい人のために「B級商品」が存在する。
それを聞いたボクは「それじゃあC級はありませんか?」と訊ねたのである。
 さすがに「C級」は取り扱っていないようだった。日本からわざわざやって来て、C級ランクの商品を探すなんて、とても変わったヤツだなあと指摘されつつ、ボクはB級商品で手を打ち、それらをコンテナに詰め、日本に送る手配をした。
 
 94年は怒涛の年であった。
 2月に沖縄で田舎暮らしを決意し、7月には河口湖の湖畔の土地を購入した。で、12月には建築資材を求めてシアトルまで買いつけに行った。
 
 日常にこそ、己の人生が存在するのは分かっている。だが日常から離れて旅することによって、日常の本質が見える時もある。何故なら、旅先では物質的にも精神的にも「無駄な脂肪」から解放されるからだ。研ぎ澄まされ、シェイプされた状況の中で、己にとって本当に必要なモノ、コトが見えてくることもある。

 悩んだら旅に出ろ。
 迷ったら旅に出ろ。
 きっとなにかの指針を、旅は与えてくれるのだ。


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木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。


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