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『ロング・ロング・トレイル』全文公開(22) 第五章 走って歩いて、旅をする (3/7)

2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を無料で全文公開します。


※前回の記事『ロング・ロング・トレイル』全文公開(21) 第五章 走って歩いて、旅をする (2/7)はこちら


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アリゾナ・ロングドライブ旅は人生の目的そのもの

 メキシコのコッパー・キャニオンでのレースの後、エルパソで旅の仲間と別れを告げ、次の旅に向かった。本当はよりダイナミックな自然が広がるユタ州をじっくりと旅したい気持ちが強かったが、時期的にはかなりの寒さである。別に寒いのは構わないが、メキシコの夏装備と、本格的な冬装備の両方の荷物を持って行くのは面倒だ。なるべくなら夏装備+αくらいの装備で旅したい。
 以上のようなことを考慮に入れ、まずはアリゾナのフェニックスに飛ぶことにした。ここなら真冬でも半袖で過ごせるほど暖かい。
 まずはフェニックスでレンタカーを借りる。そこから北上してセドナ、さらに北上してグランドキャニオン、グランドキャニオンから東に進路を変えてキャニオン・デ・シェリー、そしてそこから一気にロスまでクルマを走らせる。という計画を立てた。
 もっとも長い日で、一日に600キロ近く、クルマを走らせなければならない時もあるが、河口湖と大阪を何度もクルマで往来していることを考えれば、それほど苦にはならないだろう。なんといってもサウスウエストを走っていると、その景観に飽きることはない。
 フェニックスの「REI」に寄って、今後の旅で必要なモノを買い揃える。
 シングルストーブ用のガス・カートリッジ、来る時に空港で没収されたポケットナイフ、それに帰国してからも使えるマグやトレイなど。すでに同じのを持っているモノもあれば、新たに試してみるモノもある。
 衣服、道具、カラダ、ココロなど、フェニックスですべてを一旦リセットしてから、セドナに向けて出発する。
 フェニックスからセドナまでは、インターステイト(州間道路)17号を北上して、途中、州道179号を西に向かう。距離にして約130マイル(約200キロ)、時間にして2時間ほどの距離である。
  Googleで「サボテン」と画像検索すると、きっとこのようなサボテンが出てくるのだろうな、というような典型的なサボテンが立ち並ぶ山間部を1時間ほど走ると、やがてサボテンや樹木が途切れ、遙かなる荒野が見えてくる。そしたら17号を降りて179号へと入る。179号に入って北東方面に進むと、レッドロックの塊が見えてきて、それがどんどんと近づいてくるとセドナの街ももうすぐである。このドライブは感動的だ。もしもセドナにクルマで行くことがあれば、夜ではなく昼間に到着することをお勧めする。セドナの街に近づいてくると、壮大なる迫力のレッドロックの壁がどんどん迫ってきて、きっと何度も歓声を上げるはずである。
 セドナには観光用の小さな空港があるが、その空港の傍にある「スカイランチ・ロッジ」がセドナでの宿。その名前の通り、宿からはセドナの街が見下ろすことができ、荘厳なる「キャピトル・ビュート」が眼前に鎮座する。夕暮れになると宿泊者たちはワイン片手にテラスに集まり、キャピトル・ビュートに輝く夕陽を眺めながら、撮影をしたり会話を愉しんでいる。
 以前、オーストラリアのシドニーで夕陽が綺麗に見える岬に行った時のこと。夕暮れになると地元の人たちがテーブルと椅子を持って集まってくる。で、ベストポジションを決めたらそこにテーブルを広げる。もちろんテーブルクロスを掛けることも忘れない。そしてシャンパンを開けて沈みゆく夕陽を眺める。夕陽が沈みきったら、テーブルと椅子を片付け、「さあディナーに行こう」と言って立ち去っていく。
 シャンパンやワイン片手に、自然が魅せてくれるもっとも美しい時間を切り取ってココロに刻み、その余韻を嚙み締めながらのディナー。
 人生とはなにか? それを知り尽くした大人の過ごし方である。
 セドナに到着した翌日はエアポート・ループを走ることにした。
 セドナには無数のトレイルがあり、その総延長距離は200マイル(320キロ)にも及ぶ。人気のトレイルは予約制になっており、ビジターセンターに行けば、翌日のトレイルの予約状況が分かる。で、空いていれば3ドルほど払えば、そのトレイルの取り付きにある駐車場が利用でき、そこにクルマを停めて、一日、ハイキングやトレイルランが愉しめるのだ。
 我々の宿はエアポート・ループの途上にあるので、部屋の庭からそのままトレイルに入る。この約6キロほどのループを一周すると、セドナを取り囲むレッドロックを360度のパノラマで堪能できるのだ。が、6キロという距離はいくら山道でも短すぎるので、ついでにテーブルトップ・トレイルも走ることにした。
 午前中にセドナの美しいトレイルを満喫し、午後からセドナの街を散策する。さすがリゾート地だけあって、お洒落なレストランやギフト・ショップが軒を連ねるが、我々のお気に入りは「ホールフーズ」。ここはオーガニック系の食材やデリを扱うマーケットで、全米にチェーン展開している。この「ホールフーズ」のデリでお惣菜を購入する。今夕は部屋の庭でデリを食べながら夕暮れを過ごすつもりだ。
 普段、ボクはあまりビールを呑まない。だがアメリカに来るといろいろな種類のペールエールを呑むことを愉しみにしている。ラガー好きなドイツ人の中には「エールはビールじゃない」と言う人もいるそうだが、ボクはあのとろっとした呑み心地が好きだ。
 幸運なことに今日も抜けるような晴天に恵まれた。夕暮れ時にはレッドロックも街も黄金色に染まり、時間が経つにつれて青い空が紫色に変化する。
 宿に戻って庭でエールを啜っていたら、どこからかギターの音色が流れてきた。
 あと10日間くらいはセドナで過ごしたかったが、時間的制限もあり先を急ぐ。次の目的地はグランドキャニオンだ。セドナ、グランドキャニオン間の距離は僅か100マイルほど。ここまで来て素通りすることもないだろう。
 これまでにグランドキャニオンは二度訪れている。二度目は渓谷の底近くまで歩いて下りて行ったこともあり、おおよそ、その景観は頭の中に入っている。そして二度の訪問経験から、グランドキャニオンがもっとも美しいのは夜明けの時間か夕暮れの時間だということも知っている。あの悠久なる時を掛けて出来上がった渓谷は、斜光を浴びる時にその姿をもっとも繊細に輝かせる。だから夕暮れの時間に到着して、夜明けだけを見て、次の目的地に移動しようと考えていた。
 メキシコの旅を共にしたルカとテレンスは、ボクがセドナでのんびりと過ごしている間に、一足先にこのグランドキャニオンを訪れ、サウスリムからノースリムまで往復したらしい。距離にして約75キロ、標高差約7000メートル。約12時間半掛けたという。ホントにタフな奴らだ。
 三度目の訪問だが、やはり実際に来てみると、またまたそのスケールの大きさに驚愕する。自然のスケールがあまりにも大きいと、「まるで別の惑星に来たみたいだ」と感じることがあるが、まさにここは別の惑星だ。どうしてこのような大渓谷が出来上がったのか? どれくらいの歳月が掛かったのか? ここでどのようなドラマが起こったのか?
夜空を見上げ、宇宙に思いを馳せる時、人はあまりも壮大なドラマに我が身の小ささを認識するが、ここでもまた、同様の気分に陥る。そういう意味に於いても別の惑星規模なのである。
 我が富士山は昔から「一度も登らぬバカ、二度登るバカ」といわれている。そういわれる所以が山容などの自然だけのものなのか? それともその環境を育む人々の責任なのか? その意味はここグランドキャニオンを訪れるとよく理解できると思う。

 で、グランドキャニオンは?
 可能であれば、何度でも訪れたい場所である。
 
 24歳の時に初めて雑誌の取材で渡米した。
 ロスでレンタカーを借り、ラスベガス、グランドキャニオン、モニュメントバレー、キャニオン・デ・シェリー、ギャロップと巡り、最終目的地のサンタフェまで、10日間掛けて行った。
 ラスベガスを出てグランドキャニオンまでは観光気分でよかった。が、モニュメントバレーに着くころには、いささか、ホームシックに掛かり始めていた。なにしろ自然のスケールが大きい。それにその表情が荒々しい。ここに居て日本の自然を顧みると、日本の自然は実に優しいのだ。
 それぞれの場所の宿で過ごしているとそんなには感じないのだが、移動のためにクルマを走らせると、その雄大さに押し潰されるような錯覚に陥る。特にキャニオン・デ・シェリーへと向かう道中の景色には圧倒されてしまった。

 もちろん旅に勝負は存在しない。だが白状すると、ボクは完全にその旅に「敗北」していた。すでに「愉しむ」というレベルを超えていた。雑誌の取材ということもあり、自分でも気付かないプレッシャーもあったのかもしれない。
 そんな精神状態の中、ニューメキシコ州とアリゾナ州の州境に近い「キャニオン・デ・シェリー」で見た寂寥たる「スパイダーロック」の光景が、いつまでもココロの奥底に残った。そしてそこで暮らすネイティブの人々を見て、自分の中の「アメリカ」というイメージが大きく変わった。自分にとって、それまでの「アメリカ」は白人社会のアメリカだった。いやもちろんアフロ・アメリカンの人々の存在も理解していたし、ヒスパニック系の人々もその理解の中にあった。が、ネイティブの人々の存在は頭で分かっていても、その実態がどうも把握できなかった。
 確かにボクはその旅に「敗北」したかもしれない。だがその旅はボクを大きく成長させたことも確かだった。アメリカ社会に存在する根深い人種問題や、先住民政策、それに自然のスケールや、生活習慣の大きな違い。それらを実際に見て、知ることは大きな意義であった。

 そのキャニオン・デ・シェリーを約30年ぶりに訪れることになったが、そこは30年前と、まったくといっていいほど変わっていなかった。そこに吹く風、香り、色、光……すべてがそのままだった。
 前回来た時には「スパイダーロック」を見下ろすだけだったが、今回は「ホワイトハウス・オーバールック」というトレイルを下りて歩いてみた。ガイドなしで自分たちだけで下りることのできるトレイルはここだけである。
 リムの淵に立った時には強い風が吹いていたが、一歩、トレイルを下り始めると、その風も止み、完全なる静けさが辺りを支配した。朝陽を浴びて渓谷は黄金色に輝き、渓谷の底を流れる小川が平和で牧歌的な表情を醸し出していた。
 
 30年前に来た時、そこはまったくの異国の地であったが、今回は不思議と、とても優しい懐かしさに包まれるような気がした。
 キャニオン・デ・シェリーを後にし、LAまでの長いドライブが始まる。
 約3週間前にエルパソに着いた時には、これから長い旅が始まるのだ、と強く感じたが、帰国の日を迎えると、後ろ髪を引れる思いが募る。まあどのような旅でも感じることは同じだ。
 帰国してすぐに、娘がベン・スティラー主演の映画『Life!』を観ることを勧めてくれた。凡庸な生活を送る主人公が一念発起、冒険の旅に出るというストーリーだが、その映画の中であの雑誌『LIFE』の社訓が紹介されていた。
To see the world,
things dangerous to come to,
to see behind walls,
to draw closer,
to find each other
and to feel.
That is the purpose of life.

世界を見ること、
危険なものを見ること、
壁の向こうを見ること、
近くに引き寄せること、
お互いを知ること、
感じること、
それが人生の目的だ。
まさにそれこそが人生。


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木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。


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