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「旅そば」万歳! 九枚目 今市のそば


 無類のそば好きを自認するH助が、旅先で出会ったそばについて書き綴るのがこの連載です。ただし、当方、ウンチクの多いそば好きではなく、ただ単にそばを食べるのが好きという輩。偶然出会ったその地方ならではのそば(=旅そば)を、のどごし良く紹介していきます。


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“若妻”のあったかい手作り田舎そば


 今回の「旅そば」は、突然九州に飛ぶ。
 場所は、大分県大分市の南にある今市いまいちというところ。この今市、なかなか歴史ある町で、江戸時代には大分と熊本を結ぶ肥後街道の宿場町として栄えた。参勤交代時の休憩地にもなっていたため、宿泊施設や茶屋や食事処が軒を連ねていたという。
 もちろん現在の今市にその面影はほとんど残っていない。普通の家々が立ち並び、よくある山里の風景が続くだけだ。ただ、他の町と違うのは、江戸時代のままに石畳が残っていることだ。これはとても貴重で珍しい、らしい。道の真ん中に残る石畳は約660メートル続き、山を借景にした町並みを眺めながらゆっくり歩いていると、鈍感な自分でも江戸時代の参勤交代の様子が目に浮かんでくる。


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 この通称「今市の石畳」を抜けたところで見つけたのが、今回蕎麦を所望した「若妻の店」という店だ。決して夜の店でない。今市の兼業農家の奥様たちでつくる「今市若妻会」という団体が経営する産直品販売所なのである。1986年に開設されたそうなので、かれこれ35年ほどの歴史がある。老舗ですな。聞けば年間の売り上げは1億円近くあるとか。今市の若妻たちの力、あなどれず。

 ほんとは、大分市内に戻って昼食をとる予定だったが、時間がおしてしまい、今市で食事がとれる店を探してみつけたのがこの店だった。とにかく空腹を満たせればそれでよし、という腹づもりだったので、さほど期待はしていなかった。
 店は今市の石畳のすぐそばにあった。観光地や行楽地によくある土産物屋といった佇まい。入り口の上には「若妻の店」と書かれた木の看板が掲げられていた。何の変哲もない入り口の戸を開いて中を覗いてみると、なんとほとんど満席状態。平日の昼だというのにかなりの繁盛ぶりだ。


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 店は、食堂のようなスペースと農産物等を売るスペースが半々ぐらいになっている。食堂の大きなテーブルの端の席が空いているのを見つけ、急いで確保。周りを見てみると、あきらかに地元の人が多いようだ。地元で重宝されている店だということがわかる。注文はセルフ。ショーケースに並ぶ、おにぎり、いなりずし、おはぎ、各種惣菜などを手にとって会計を済ます。汁物やカレーなどは、別途その会計カウンターで注文する仕組みだ。
 軽くそばだけと思っていたが、目に飛びこんでくるおにぎりやいなりずしのインパクトの強さよ。ついつい、その誘惑に負けていなりずしを買ってしまった(やたら大きいなと思っていたら「じゃんぼいなりずし」といって、この店の名物の一つだそうだ)。


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 テーブルについてしばらくすると、そばがやってきた。使いすての器に入って出てきたそばの姿は、神社のお祭りの屋台や駅の立ち食いそばを連想させた。具は、細く切った油揚げとかまぼこときざみねぎ。そして断然目立つ、縦切りゆでたまご。そばにゆでたまごとはめずらしい。
 まずはスープをすすってみる。見た目よりもだいぶ軽やかな味。ちょっとインパクトにかける味だが、体によさそうなやさしさを感じる味だ。麺は、つなぎの量がかなり多い(笑)、しっかりした食感の田舎そば。太めでやわらかい麺がなぜか郷愁を誘う。
 一緒に買ったいなりずしも食べてみる。これはでかい。かなり大きく口を開かないとほおばれない。甘めの油揚げの中に、炊き込んだ五目めし。これもまたやさしい味で、そばによくあう。すぐにペロリと平らげてしまった。聞けば、添加物はいっさい使わず、油揚げはこめのとぎ汁で油を抜いて使っているとのこと。どうりでやさしい味のはずだ。
 もし時間が許せば、きっとおはぎにも手を伸ばしていただろう。それくらい魅力的な絵面だった。


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 今市の「若妻の店」。そこで食べた名も無いそばは、それはそれはあったかくてやさしい味で、“若妻”たちの気持ちがこもった一品であった。


若妻の店
大分県大分市今市2654-2
TEL:097-589-2570