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第一話 世田谷区 豪徳寺 (前編)|ドリアン助川「寂しさから290円儲ける方法」

ドリアン助川さんによる、一風変わった「旅」の短編小説連載がスタートします。
日本中(あるいは世界中?)の孤独な人、苦悩している人に会いに行き、何か一品料理を作ってあげながら人生相談に乗る男の物語。290円は何を意味するのか……? ちょっと不思議な感覚の、旅する「おたすけ料理」小説。
月1回更新予定です。



 私の料理を求めるその女性とは、お寺の境内で待ち合わせをしました。
 世田谷の名刹、豪徳寺です。
 東京の冬らしい、突き抜けた青空が広がる日曜日の午後でした。にぎわう三軒茶屋のマーケットで買い物を終えてから、私は豪徳寺に向かいました。東急世田谷線のちょっとした旅です。かつてこの軌道線路を走っていたのは、青ガエルとニックネームで呼ばれることもあった深緑色のちんちん電車です。この日の車輛は白がベースで、運転席がある車輛前方には猫の顔が描かれていました。
 列車は二輛編成で、都電荒川線と同じく、民家の軒先をかすめるように走ります。私はこれまた猫顔の形をしたつり革につかまり、過ぎていく車窓の景色を楽しみました。
 豪徳寺の最寄り駅、宮の坂まではものの十数分でした。短いホームから降りてすこし歩くと、白壁が続く道になりました。家々の屋根の向こうに、背の高い杉や松の緑が見えてきます。
 ここが、井伊直弼の菩提、豪徳寺です。
 堂々たる構えの入り口は、まるで城を思わせるかのようです。赤や黄色の派手な防寒具に身を包んだアジア系の観光客たちが、写真の撮りあいっこをしていました。
 私は、豪徳寺の本堂や仏殿にお参りをしたあと、このお寺が観光スポットとしてもてはやされ、外国からのお客様も集めている理由である「招猫殿」へと向かいました。
 いや、これは驚きました。
 百聞は一見に如かず、です。
 招猫殿の周囲を埋め尽くしているおびただしい数の陶製の置物が目に入った途端、理屈を越えた愉快な気分が全身に広がっていきました。

 いったい何千体、いや、何万体あるのでしょう。大小さまざまな白い招き猫たちが、招猫殿のみならず、敷石の横や石灯籠の穴のなかにまで並んでいるのです。
 豪徳寺は、招き猫発祥の地といわれています。江戸時代初期の彦根藩主、井伊直孝が当地で雨宿りをしている際、どこからともなく現れた猫によって寺に導かれ、和尚の法話を聴くことになったというのです。直孝はこの縁を大事にし、ここ豪徳寺を井伊家の菩提所としました。
 寺は、縁をもたらした猫を「招福猫児(まねぎねこ)観音」として祀るようになりました。そしていつからか、陶製の招き猫を売るようになったのです。招猫殿だけでは納まらず、方々にあふれて並んでいる白い招き猫たちは、願が成就した人々が奉納したものだそうです。この招き猫の数と同じだけ、人々の夢や願いが叶ったのです。
「あの・・・ニャンタさんですか」
 どちらを向いても招き猫、写真を撮っている観光客は外国人ばかりという非日常の風景に見入っていると、脇からそっと声をかけられました。
「こんにちは。ピーさんですか?」
「はい」
 ダークブラウンに染まった髪から飛び出した猫耳がよくお似合いで、大きな目が印象的な女性でした。彼女はわずかに頬をぴくつかせながらも、「はじめまして」と笑顔で会釈をしてくれました。
 ピーさんは、私のブログ「おたすけ料理」にアクセスをしてきたのです。ピーさんからはこんな書きこみがありました。
『ペットを失って哀しみに沈んでいます。この切なさを癒す料理を作ってください』
 私は出張料理人ですので、最低限、オーダーをくださったお客様が抱えていらっしゃる苦悩については知っておかなければなりません。しかし、メールでのやり取りでは、互いの本名は明かさないことになっています。年齢や勤め先を語る必要もありません。私とお客様の関係は一期一会、それ以上のものではないのです。お客様と過ごす時間は、人知れず咲き、春の雨に濡れて散っていく山桜の花びらのようなものであればいいと思っています。
 ただ、私とお客様は互いの顔を知らずに初めて会うわけですから、なんらかの目印が必要になります。猫耳は、ピーさんの発案でした。私はネット通販で猫耳のカチューシャを手に入れ、それを頭につけてやってきたのです。三軒茶屋で買い物をしているときも、世田谷線の車内でも、私の髪からは猫耳が飛び出していました。
「ニャンタさん、思っていたより、歳を取られているんですね」
 ピーさんは、猫耳のまわりの私の白髪頭に一瞬視線を這わせたあと、はにかむように笑いました。
「いくつくらいだと思っていました?」
「同い年くらいかなって、勝手に思っていたんです」
 そうでしたか、としか私は答えようがありません。ピーさんの年齢は四十才前後といったところでしょうか。目の光にはまだ若さがあり、それでいてどこか、疲れを感じさせる声の持ち主でした。私たちは猫耳をつけたまま、招き猫の飾りがついた三重の塔が立つ豪徳寺の境内を横切りました。

 ピーさんの部屋は、世田谷線の宮の坂駅から小田急線の豪徳寺駅へとつながる商店街の裏手にありました。長い下り坂を途中で脇に折れ、細い道を進んだ突き当たりの賃貸マンション、その一階です。家賃はあまり高くなさそうな建物で、二階の窓辺では男物のパンツが干されて揺れていましたが、入り口の門柱には「グランドヒルズ豪徳寺」という金文字の表札が輝いていました。
「あの、部屋を訪ねさせていただく前に、もう一度確認したいのですが、私が入っても大丈夫なんですね?」
 初めて会う女性と室内で二人きりになるのですから、このことは再度聞いておく必要がありました。私の風体を見て、ピーさんの気が変わった可能性がないとはいえません。しかしピーさんは首を横に振りました。
「だって、お料理を作っていただいて、あとはお話をしてくださるだけですよね」
「はい」
「それ以上のことは、起きませんよね」
私は「はい」のあとに句点のマルをつける感じで「はい。」と力強く答え、まっすぐにうなずきました。
「だったら、遠慮はなさらないで入ってください。さあ、どうぞ」
 私は導かれるままに、ピーさんが開けてくださったドアからなかへ入りました。部屋は一昔前のトイレの芳香剤のような匂いがしましたが、玄関で靴を脱ぎ、キッチンのテーブルの横に背負ってきたリュックサックを下ろしました。
 一人暮らしの女性の部屋を訪れるのは、何度経験しても慣れるということがありません。いい歳をして、と言われてしまうかもしれませんが、やはりどきどきしてしまうのです。私は、あまり方々に目をやらないように気を付けながら、テーブルの上に今日の料理の素材を並べ始めました。といっても、今回はシンプルな料理ゆえ、品数はすくないのです。
 今夜の「おたすけ料理」の材料はこれだけです。
 ペコロス(小玉ねぎ)のパック二つ。干しぶどう(袋ひとつ)。コンビーフの缶二つ。赤ワイン(一本)。
 これはもう、だれにでもできる簡単な料理です。材料を鍋に入れて、煮込めばいいだけなのです。強いて言えば、ペコロスの薄皮をむくのがちょっと大変です。指でひとつひとつむいていると、ペコロスの汁で爪の間が痛みだします。
 そこで一工夫。プロの技です。ペコロスを大量に扱うときは、まずさっと熱湯をかけてしまうのです。それから皮をむくと指先が痛むようなことはなくなります。
 二パック分でしたので、たかだか三十にも満たないペコロスでしたが、私はピーさんとテーブルに向かい合って座り、二人で薄皮をむきました。もちろんその間に、ピーさんに話しかけます。
「自分の家族を亡くしたときよりも、ペットを失ったときの方がつらいとおっしゃるお客様もいらっしゃいましたよ。家族とはぶつかり合うこともありますが、犬や猫は一途に慕ってくれるものですからね」
「そうですね」
「亡くされた猫さんは、ここで一緒に暮らされていたのですね?」
 ピーさんはペコロスを指でつまんだまま、「いえ」と首を横に振りました。
「あの、猫じゃないんです」
「あれ? そうなんですか?」
 実は、この部屋に入ったときからおかしいと思っていたのです。なるべく見ないようにしていても、キッチンと小さなリビング、それに寝室しかないピーさんの部屋はすべて目に入ってしまうのです。
 ペットロスで苦しむような人は普通、飼っていた犬や猫の写真を飾るものです。でも、ピーさんの部屋にはそれらしき写真が一枚もなかったのです。招き猫とか、猫耳とか、猫づくしだったものですから、ピーさんのペットはてっきり猫だと思っていたのですが、本人からはっきり否定されてしまいました。
「じゃあ、犬さんだったのですね」
「いえ、犬でもないんです」
「じゃあ、鳥さん?」
「鳥でもないんです」
「は虫類とか、両生類? ヘビさんかな」
「ごめんなさい。違うんです」
 ペコロスを前にして、ピーさんは私に手を合わせるような仕草をしました。
「なんといったらいいか・・・だから、ニャンタさんに来てもらったんです。私、大事にしていたペットを、自分の手で・・・殺してしまったんです」
「え? 殺した?」
「はい」
 ピーさんは目を伏せ、皿に盛ったペコロスをじっと見つめました。
 やれやれ、今回はちょっとやっかいなお客様かもしれないぞ、と私は胸のなかでささやきました。 
     
(後編に続く)




ドリアン助川
1962年東京生まれ。
明治学院大学国際学部教授。作家・歌手。
早稲田大学第一文学部東洋哲学科卒。日本ペンクラブ常務理事。長野パラリンピック大会歌『旅立ちの時』作詞者。
放送作家等を経て、1990年バンド「叫ぶ詩人の会」を結成。ラジオ深夜放送のパーソナリティとしても活躍。同バンド解散後、2000年からニューヨークに3年間滞在し、日米混成バンドでライブを繰り広げる。帰国後は明川哲也の第二筆名も交え、本格的に執筆を開始。著書多数。
小説『あん』は河瀬直美監督により映画化され、2015年カンヌ国際映画祭のオープニングフィルムとなる。また小説はフランス、イギリス、ドイツ、イタリアなど13言語に翻訳されている。2017年、小説『あん』がフランスの「DOMITYS文学賞」と「読者による文庫本大賞」の二冠を得る。2019年、『線量計と奥の細道』が「日本エッセイスト・クラブ賞」を受賞。

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