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『ロング・ロング・トレイル』全文公開(1) ココロの扉

2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を全文公開します。

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ココロの扉

 今年の春、アリゾナの小さな街、ページを出発して、我々はユタのザイオン国立公園に向かっていた。
 途中、カーナブという街でトイレ休憩のためにガソリンスタンドに立ち寄ったら、駐車場に大きなピックアップ・トラックが停まっており、荷台にはテントやバックパックなどが満載されている。
 トイレを済ませて、眠気覚ましの飲み物とガムを買っていたら、隣接されたファストフードの店から学生らしい集団が出てきて、そのピックアップ・トラックに乗り込んだ。
 「どこまで行くの?」と声を掛けたら、彼らも「ザイオン」に行くと。
 「エンジェルス・ランディングは必ず歩いた方がいいよ!」と言うと「もちろん、そのつもりだ」
 テキサスから来た学生グループで、スプリングブレイク(日本の春休みみたいなもの)の休暇を利用して、遊びに来たらしい。
 「随分と長旅だね!ところでどこのキャンプ場を利用するの?」と尋ねると、我々とは違うキャンプ場の名前を答えた。
 「じゃあまたどこかのトレイルで会えたら!」と言って、我々はそこを後にして別れた。
 で、その日の夕刻。
 テント設営を終えて、テーブルで寛いでいたら、見たことのある1台のトラックが、我々のサイトの横の道を通り過ぎて、急停車。そのまま勢いよくバックして来て、さっきの学生たちが全員、窓から顔を出して手を振っているではないか。
 「あれ?違うキャンプ場だったはずでは」と尋ねると、そこはいっぱいだったから、こっちのキャンプ場に変更したという。
 実は我々はそのキャンプ場に3泊するつもりで、薪などを買い込んで準備していたが、翌日からすごい寒波がやって来て、とてもじゃないがキャンプができる状況ではない。
 そこで急遽、公園外のモーテルに移動することにした。余った薪を分けようと、テキサス・グループのサイトに行くと、すでにどこかのトレイルを歩いているらしく、テントサイトには誰もいない。
 余った薪に書き置きをして、我々は宿探しに向かった。
 それから約1週間が経過したザイオン滞在最終日。偶然にもスーパーマーケットの駐車場で、彼らに再会した。
 「薪のお礼を言いたかったのでちょうどよかった。我々もあの後、寒さに震えて、薪を頂いて助かりました。次回のスプリングブレイクは日本の富士山に登りに行きたい」
 「いつでもウエルカムだよ!」と言って、みんなで記念撮影をして、別れを告げた。 
 例えばココロに扉があるとする。
 おそらく日常生活ではその扉は、30%とか50%くらいしか開いていないと思う。日常のルーティーンの中では、吸収すべきことがあまり多くはないし、どこか傲慢な自分が居て、なんでも知った気になっている。
 ところが旅に出ると、その扉は80%、100%にまで開き、時には限界を超えて120%まで開放され、人の意見に耳を傾け、情報を収集し、危険な事象に対してアンテナをフル回転させ、それらを精査し、最善の方法を探ろうと精一杯の努力をする。
 旅で出会った双方がそのような状態であれば、国籍、年代、人種、宗教を超えて、互いに有用な情報を分かち合いたいと思うのは当然のことである。
 だからこそ親子以上に歳の違う者が、ちょっとした出会いを喜び合うのである。
 つまり言い換えれば、旅に出るということは、ココロの扉を開きに行くことと等しいことであり、その旅に未知数な要素が多ければ多いほど、その扉は大きく、広く開放される。
 そして当然のことながら、人はその扉から多くを学び、吸収し、理解し、その情報が蓄積される。その蓄積からは、あらゆる物事に対して寛容な感情が育まれ、さらに多くの物事を受け入れ、その人生はより豊かに彩られる。ボクはそう思っている。
 
 フランスの人類学者クロード・レヴィ・ストロースはその著書の中で、「冷たい社会と熱い社会」について述べている。
 排他的思想を持ち、変化を嫌い、古くからの観念や概念にとらわれ、歴史的発展を拒むのが「冷たい社会」の特徴である。つまり新しいモノを取り入れようとする努力を怠った結果、そこから生まれるエネルギーは乏しく、社会は冷え込んでいくという意味である。
 ココロの扉で例えれば、扉をまったく開かない人は、なんのエネルギーも使わず、生み出さず「冷たい人生」を送るという結果になるのである。
 ココロの扉を開いて、違う文化に触れること、違う価値観に対処すること、違う生活様式を理解することは、多くの努力とエネルギーを要し、そこから人は「熱く豊かな人生」を模索し始める。
 
 進化論を唱えたダーウィンはこう言っている。
 「もっとも強い者が生き残るのではなく、もっとも賢い者が生き延びるのでもない。唯一、生き残ることができるのは、変化できる者である」
 本書の中では、冒頭のような旅先でのエピソードがたくさん登場する。具体的な旅のハウトゥこそ書かれていないが、旅の途上でのさまざまな出会いを通じて、学び、驚き、戸惑い、そして愉しむことを、一緒に感じてもらえれば嬉しい。そしていささか短絡的で無謀ながらも、未知なる世界に飛び出して行く姿を通じて、旅の醍醐味や人々の優しさに触れてもらえれば幸甚である。

 日常のドアを開け旅に出ることは、そのままココロの扉を開けることに繫がる。
 そしてそこから新たな出会いが始まるのだ。



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著者紹介
木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。


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