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『ロング・ロング・トレイル』全文公開(9)  第三章 アドベンチャー・ライフ (1/5)


2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を全文公開します。


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第三章 アドベンチャー・ライフ
トニーが教えてくれた「人生で大切なこと」


 海外で、しかもアメリカでキャンプをすると言うと、皆、決まって「治安とか大丈夫なの?」と心配する。しかも1歳になったばかりの息子を連れてアメリカでキャンプすると言った時には、周囲のみんなは驚きを超えて呆れ顔で、それは親の身勝手だと決めつけた。
 ここで幼い子どもを連れて旅に出る是非を考えたい。
 
 今現在、我が娘は7歳と5歳の2人の娘を育てている母親だ。で、4年前の年末、次女の1歳の誕生日をタイのプーケットで迎えることにした。この旅はボクも同行したが、ボクにとっても、娘の家族にとっても、とても愉しい思い出となった。
 ところが娘の友人の中には「そんな幼い時に旅に連れて行っても、まったく記憶に残らないし、幼い身体には負担でしかない」と、批判的に言う人もいたという。
 これはよく分かる。ボクも散々、言われてきた。
 おそらく、1歳とか2歳で旅をしても、ほとんど記憶に残らないし、旅の状況によってはつらい経験になるかもしれない。
 だが、ここでちょっと我が子たちのキャンプ・デビューの月齢のことを記したい。
 長女のキャンプデビューは生後3ヶ月。長男は2ヶ月で、次男はやはり3ヶ月だ。
 もちろん彼女、彼らの記憶には微塵も残っていない。
 が、長女が2歳の時、友人の娘さんが我が長女と同い年で、一緒にキャンプに連れて行くことになった。父2人と娘2人のキャンプ。今でいうところの「イクメン・キャンプ」
である。
 で、テントを建て終わり、夕食前に友人と一杯やっていると、友人の娘さんが「パパ! 帰ろうよ!」と言って愚図りだした。するとすかさず我が娘はテントを指差し「アノね、今日のおウチはこのテントなの。だから今日はここで寝るんだよ」と言い聞かせる。
 それまでに我が娘は、10回近くキャンプを体験している。だからテント泊するのに、なんの抵抗もなかったのである。
 このように、2歳にもなればすでに環境に対する順応性や抵抗力が生まれる。なるべくなら、順応性の高い子どもに育てた方が、本人も親もラクなのである。
 次に次男の例を見てみよう。
 次男が生まれた夏、ボクは富士五湖の 一つ、西湖の湖畔でキャンプをしていた。7月末から始め、すでに3週間が経過していた。但し、プライベートではなく、ずっとさまざまなメディアの取材が続いていたのである。
 お盆休みにその取材も一息ついたので、横浜の自宅に居る妻に電話して、子どもたちの様子を訊ねた。
 「みんな元気だけど、次男の汗疹が酷くて、まるでジャガイモみたいな顔になっている」
と妻は電話の向こうで苦笑する。 
 実は我が妻はエアコンが苦手で、真夏でもエアコンを切って就寝する。真夏の横浜でそれをやったら、次男の顔がジャガイモになっても決して不思議でない。
 ボクは提案した。
 「仕事も一段落したし、残りの夏休みをこっちに来て一緒に過ごさないか?」
 妻はなんの躊躇もなく、ボクの提案に同意して、翌日から一緒にキャンプ生活を始めた。
 西湖の標高は900メートル。夏でも涼しい。
 すると驚いたことに、ジャガイモの次男の顔が3日もしないうちに、突き立ての餅のようにすべすべに回復し、兄、姉と共に、毎晩、ぐっすりと熟睡したのである。
 このように、「旅」は子どもたちの意外な面を発見できる機会に恵まれている。
毎日、同じルーティーンを繰り返すことは容易いが、そのルーティーンからは、子どもたちの成長や逞しさ、または意外な側面を見出すことは難しい。
 さて冒頭の話題に戻ろう。
 長男の1歳の誕生日を、サンフランシスコから東に300キロほどの距離にある、レイクタホという巨大な湖で過ごす計画を立てた。もちろん全日程、キャンプである。
 実はその前年にテレビの取材でこのレイクタホを訪れ、その自然の素晴らしさに感動したのである。その取材は長男が生まれて1週間目のことで、ボクは心の奥底にあった罪悪感から、日本に居る妻に電話して、1年後の来訪を約束したのだった。
 こうして我々家族の、初のアメリカ・キャンプ旅行が始まった。

 まずはサンフランシスコの空港でミニバンをレンタルする。己にとっての最初のアメリカが、クルマでの移動だったので、アメリカ到着後にクルマをレンタルすることは、自分の旅のスタイルの基本となってしまっている。
 そのままバークレイにある「REI」(今現在、全米で160店舗以上のチェーンを有する、アウトドア商品の小売店。レンタルも行っている。実は前年、取材に来た時にメンバーに入会していた)に行き、キャンプに必要な道具を購入したり、レンタルする。
 そしてその他に必要なモノを揃えるためにサンフランシスコに2泊滞在して、我々は2週間のキャンプ旅に出掛けた。
 レイクタホはカリフォルニア州とネバダ州に跨る巨大な湖で「タホ」とは、元々、この地に居たネイティブの原住民の言葉で「薄い」という意味である。「薄い」というのは「透明度が高い」という意味であり、その名前の由来の通り、まるで南の島の美しいビーチのように、青々と透き通った湖である。但し!水温は低く、夏でもウエットスーツが必要だ。(アメリカ人は裸で泳いでいたが、どうも彼らの温度に対する感覚が未だに理解できない)
 そのキャンプ滞在中、一組の家族と仲良くなった。きっかけは娘である。当時、4歳になった娘はとても社交的で、誰とでもすぐに仲良くなる。で、その家族の同年齢くらいの娘さんと仲良くなり(お互いに言葉はまったく通じないにも関わらず!)、いつの間にか、家族ぐるみで仲良くなった。中でもその娘ちゃんの祖父であるトニーとボクは仲良くなり、夕食前
に一緒によくビールを呑んだ。(祖父といっても、まだ50代中盤だったと思う)
 「オレは随分と前に離婚したが、娘夫婦とは仲良くてね」と、トニーは隣のキャンプサイトで夕食準備をしている家族の方に目を向ける。
 「こうして娘の家族とよくキャンプに出掛ける。孫たちもいつも一緒で、オレのキャンピングカーを気に入ってくれている」
 トニーは小型ながら、とても使い勝手がよく、快適そうなキャンピング・トレーラーを所有していた。それを引っ張って、広いアメリカを旅することは、きっと愉しいことに違いない。
 「若いころから、仕事より遊びを優先させたから、今でも自分の財産といえば、このキャンピングカーだけだよ」と苦笑いして、ビールを呑む。ボクも相槌を打ちながらビールを呑む。
 「トウキチ、オマエは幾つになる?」
 「31歳になった」と答える。
 「そうか30歳を過ぎたばかりか……その年齢で、幼い子どもたちを連れてアメリカでキャンプをすることは、決して容易なことじゃないと思う。だが、これからももっともっと、家族でいろいろなところに旅するといいよ」
 そう言いながら、トニーは真剣な眼差しでボクの目を見つめた。
 「さっきも言ったが、オレの財産といえば、あのキャンピングカーくらいだ。オレの友人には、オレよりもっと成功して、多くの財産を持つ者もたくさんいる。が、彼らは仕事ばかりしてきたので、リタイヤした後も、孫たちとどう接してよいか分からない。で、結局はお小遣いをあげることでしか、孫たちの関心を買うことができない。それは決して幸せなことじゃない、とオレは思う」
 そう言うと、また一口ビールを呑んで、家族の方に視線を戻した。
 「いっぱい遊んだ方がいい。酒もほどほどに呑んだ方がいい。が、タバコはダメだ。あれはなんにもいいことはない」

 ここで断っておくが、ボクの英語での会話能力は決して高くはない。だがそんなボクに対して、トニーがこんなにも心のこもったアドバイスを贈ってくれたのは、おそらく我々の旅のスタイルに、なにか深く感じ入ることがあったからであろう。
 そうだ、旅のスタイルは、その人そのものを物語る。
 高級リゾートで長期滞在する者。都会でショッピングや食事を満喫する者。バックパック一つ担ぎ、安宿を点々と移動して行く者。経済的に豊かであるかどうかの問題だけでなく、旅のスタイルは、その人の志向、思考、嗜好を如実に反映させるのだ。
 トニー、ボクはとっくに、あのころのあなたより年齢を重ねてしまったけれど、あれから30年近く、あなたのアドバイスを守って、さまざまなフィールドで遊び続けて来た。そしてつくづく、そのアドバイスに従って生きて来たことに感謝している。ホントに有難う!
 幼い1歳の長男を伴っての旅は、自分自身にも、こんなにも素敵なギフトを与えてくれたのであった。


次回『ロング・ロング・トレイル』全文公開(10)
 第三章 アドベンチャー・ライフ (2/5)
2月18日(木)公開予定


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木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。


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