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『ロング・ロング・トレイル』全文公開(8)  第二章 ランとの出会い (3/3)


2018年10月に出版した、木村東吉さんの著書『ロング・ロング・トレイル』を全文公開します。


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第二章 ランとの出会い
コラム2 「スーパーエイジャー」について


 人は誰しも、いつまでも若くありたいと願う。もちろんボクも例外ではないが、それは見た目のルックス以上に、考え方や脳そのものが、若く、柔軟でありたいと強く願う。
 マサチューセッツ総合病院の科学者チームが、「65歳以上になっても、脳の機能が20代と同レベル」といわれる「スーパーエイジャー」17人について研究し、その結果を発表した。
 その研究結果を見ると、「スーパーエイジャー」と呼ばれる人たちの脳内には、厚みのある領域がたくさん見つかったのだが、予想に反してその領域は、クロスワードパズルやオンラインの頭脳ゲームに役立つような「認知プロセス」と関係する領域ではなく、「強い感情」と結びついている領域だと分かったのである。
それではこうした「感情中枢」はどうすれば活性化されるのか?
 研究者はシンプルに答える。「難しいことをしなさい」と。
「簡単なことや心地よいことだけをするのは止めることです。仕事が完璧にルーティン化してしまっているなら、新しい役割を加えてその状態を打破しましょう。今している効果的なワークアウトが、それほど頭を使わなくてもできてしまうなら、新しい項目を足すなり、時間を長く、強度を強くしたりすることで、難易度を上げましょう」と提案している。
 研究者は「スーパーエイジャー」をアメリカの海兵隊のうたい文句を持ち出して説明している。「痛みを体験すると、身体から弱さが抜けて行く〜Pain is weakness leaving the body」
と。つまり「スーパーエイジャー」たちは「大変な努力をして、一時的にはつらくとも、それを乗り越えることに長けている」というのだ。
 そして次のようなことにチャレンジすればいいと提案している。
 楽器を習う。未知の言語を学ぶ。トライアスロンのような競技に参加する。人前でパフォーマンスをする……など。
 いずれにせよ、「ここで覚えておくべきことは、何であれ自分にとって大きな挑戦でなければならないということです。難しくもなければ背伸びをする必要もないことなら、全然効果はありません」と指摘している。

 ボクはこれに「難易度の高い旅をする」という項目も加えるべきだと思う。
 ここ数年、初夏になると、次年度の旅の企画をあれこれ立てる。半年以上も前に次の旅の企画を練るのは、人気の高いトレイルを歩くには、バックパッカー事務局の許可を取らなければならないためで、半年前に予約が埋まってしまう場合もある。キャンプ場も同様だ。またアメリカのレースの多くは、早いエントリーだと、エントリーフィーも安くなることが多い。
 トレイルの許可を取る。レースのエントリーを済ませる。そして次に地図を眺め、どこをどのように回れば、効率よく旅が続けられるのか?それらを検証し、「ここからここはレンタカーで陸路。ここからここは国内線を使って空路」などとルートを構築して、最終的にキャンプ場やモーテルの宿を予約していく。その際にもタイトな予約を取ると、なんらかのアクシデントがあった時に総崩れにならないように、予約のない日を設け、その日は現地で宿を探す。
 こういうことを半年前からあれこれ考え、それと同時に、体力作りのために、秋から冬のトレーニング・メニューや、国内のレースのエントリーなどを考える。
 つまり半年前から頭と身体をフルに使い、いざ本番の旅でもそれ以上の能力を駆使するのである。
 
 数年前、キャンプ場のオペレート、カヤック教室やツアー、それに本業であるメディア関係の仕事に忙殺され、酷く、疲れを感じたことがあった。
ようやく忙しさから解放され、「とにかくのんびり過ごしたい」と強く願い、友人がシェフを務める白馬のリゾートホテルに宿泊し、友人が提供してくれた豪華なフレンチを味わい、シャンパンやワインを嗜み、温泉に浸かり、ゆったりとした時間を過ごした。翌日、ホテルをチェックアウトする時にエレベーターに乗り、その壁にあった鏡に映った自分を見つめた。
綺麗めなセーターの上に濃紺のブレザーを着たその姿は、自分でいうのもなんだが上品な初老の紳士に見えた。が、なんだが自分がひどく年老いたように感じた。
 ところがその逆に、山で野宿をして、小さく窮屈なテントで眠り、翌日にそこからさらにトレイルを走り、汗まみれで野営地に戻り、テントなどすべての機材をバックパックに詰め込み、それらを担いで山を下りる瞬間、まるで自分が30代のころに戻ったような錯覚を覚える。足のところどころが擦りむけ、日焼けし、靴がドロドロになり、重い荷物を担いで歩きながらも、精神は高揚し、内なる力が漲っていくのを実感する。
 「不老長寿」とは、決して己を休ませることから生まれるのではない。身体を酷使し、能力をフルに発揮し、自分の能力の限界に近い状態に持っていってこそ、人は「若さ」を得るのである。
 数年前に世界的ベストセラーになった『Born to Run』(コッパーキャニオンやワラーチプロジェクトの項、参照)に次のような教訓がある。
 「人は老いるから走れなくなるのではない。走らないから老いるのだ」
 今現在、仕事や育児に忙殺され、いつかはそれらから解放されて、老後はのんびりと過ごしていたいと考えているアナタ!そんな妄想(笑)はすぐにゴミ箱に捨て去った方がいい。
 老後なんていう言葉はこの世に存在しない。いつまでも他者から必要とされ、忙しく身体と脳を酷使していてこそ、人は幸せになれるのである。


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木村東吉(きむら・とうきち)
1958年11月16日生まれ。大阪府出身。ファッションモデル、エッセイスト。10代の頃からモデル活動をはじめ、上京後は『ポパイ』『メンズクラブ』の表紙を飾るなど活躍。30代よりアウトドアに活動の場を広げ、世界各地でアドベンチャーレースに参加。その経験を活かし、各関連企業のアドバイザーを務め、関連書籍も多数刊行。オートキャンプブームの火付け役となる。
「走る・歩く・旅する」ことをライフワークとしている。現在は河口湖を拠点に執筆・取材、キャンプ・トレッキング・カヤックの指導、講演を行っているほか、「5LAKES&MT」ブランドを展開しアウトドア関連の商品開発を手掛けるなど、幅広く活動している。


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