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目にする景色の向こう側 前編

普段なら人の気配が無い場所を選ぶが、その日は辺りの傾斜が急すぎて、テントを張れる場所が見つからなかった。ペルーのアンデス山脈西側にある国立公園を目指していた途中で、4000m前後の山脈の合間を進んでいた。山道を登っては降りてを繰り返す毎日で、平坦な道はほとんどなかったが、未舗装の砂利道は、よく整地されていて、走りやすかった。車は1日に1台通るか通らないか。時々、ロバに荷物を積んでどこかへ歩いて行く人とすれ違う。

鳥が遠くを飛ぶのが見える。風に乗りながらエサを探している。あたりの植物といえば、茶色くて小さくて固い草ばかり。外敵は少ないだろうけど、こんなところで虫や木の実なんて見つかるのだろうか。

空気は冷たく乾燥していて、息を吸い込むたびに鼻や口が乾いていくのが分かる。この辺りに着いてから、鼻をかむと血が混じる。体が乾いた空気に対応できていない。

汗はほとんど出ない。時折出てくる滲むような汗も、風が一瞬で乾かしてしまう。少し喉が乾き、水を口にする。乾いた喉と口を潤す。

照りつける日差しが、時間をかけて体を暖める。眩しくて明るい光はつかめそうで、太陽の近さを見ることができる。ときおり雲が太陽を遮って、あたりが薄暗くなり、風が急に冷たくなる。空を見上げて雲の大きさを確かめる。しばらく太陽を隠す大きさのそれを確認して、上着を取り出す。

登り坂を上がる。シャカシャカと着実にペダルを回す。脚の疲れが溜まり、漕ぐのをやめて足を下ろす。自転車にまたがったまま、一息ついて辺りを見渡すと、目下に連なる山々と、広く透けた大きな空が目に入る。

高所の乾燥した薄い大気は、いつもより遠くまで見渡せる。空気中の水分が少ないため、大気はより透明になるのだろうか。空の気配を鮮明に、立体的に味わえる。それに合わせて、自分の感覚もいつもより開いているように感じる。

また太陽が顔を出した。流れる雲が、隣の山肌に絵を描く。まばらで薄い雲がある時ほど、面白い模様になる。見ていて飽きない影は、ゆっくりと形を変えていく。

風が止むと、音が消える。完全な無音は一瞬、耳が聞こえなくなったかと錯覚させる。焦って靴を地面に擦り付けてみると、ジャリと聞こえて安心する。

山の起伏に沿った曲がり角が遠くに見える。あそこを過ぎれば頂上で、あとはしばらく、なだらかな下り坂に入ることを、地図で確認する。少しお腹が空いたような気がして、ピーナッツと乾燥イチジクを口に放りこむ。

後ろを振り返ると、遠くで相方も休んでいるのが見えた。横を向いて何かを見つめている。彼女は目がよくて、生き物を見つけるのがうまい。また何か変わったものでも見つけたんだろうか。

心臓の鼓動が落ち着いたのを確かめて、また漕ぎ始める。風が耳の横を吹き抜ける音と、タイヤが砂利を転がる音が、また聞こえ始める。

ようやくてっぺんまで登り切り、待ちわびた下り坂にさしかかる。景色も見たいが、急に路面に現れる穴や大きな石に備えて、行く先の道を注視しないといけない。

黒っぽいものが視界の端を通り過ぎるのが見えて、一瞬よそ見をする。石の上に乗ってしまい危うく転びそうになるが、なんとか持ち直す。ヒヤッとした。全身に鳥肌が立つ。アドレナリンが出るというのはこういうことだろうか。快感と危険は隣り合わせな場合が多い。

スピードに乗ると風を切る音も大きくなり、恐怖心も段々と薄れていく。途方もない解放感を浴びて、叫びたくなってくる。この瞬間のために走っている。

永遠に終わらない登り坂とは違い、下り坂は一瞬。何かを考えたり、あたりを観察している余裕はない。気持ち良い時間はあっという間に過ぎて、もう終わりか。と、いつも思う。

そしてまた長い登り坂が始まる。上着を脱いで、自転車のギアを軽くし、回転数を上げてペダルを漕ぎ進む。次の下り坂を夢見て、とりとめのない考え事をしながら、またゆっくり着実に登る。

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