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ピアノ・レコーディング回顧録

つい先日、年内(2023年)にはピアノの小曲をシングルリリースしようと思い、ここ数年でお知り合いになった白金ピアノスタジオさんで初めてレコーディングをしてきました♪ 基本的にはライブ配信用のスタジオとしてオープンされたようですが、しっかりとした録音環境も整っているので、レコーディングで使われることも多いようです。ピアノも、昨年秋にヤマハのC7からベヒシュタイン B型(1906年製)に入れ替えていて、そのタイミングで初めてお邪魔させていただいたのが、今回、こちらで録ることにしたきっかけですね。

という感じで、今回はすんなりRECプランを決められたのですが、基本的にピアノのレコーディングで毎回悩むポイントが以下の3点。

◉ピアノをレコーディングしようと思って悩むこと

①ピアノは何を使うか?
②どこで録るか?
③誰が録るか?

①と②に関しては、ほぼ同じ問題ですね。自分のピアノを持ち歩けるわけではないので、基本的にはピアノのある場所へ出向かなければならない。僕の場合、ピアノの音色にこだわりがあるので、まずピアノのことを考えます。それとほぼ同時に、求める響きを得るにはどういう場所がいいかと考える。あとは予算。アルバム単位だと時間もかかるので、そのぶんお金もかかります。スタジオなどは時間貸しで誰でも同じ料金で借りられますが、音楽ホールの場合、所在地の市民か、それ以外かで値段が変わってくるところが多いと思うので、その辺も考慮に入れるべきでしょう。これらを考慮して、もっとも都合のいい場所を選ぶという感じですね。

③の誰が録るかというのは、自分で録るか、それとも専門のエンジニアさんに任せるかということ。幸いというか、僕はこれまでに何度か自主制作して経験を積んできたので、ある程度は自分でも録れます(この後、事例を紹介していきます!)。これについてのメリットとデメリットは以下の通り。

【メリット】
・経験値が高ければ、自分の好みの音で好きに録れる
・人件費が抑えられる

【デメリット】
・機材を揃えたり、それを運搬したりなど、お金と手間がかかる
・経験が浅い場合はクオリティに問題が残る可能性がある
・そもそも演奏に集中できない💦

他にもあるかもしれませんが、まぁ大きなところではこんなところ。では、専門のエンジニアに任せる場合はどうかというと。

【メリット】
・とにかく演奏に集中できる
・クオリティをある程度担保できる
・第三者の目線で冷静に聴いてくれるのでジャッジの助けになる

【デメリット】
・当然、予算を確保しなければならない
 (これはデメリットではなく、依頼する以上、至極当たり前のことですが)
・仕上がりが自分が思い描く音と違ってくる可能性はある

エンジニアさんとの相性に関しては、それこそやってみないと分からない部分が大きいです。けど、思い通りにならないからと言って敬意を忘れてはいけません。「お客の要望を叶えるのがプロだろ」と思う人もいるかもしれませんが、エンジニアにはエンジニアの趣味嗜好や矜持というものがありまして。かく言う僕もMAエンジニア(映像音声のミキシング)としても仕事してるので、どちらの心境も分かるのです。とにかく、事前にどういう音で録って欲しいかを充分に話し合っておくといいでしょう。思ってたのと違うなと思っても、「なるほど、こういう音もあるのか」と、自分の引き出しを増やすチャンスだと思って前向きに捉えるといいかもですね。でも、譲れないところはきちんと話し合った方がいいです。自分の作品として世に出すのなら、なおさら。ただ、重ねがさね言いますが、敬意は忘れずに!!

では、実際に僕が自主制作してきたアルバムなどを紹介しつつ、ピアノ・レコーディングを振り返ってみようと思います。

Case 1 : アルバム『flower drips』の場合

僕は昔からベーゼンドルファーが好きなんですが、2007年に制作した1st.アルバム『flower drips』は、まずベーゼンを使おうと決めてから、自分の行動圏内のホールを探して、茨城県の坂東市民ホール ベルフォーレでレコーディングをしました。ピアノはベーゼンドルファー 290 インペリアル。

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当時持ってたコンデンサーマイクは、JOEMEEKの安いペンシル型のステレオペアと、audio-technica ATS500だけだったので、仕事で何度かお世話になった老舗の機材レンタル業者さんからマイク(AKG C414 TLⅡ×2本)とマイクプリ(Focusrite OctoPre)をレンタルして使いました。オーディオI/Fは確かM-AUDIOの中級機で、FocusriteのマイクプリをADAT接続して、Pro Tools M-Powerdに録音というカタチだったと思います。ピアノ録音自体にも興味があったし、ホールレンタル代やCDプレス代だけで予算を消費してしまう状態だったので、録りからミックスまですべて自分でやりました。楽屋を簡易コントロールルームにしたので、Macの操作だけは友人に協力してもらいましたけどね(笑)。

JOEMEEKのステレオペアをハンマー上に、
ATS500を低音弦に、
C414をピアノから2mくらいのところに変則ステレオABで立てている

いま思うと随分とテキトーに立てたなという印象で汗顔の至り……。演奏も録音もやり直したくなります💦でも、エンジニアリングまでやってみたいと思ったら、下手でもいいからまずは自分でやってみるというのが大事だと思ってます。もちろん、その前にどういう音で録りたいのかを考え、基本的な録り方といのを勉強して脳内シミュレートはしておくべきでしょう。

あと注意したいのが、公共ホールなどは使用目的によって料金が違うことがあるということ。実は、この時のレコーディングの成果物は、僕と友人で開催した美術展覧会で無料配布すると言う目的だったので「非営利」枠で安く借りたのですが、その数年後にCDとして販売することになったので、追加料金を払うと言うことで特別に許可していただいたという経緯があります。

そうそう、ホールの設備に関しても細かく使用料金が決まっていたりするので注意が必要ですね。舞台上部の反響板の使用や追加のマイクスタンド、ケーブル、パッチ板など、細かい設備使用料で予定より随分と出費が嵩んだのをいま思い出しました💦


Case 2 : アルバム『Animo』の場合

2016年にリリースしたアルバム『Animo』(アニーモ)は、2回に分けてレコーディングしました。

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まず、2015年の夏にペトロフのアップライトピアノを茨城県は筑波山の山の中にある蕎麦屋さんへ運び込んで、そこに1泊して数曲をレコーディング。エンジニアリングも自分でやりました。なぜ蕎麦屋にペトロフを持ち込んだのかは話すと長くなるので割愛(笑)。

こう見えて蕎麦屋です(笑)
演奏者の頭上にJZ Microphones BT-202をステレオペアで、
センター補強に同 V11、
ピアノ下部の低音弦に向けてMXL R144(リボンマイク)を立てている

それ以外の曲は、翌年の6月頃に埼玉県さいたま市のプラザイーストで。ピアノはベーゼンドルファー 275という現行ラインナップにはないフルコン。ピアノ・ソロだけではなく、ヴァイオリンとチェロを迎えたトリオ編成の曲も録りましたが、この規模になるとさすがに自分でエンジニアリングするのは無理なので、エンジニアの葛巻善郎さんにお願いしました。葛巻さんは、僕がレコーディングの時にいつも調律をお願いしてる調律師、名取孝浩さんからご紹介いただきまして、なおかつ僕の中学時代の同級生が作ったスタジオのハウス・エンジニアをされてるという事実が、その後すぐに発覚し、これはご縁があるなと(笑)。しかも、僕が個人的に買って参考にしていたレコーディングの教則本の著者さんでもありました🤣

マイクはJZ Microphonesの製品をメインに、
RoyerやSHUREのリボンマイクが使われている

録音だけでなく、ミックスとマスタリングも葛巻さんにお願いしたので、僕の方は演奏と、その結果のジャッジ、あとはアートワーク制作(大学時代の先輩の造形作家さんに依頼)に集中することができました。エンジニアさんにお願いしたのは初めてでしたが、それぞれの専門家と一緒にひとつのものを作り上げるのはいいものだなと思いました。


Case 3 : アルバム『Decaying Flowers』の場合

2019年リリースの『Decaying Flowers』は、上で紹介してきたような純粋なアコースティック・アルバムではなく、フィールドレコーディングや電子音などもたくさん使った音楽。なので、いままでのような広いホールの残響感は必要なかったので、小規模空間で音色が好み、かつ信頼できるピアノで録りたいと思いました。

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そこで思いついたのが、ここ10年ほどお気に入りのチェコ製ピアノ、ペトロフ(PETROF)を使うこと。アップライトは前述の『Animo』で使いましたが、グランドでも録ってみたいと思っていたので。というわけで、長年、仲良くさせていただいてるペトロフ専門店、ピアノプレップさんからご紹介いただいていた東戸塚のプライベートホール、Sala MASAKAさんで録ることに。こちらにはペトロフのP194 Stormという中型のグランドが導入されていて、そのお披露目パーティーに出席させていただいたのがご縁でした。

Sala MASAKAでのレコーディングの様子
ピアノ近くに立ててあるのがAston Microphones Spirit×2本
3mほど離れたところにSONY ECM-C100N×2本

この時もエンジニアリングは自分でやりました。マイクはSONYさんからECM-C100Nをステレオペアで、RolandさんからはイギリスのAston MicrophonesのSpiritを2本、Originを1本お借りして使ってます(現在、Aston Microphonesのお取扱いは、Rolandからエレクトリに移管されてます)。

マイキングは曲によって変えていて、
ある曲ではペダルを使った特殊奏法をすることもあり、
Aston Originを響板下に設置してペダルの機構が発する音を狙うなど
実験的な試みもしている
マイクプリはPAU AUDIO 805をメインで使用(現在はディスコン)
足りない分はRME Fireface UFX内臓のマイクプリで補った

この時はマイクの比較動画なんかも撮ってみたので、興味があったらご覧ください(笑)。


Case 4 : シングル「intangible」の場合

2021年にリリースした「intangible」は、とある友人写真家の写真展のために書き下ろした作品。コロナ禍ということもあるし、内容的にもとてもインティメートな音にしたかったので、自宅スタジオで録音しました。

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PETROF P118 ウォルナット艶消し

実は、『Animo』の時に蕎麦屋へ搬入して使ったペトロフのアップライトは、レコーディング後に一度某所移送して数年間保管され、現在は故あって僕の自宅スタジオでお預かりしているのでした。で、日々の練習や作曲仕事、映像専門誌のための製品レビューなどなど、保守する代わりにバリバリ使わせてもらってるというワケです😆真面目な話、楽器は弾かないとどんどん悪くなっていってしまうので、こうして使ってあげた方が楽器のためなんですよね。このピアノは、もちろんピアノプレップさんに年に1〜2回は丁寧に手入れしてもらってるので調整もカンペキ!表現力の高さが素晴らしいです。そして、ピアノは外装の素材や塗りによって音が変わってきますが、ペトロフのアップライトの中では、このウォルナット艶消しが一番好きなんです♪ 見た目にも音色にも華やかさはないけど、温かく木質感のある音に惚れ込んでます❣️

録音するときは、sE Electronic sE8をカーディオイドにしてステレオペアで立て、補強としてJZ Microphones V11をピアノ下部に立ててます。マイクプリはRME Fireface UFX内蔵のものを使用してますが、もうちょい良いマイクプリが欲しくなりますね。


Case 5 : シングル「Flamme bleue」(フラム・ブルー)の場合

さて、ようやく最新の事例です(笑)。先述のように、白金ピアノスタジオさんにて録音しました。

C.BECHSTEIN B (1906)

一番の理由は、やはりベヒシュタインでレコーディングしたかったからというのが大きいです。僕の曲は音数が少なく隙間が多いので、ベーゼンドルファーのようにフワッと広がるような響きの方が隙間が埋まる感じがして合うなと思うんです。それがベーゼンを好んで使う理由なんですが、ベヒシュタインの音はアタックの粒立ちが良い上にサステイン(打鍵後、音を持続させてる状態の音)が濁りにくく、ごまかしの利かない感じがして、実は少し苦手だったんです💦低音弦の迫力も、スタインウェイみたいに地の底からズドンと響いてくるような迫力はなく、全音域でフラットな感じ。これらの特徴は、純粋に響板だけで音を作るというベヒシュタインの設計ゆえだと思います。いままでも弾く機会があれば触ってはいたんですが、1回だけ演奏動画を撮った以外では録音に使ったことはありませんでした。

けど、今回の曲はダンパーペダルを踏みっぱなしで行きたいところなども多かったので、ベヒシュタインの方が合うかなと思いまして。実際、白金ピアノスタジオさんのベヒを弾いてみると、期待通りの濁りの少なさに加え、繊細なタッチにも反応してくれる演奏性の良さと、豊かな倍音感、そしてソフトペダルによる倍音の調整で音色作りの自由度がすごく高い点がもう楽しくて仕方なかったですね❣️そのソフトペダルも、踏み込む量で音色がすごく変わるから、まずは基本の音色を決めることから始めました。ベタ踏みすると今回の曲にはちょっと丸くなり過ぎ。まったく踏まない状態でもいいかなと思ったけど、もうちょっとアンニュイな感じが欲しい。そこでいろいろ試した結果、数ミリ踏んだところが丸くなり過ぎず、加えてハンマーのフェルトと弦の摩擦により、ちょっと古楽器的な「シャラン」としたノイズが目立つポイントがあったので、そこを基本とし、演奏中にもほんのちょこっと踏み込み量を変えたりして音作りしました。あとはタッチで微調整。ppppもちゃんと出せるのは本当に助かります!1年前は導入直後ということもあり、この辺の演奏性が少し厳しいかなと思ってたんですが、その後も調整を重ねてこられたそうで、素晴らしい状態になってました♪ ここまで音作りが楽しいと思えたピアノも久しぶりだったので、レコーディング後もその余韻がずっと続いてましたね。

オールド・ベヒの特徴である総アグラフが確認できる
(太い緑色のフェルトの奥側にずらりと並ぶ小さな四角いパーツがアグラフ)
すべての弦を小さな金属パーツに通してフレームに固定することにより
弦の位置がズレないようになっている
現代のピアノは、高音弦のあたりだけはカポダストロ・バーで上から押さえ込んでいるものが多い

録音は基本的にオーナーの木村さんにお任せ♪ マイクはスタジオ常設のノイマン U 87 Aiをオンマイクで、1mほど離れたところにDPA 2006という無指向性のペンシル型が設置されてるので、それも使用しています。おかげさまで、思い描いてた以上の音で録れました😁ちなみに、音像やリバーブ感はいろいろ試したかったので、ミックスは自分でやることにしました。今回は温かみよりはクールな質感を求めていたので、ベヒシュタインの粒立ちの良いアタック感とクリアな響き、そしてアタックに混じる妖艶なノイズが活きるようなミックスにしてます。弱音の美しさが素晴らしいので、是非たくさんの人に聴いていただきたいですね‼️

NEUMANN U 87 Ai
世界的にスタンダードなマイク
決してフラットではないけど、欲しい帯域をきっちり押さえてくれる
DPA 2006
クラシック録音では上位モデルの4006がど定番だけど、
この2006も十分に良いマイクだと思う
マイクプリは、U 87 AiにMillenniaのSTT-1が、
DPA 2006にはARTのTUBE CHANNELが使われてました
どちらも真空管を搭載したマイクプリですが、
今回、STT-1の方は僕の繊細な音をSNよく捉えるために
ソリッドステート回路の方をチョイスしたとのこと

そうそう、実はBlumlein(ブルームライン)という古くからあるステレオ録音方式も、今回初めて試してみました。XY方式と同じく同軸ステレオと言われる方式のひとつですが、XYはカーディオイド(単一指向性)のマイクを使うところ、こちらはフィギュア8(双指向性)のマイクを90度に交差させて配置します。おそらく、リボンマイクが主流だった頃のステレオ録音方式ですね。フィギュア8なので、XYよりも部屋の反響音を多く拾うため、XYだと空間感が足りないなと思う時に有用だと思います。今回は、より低音を拾えていたABステレオの方を採用しましたが、個人的にも今後、研究をしていきたい方式ですね!

Blumlein(ブルームライン)というステレオ方式
簡単にいうとXYの双指向性版だが、得られる音は結構違う

という感じで、新曲「Flamme bleue」は2023年11月17日(金)に配信リリース予定ですので、どうぞお楽しみに♪

おまけ

最後に、上記で紹介しきれなかったレコーディングの様子の一部をちょこっとだけ紹介しておきますね。

映画『光の道』のサントラ制作時の様子(2008年)
西新宿にあった中華料理屋、白龍館(現ガルバホール)のベーゼンドルファー 275を使用
真夏にエアコン止めて熱気と湿気に悩まされながら徹夜で録ってました
3.11の震災で被害を受けた北茨城の大津港で開かれていた、
「Bateau Noel」というXmasイベントの様子を記録した
映像作品のための音楽をレコーディング(2012年)
調律師・名取孝浩さんの工房で、
氏の所有するNYスタインウェイ(1919年製だったかな?)を使った
上写真の翌日、僕の代表曲のひとつである
「キミ 想フ ヨルニ」の1st.バージョンを録音した(2012年)
ピアノは、やはり名取さん所有の古いグロトリアン(1800年代後半だったかな?)


ピアノのレコーディングはとても難しいので、なかなか思うように録れないと思います。それこそ本気でやろうと思ったら、ある程度は物理音響学なんかも勉強する必要もあるでしょう。究極的には、好きな響きのスタジオを作って、好きなピアノを入れるのが一番なんですが、そこまではなかなか……。という感じでとても大変なのですが、今後もライフワーク的に続けていこうと思います!

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