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"ヘラルド・イン・ザ・ダーク"―ショートショート

急いでいた。

19時の約束に遅れる訳にはいかない。

この辺り、前にも来たことがあるのだけど、いまいち自信が持てない。

街はどんどん様変わりしているのだから無理もない。

そう遠くないところに市場や住宅のあるエリアだってあるというのに、あちこちに解体途中の建物が放置され、通れない場所も少なくない。

割れたカーブミラーが、赤味がかった茶色いショートヘアと黒いコートを一瞬写す。

確かこの辺りの廃ビルの間を通り抜けていくと近道だったはずだ。

肩から下げたカバンを持ち直す。

ヒールを鳴らして足早に進む。

私は記憶を頼りに、見覚えがあると思われるビルとビルの間に入っていった。

ビルから張り出した覆いや足場、資材などで遮られ、中は薄暗く、埃っぽい。

突き当りは行き止まりだったので、段差を上がって迂回する。

こんなに複雑な造りだっただろうか。とにかく反対側の道に出なければ。

少し開けたスペースに出ると、若者がたむろしている。

危害を加えられることはないが、いい気はしない。足早に通り抜けようとしたところ―――

「州警察です。あなたたちXXのメンバーね?禁制薬物CPX-8売買の疑いが出ているわ。持ち物を見せて」

黒い制服を着た女と男の二人組が現れた。

え、何。もしかして私も巻き込まれる?冗談じゃない。こんなところで足止めを食っている暇はないと言うのに。

そんな事態はなんとしても避けなければ。

「あの・・・私はいいいですか?彼女らとは関係ないんです。近道をしたくて通りかかっただけで」

私は近くにいた男の方に話しかける。

男が女に確認しに行くと、女は若者たちから視線を外さないようにしながら、男に頷く。

男が戻ってくる。

「いいですよ。お分かりかと思いますが、この辺りは治安が悪化していますし、組織犯罪グループが潜伏しているという情報も入っています。お気を付けください」

あっさりと認められて安堵する。おそらく私の年齢や恰好から、明らかに彼女らの関係者ではないと思ったのだろう。

私は礼を言ってその場を離れようとした。

「あ、ひとつだけ」

凛とした女の声が背中に掛かる。

明らかに自分に向けて発したのだと思われたので、仕方なく振り返る。

「この辺りで、禁制薬物CPX-8の所持・売買が横行しています。それらしい物や、その他の不審者・不審物を見た覚えはありませんか?」

「・・・いいえ」

一応記憶を辿っている風を見せるため、私は少しの沈黙の後、そう答えた。

「分かりました。お気を付けて」

軽く黙礼して、今度こそ立ち去った。

コートの中で肩に下げた黒いバッグの持ち手をしっかりと掴む。

何はともあれ職質を免れて助かった。

所持品検査なんて言い出されたら、いくら任意とはいえ、すぐに切り抜けるのは難しい。

これが敵対組織の連中や強盗にでも襲われるならいくらでも相手をしてあげられるが、警察官を痕跡なしに消すことは至難の技だ。気を付けなければ。

禁制薬物CPX-8?

女の発した言葉を思い出して、走り抜けながら独りごちる。

そんなもの関係があるわけがない。

私が実行すべきことは一つだけ。

これを無事に当局の使者に引き渡すこと。

そうすれば、私の兄は光の下に出られるだろう。

その後にこれがどう使われるかなんて、知ったことではない。

正義も倫理も興味がない。

例え、この国が―――。


―Fin.―

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