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音楽と心理学に救われた本当にあった物語。「黄昏に咲く虚ろな青春」

東京に行くまでの期間は、ライブ活動と楽曲制作に勤しんだ。
とにかく場数を。とにかく曲数を。
自分に自信をつけるためにがむしゃらに行動した。
ただ自分の力を磨き、良い曲を書き上げることができれば、
それだけで自分が掲げる最終目標にたどり着けると思っていた。
大学を卒業し、音楽活動の傍らアルバイト。
息つく暇もなく、その日を迎えた。
上京する日が近くなってからは、ひなさんとはあまり会えなくなっていた。
それも仕方がない。お互いに自分を高めるために、努力をしているのだ。
広島にあるターミナル駅でギターとスーツケースだけを持って、
未知の世界へ旅に出る。
風貌から滲み出ていたから、見送りに来てくれたバイト仲間は
「なんかミュージシャンぽいね。」
少し鼻で笑われたことは、恥ずかしかったが、それも今日だけの感覚だ。
20数年間生きてきたこの地を離れる。母親を残して、記憶から離れる。
ただただ明日からの人生に楽しみだけを期待して、過去を後にした。
新幹線の中では、俺が影響を受けてきた曲を聴きながら噛み締める。
この人たちに追いつくんだ。これ以上の歌を歌ってやる。
視覚化できてしまうほど高揚している感情を、抑える気などなかった。
正気に戻った時は、すでに到着していた。
旅行ですら1回しかきたことのない場所に移り住む。
住む場所はスタジオ付きのシェアハウス。
内見もせずに即決だ。
きっとこれくらいの勢いが都会で勝ち抜くために必要なスキルだ。
高ぶった感情で決断を全て、期待に結びつけようとする。
ギター一本とスーツケース。詰め込んだ想いを背に、
今日もまた歌を歌うんだ。
ーーーー
案外、自分は適応力が高いのだろうか。
都会の雰囲気や人ごみの多さにも、数日したら慣れてしまって、
街に対する新鮮さは薄れてしまった。
冷静になっているわけではない。
地元とは比較できないほど週末にはライバルが溢れかえっている。
俺は路上ライブをしているその人たちを、
血眼になって見つめていた。
新宿駅には、弾き語りをする者、カラオケ音源を流す者、
中には大道芸と合わせた、いかにも東京らしい催しをしている者もいた。
東京には本当に色んな夢追い人が集まる。
それはジャンルだけの話でない。質の問題もある。
俺は呆気に取られた。
圧倒的な実力を持った人は確かにいる。それは覚悟していた。
しかし、それは問題ではなかったのだ。

不協和音が響く。それは人が集まる中心から聞こえる。
所謂、音痴の部類なのだが、なぜか人は身を乗り出す。
隣で歌っていたり、パフォーマンスをしている人たちは魅力的だった。
しかし、彼らには見向きもしない。通行人。
これが現実なのだ。
どれだけ音楽の技術があるのかは聴く人にはわからない。
いかに人を集めるかが重要で、そこには音楽的なセンスは必要ないのだ。
東京のあらゆる路上ライブスポットを巡った。
下北沢のような音楽の盛んな町には、個性的な歌い手が
通りがかった人の足を止めている光景も見たが、
渋谷や新宿、池袋は、やはり人が集まっているかどうかが鍵になっていた。
それは、チケット制であるライブハウスも同じだ。
圧倒的に上手で、個性的な演者にファンがいない。
観客は関係者だけという、寂しい光景。
しかし、素人の寄せ集めのような集団には人が集る。
俺は首をかしげるしかなかった。
何かおかしい。
俺は実力社会に飛び込んで、荒波に揉まれながら、
ライバルたちと研鑽しながら成長できることを期待していた。
そうだ。きっと俺が見たステージがそうだっただけだ。
何年もこの都会で身を削り、音楽で食べている人に聞けば、
俺の信じる真実が知ることができるはずだと、先輩たちにコンタクトを取った。
現実は甘くない。
「いかに人を集めるか。いかに人間性を気に入ってもらえるか。
ファンや業界にとって都合の良い存在にならないと
この世界ではやっていけないよ。
そこで地位を勝ち取ってからが、音楽家としての腕の見せ所だね。
それまでは、我慢だ。」
俺の想像していた世界は、オーディションを受け、
実力を認められ、レーベルに告知してもらい、
音楽的なレベルを高めながら、頂点を目指していく。
俺が描いた桃源郷は、そんな縮図だったはずだ。
何も知らなかった。無知は恥だ。
ある意味では無計画で、飛び出してきたに過ぎない。
俺は思った。
地元を捨ててまで、この場所に来たんだ。
そんな現実は受け入れられるはずがない。
だったら、俺が実力社会に変えてやる。
それができれば、きっとこの淀んだ空気は一新できる。
不安を隠し、動揺はしていないと言い聞かせた。
そのためには何か行動を起こそう。
俺はこの場所に何をしにきた。
ギターを掻き鳴らし、歌を歌いに来たのだ。
その他大勢になりたくて来たわけじゃない。
その他大勢に迎合するために、生きるつもりはない。
そこから当てもなく、
知り合いのツテで出演できるライブハウスを探したり、
同じ方向性を持った、仲間を探す旅を始めた。

東京には本当に多種多様な文化が、混ざり合っているように思える。
同じ音楽をしていても、性格が全く違ったり、
俳優をやりながら歌を歌っていたり、プロデュースを生業にしていたり。
しかし、一つ気が付いたことがある。
どこの会場に行っても、どこの集会に行っても、
俺が会える人たちは、どこか未来を楽観視していた。
良い曲を歌えればいつか誰かに聞いてもらえる。
オーディションを受け続ければ、いつか必ず受かる。
みんなどこかで不安を抱えてはいたものの、
同じ釜の飯を食ったかのように、傷を舐め合える仲間がいる。
最初は俺もそれが心地よかった。
同じ方角を向いて、同じようなことを歌って、
同じような悩みを語って、同じような場所で歌う。
学生生活では味わえなかった、非孤独感。
凄く仲良くなるというわけでもないが、
共演すれば、お互いを褒め合い、研鑽しているように鼓舞する。
『君の曲素敵だね。いつか一緒にイベントしようよ。』
『共同で路上ライブしない?君となら盛り上がりそう。』
音楽に限らず、大所帯で人前に出れば、
世間は興味の有無に関わらず、注目する。
交代しながら互いにサクラを演じ、チップを集める。
交通費程度のお金を手にして、一喜一憂し、次のライブについて話し合う。
中には、レコ発といった、レコード発売イベントの宣伝も兼ねて、
音楽仲間に協力を募る人も多くいた。
俺も自分でイベントを企画した。
SNSで募った共演者と、大まかに詳細を決める。
当日になれば、お互いの自己紹介から、いつもの流れ。
ライブが始まれば、それぞれが呼んだお客さんが、
来たついでに、推し以外の歌い手も聞いていってくれる。
終わった後は、達成感に満ち溢れた。
これが東京での音楽活動。これで俺も仲間入りだ。
しかし、ここでふと、頭をよぎった。
これで俺も仲間入りだ。
達成感に満ち溢れていたはずの心に動揺が走った。
芸能の世界は、ほとんどの人が日の目を見ずに諦める道を選択する。
自分には無理だったんだと、悔しい気持ちだけを残して去るもの。
プロになることを諦めて、趣味として東京に残り、普通に働き始める人。
心のどこかで諦めてはいるものの、人生を賭けたのだから、
簡単には引き下がれなくなり、ずるずると夢を追うふりをする人。
彼らには共通点がある。「その他大勢」という肩書きだ。
音楽で食べていくことを夢見た時点で、自分たちは
一般の人とはどこか違う感性を持っていて、
一般の人より自由に生きたいという願望を持っている。
それが視野狭窄を生んでいる。
その選択をしただけで、勝ち組というレッテルを自らに貼ってしまうのだ。
しかし、現実は甘くない。
本当に夢を叶える人たちは、その中でも圧倒的に抜きん出る。
感性は常人には理解できないほど研ぎ澄まされ、
集中力も凄まじい。
生活をギリギリまで切り詰めて、死んでも良い覚悟で全てを注ぎ込む。
そこまでして、やっと「その他大勢」ではなくなるのだ。
それがどうだろう。
これで俺も仲間入りだ。ということは。
俺自身も「その他大勢」に加わってしまったことを意味するのだ。

俺はそこから苦悩の日々が始まった。
練習に明け暮れ、曲を作り、歌詞を書き。
流行り始めていた、ライブ配信というものも始めてみた。
しかし、これといった戦略を立てていたわけでもなく、
ただ闇雲に暴れまわるだけでは、「その他大勢」以外の何物でもない。
俺自身や俺が作る音楽が、他の人と似ているとは思わない。
だからこそ、この苦しみを抜ける方法が見つからない。
そして、暗闇には一向に順応することも出来なかった。
妥協できたらどれだけ楽だろうと考えてみた。
しかし、プライドが許さない。
では、何か新しいことでもしてみるか。
しかし、頭が凝り固まって何も浮かばない。
時間が経つにつれ、音楽が楽しむものではなく、
自分を縛り、価値観を迷走させる要因に変わってしまっていた。
東京に来てから時間が経つのが早い。
それは恐らく、焦燥感が原因だろう。
テレビやネット上では、同年代の歌い手が次々にデビューをする。
すでに売れている人もいる。
本当は受けるつもりもなかったオーディションにも
藁にもすがる思いで、片っ端に音源を送り続けた。
大手事務所からの一次審査合格の書類が届いた時には、
心が舞い上がった。
最終的に届いた、二社からの二次選考通過の便りを握りしめ、
数千人規模で敗北する、卑劣な戦いに身を投げる。
一つ目のオーディションは、応募人数が殺到していたため、
某大手事務所の本社にて、数百人同時審査が行われた。
俳優、声優、歌手志望。様々な夢を持った人が一堂に会する。
拘束時間は6時間を超えていただろうか。
各々が、新人発掘担当者の前で、
1分というごく僅かな持ち時間を与えられ、
賭けてきた人生や時間を、全力で表現する。
中には、軽い気持ちで受けにきた若輩者も参加していたが、
熱量が凄まじく、息をするのもやっとなくらい、
重苦しい雰囲気を飲み込んだ。
隣に座っていた男性が、俺と同じくギターを持ってきており、
休憩時間に少し言葉を交わした。
「どんな曲をやるの?こういう時って、カバー曲の方がいいのかな。」
「俺は、自作の曲しかやるつもりないです。
それが自分の人生だし、それで有名になりたいんで。」
俺は頑なに、自分の楽曲を誇示する姿勢をとった。
「そっか。俺もそうしよう。こんなチャンスないもんな。」
どうやら彼は、迎合するか、プライドを表現するかで迷っていたが、
俺が語気を強めたことによって決意したらしい。
圧倒的歌唱力。圧倒的個性。圧倒的ビジュアル。中にはお笑い担当もいたな。
様々な表現者を分析しながら、ついに俺の番がやってくる。


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