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コロナといえば…武満徹! 「ピアニストのためのコロナ」レポート<後編>

皆さん、ぐっもニカ〜!🎹 MONICA MUSIC FACTORYです。

今や、世界中どこにいても、「コロナ」という単語を見かけない日はありませんよね。
その一方で、クラシック音楽や現代音楽の世界では、コロナの流行に伴い、最近とある作品に再び注目が集まっています。
その作品とは、日本の代表的な作曲家のひとり・武満徹の《ピアニストのためのコロナ》です。

私も、(感染症のほうの)コロナが流行している最中に偶然この作品と出会い、曲を聴いたり、色々な資料を集めているうちに、どんどん武満の世界に引き込まれていきました。
そこで、皆さんにも是非《ピアニストのためのコロナ》の作品の魅力をお伝えしたいと思い、今回レポートという形で文章を書くことになりました。

このレポートは、前・後編の全2回でお届けしております。
(レポートの<前編>はすでに公開されております!)

前編では《コロナ》がどういう作品なのか、作品の"概要"をざっと紹介しています。後編では、《コロナ》がどういった目的で作られ、武満が「コロナ」という存在をどのように感じていたのか、前編よりもやや作品の"本質"に踏み込んだ内容でお送りします。
是非、前編も合わせて最後までお読みいただけると大変嬉しいです。


武満の「コロナ」が誕生するまで

 武満の作品はサラベール社(《コロナ》のモノクロ版もこちらから売られています)とショット・ミュージック社で販売されていることが多いのですが、具体的な武満の経歴、受賞歴および作曲作品の変遷についてはショット・ミュージックのサイトに掲載されていますので、詳しく知りたい方は是非目を通してください。

 さて、「コロナといえば武満徹」を世間に浸透させるために始まりました、《ピアニストのためのコロナ》レポート。今回はその<後編>をお届けします。

 え? 「コロナといえば武満徹」を世間に浸透させることが、このレポートの目的だったんですか? そんなの初耳? 別に良いではありませんか! 素晴らしい作品を皆さんに布教して何が悪いんですか!
 皆さんもご存知の通り、もともとコロナとは「(太陽の)光の輪」を意味する単語です。とっても素敵な単語じゃないですか。
 《ピアニストのためのコロナ》を作曲した当時の武満も、コロナ、あるいは「輪っか(=Ring)」に強い魅力を感じていたようです。

 では、《ピアニストのためのコロナ》は、いったいどのような経緯で生まれた作品なのでしょうか?

 武満が本格的に作曲活動を始めたのは、ちょうど戦後の日本人作曲家たちが、今でも「現代音楽」とよく言われる、新しい音楽の創造に活発に取り組んでいた時期でした。
 ヨーロッパやアメリカの、作品あるいは作曲の手法を次々と輸入するような形で、日本人作曲家たちは音楽の新時代を追っかけていたわけです。

 この頃の武満や、主だった日本人作曲家の活動拠点として特に有名なのは、芸術家グループ「実験工房」だと思います。
 1951年に結成されて以降、「実験工房」は海外の現代音楽作品を日本で初めて初演したり、音楽以外の芸術ジャンル(彫刻とか詩とか。「実験工房」は作曲家の集まりではなく、さまざまな芸術分野で活動するアーティストが参加しているグループでした)と複合した作品の制作に取り組んだりしていました。

 そんな、当時の音楽業界の最先端で躍動していた武満。
 彼が初めて「図形楽譜」に取り組んだのが、《コロナ》の前年にあたる1961年に作曲したフルート、テルツ・ ギター、リュートのための《環(リング)》です。

 「図形楽譜」も、もともとはアメリカの作曲家たちが開発した作曲手法です。
 クラシック音楽の作曲家の大半は、五線紙に音符を書いて楽譜を作ると思うのですが、「五線紙では表現できないような音楽を作りたい!」という目的から、図形を用いた新しい楽譜の書き方を模索する活動が起きていたんです。
 そんな「脱・五線紙」運動をし始めた作曲家たちの、ちょっとした流行に乗っかるような形で、武満も《環》にて図形楽譜に初挑戦したわけです。

 《環》の楽譜の構成や図形楽譜の見てくれは、結構《コロナ》と似ています。
 《コロナ》は5枚のシート毎に異なる「音楽的な役割」が設定されているのですが(黄色のシートは『アーティキュレーションの研究』、灰色のシートは『表現の研究』など)、《環》もまた4種類の楽譜が存在していて、それぞれに『R』『I』『N』『G』という名前が付けられています。はい、リング(=『RING』)ですね。

 《環》が《コロナ》と大きく異なるのは、楽譜の全てが図形楽譜で作られているわけではないという点にあります。
 4種類の楽譜はちゃんと五線紙で書かれた、従来の楽譜に仕上がっているのですが(現代音楽の楽譜を「従来の」と表現するのが正しいかどうかはさておき)、4種類の楽譜とは別に、曲と曲を繋ぐための『間奏』の楽譜が用意されています。
 この『間奏』こそ、まさしく図形楽譜で作られている部分です。
 演奏者は『RING』の4種類の楽譜を、(やはり《コロナ》と同様に)自由な順番で組み合わせて、その曲間に『間奏』部分を挟んで演奏します。

(画像:MONICA MUSIC FACTORY制作)

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 そういうわけで、まずは武満は、いきなりオール図形楽譜の作品を作るのではなく、五線紙の楽譜と図形の楽譜を交互に演奏していく作品を作ったわけです。
 ……それって、演奏する側はかなりややこしいのでは?(超小声)

 そして、《環》の制作を経て、とうとう武満はオール図形楽譜の《ピアニストのためのコロナ》を翌年の1962年に発表することになります。
 この1962年には『4人の作曲家展』という、日本で初めてのグラフィックスコアの展覧会(『作曲家』なのに『コンサート』ではなく『展覧会』なんですね。こういうところが面白いですよね)を開催していて、《ピアニストのためのコロナ》を含めた武満のさまざまな図形楽譜がここで展示されました。
 『4人の作曲家展』には武満の他、黛敏郎、一柳慧、そして高橋悠治の御三方が参加しています。つまり、この三人も武満と同時期に図形楽譜の作品を手掛けていることになります。


コロナの「内側」と「外側」

 さて、いよいよ後編のレポート最大のテーマである、武満と「コロナ」の関係について触れていきましょう。

 《環》とか《コロナ》とか、この頃の武満はとにかく「環(リング)」と名が付く作品を多く作曲しています。
 そのくらい「環」に対する思い入れが強かったということなんですが、これについてはひとつ、私が特に個人的に紹介したい資料があります。

 現在も放送されている、NHKのラジオ番組『現代の音楽』で、《ピアニストのためのコロナ》のグラフィックデザインを務めた杉浦氏と、武満の対談が行われたことがあります。
 対談のほんの一部を切り取った内容ではありますが、『現代の音楽』アーカイブの武満徹特集として、NAXOSから今も配信されています。
(1963年6月29日放送)

 今やコロナといえば感染症の「アレ」しか思いつかない方が大半だと思うんですが、本当はコロナってもっと、なんて言うか、ポジティブなイメージを持った単語ではありませんでした? あれ、私だけ?
 コロナの本来の意味を、Mac book proの辞典アプリ(スーパー大辞林、Apple用語辞典)で一応調べておきました。

こうかん【光冠・光環】
① 太陽や月の周りにできる視半径2~3度の小さな光の輪。内側が青色,外側が赤色を帯びる。空気中の水滴によって光が回折して生じる。コロナ。
② 太陽のコロナのこと。

 で、武満が言う「コロナ」とは、当然「光の輪」のことを指しているんですけれど。
 武満は杉浦氏との対談にて、自身の「コロナ」に対する考え方について、次のような表現をしたんです。


 円の"外側"と"内側"


 つまり、対談の内容を一言でまとめると、「円の"外側"と"内側"で、見えてくるものは違うよね」って仰っていたんです。

 ここで一度、<前編>でもお見せした楽譜を再び提示させてください。

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 この同心円、よくよく見ると「二重線」で書かれているんですよね。地球には「外核」と「内核」があるって聞いたことがありますが、それをイメージしたんでしょうか。(太陽にも外核とか内核とかあるんでしたっけ? 私は詳しくないのでちょっと分からないです)

 それでいて、円の「外側」と「内側」では、書かれている図形(音)が違いますよね。

 はい、ここで突然「楽譜」という作品の豆知識!
 楽譜を発表する際、作曲家はしばしば自分の楽譜に書かれた音符以外の要素、たとえば「アーティキュレーション」などを示した記号や図形が、具体的に何を表しているのか、「補足」の説明文を同封することがあります。
 スタッカートとかスラーとか、音楽の教科書や用語辞典に載ってるようなものはいちいち説明しなくていいんですが、そうじゃないアーティキュレーション、まだ一般的に普及していないような奏法(いわゆる『現代奏法』『特殊奏法』ってやつ)とかも結構使うんですよねぇ。

 この《コロナ》の楽譜にも、そういった補足説明が書かれた紙が一緒に入っています(そりゃそうよ……)。

 ……ただし!

 《コロナ》の楽譜って、5枚のシートから出来てるでしょう?
 だから、シートごとにそれぞれ補足説明を書いてるんですよ、武満先生。
 そして、武満先生ときたら、なぜかシートによって仰っていることが違うんですよ。同じ作品なのに、アーティキュレーションの意味合い・役割がシートによって違うんですよ。


 え? どういう意味かって?

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 こういう意味だよ!!!

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※画像はMONICA MUSIC FACTORYが製作したイメージ図です。事の真相は実際に楽譜をお手に取って確認してください。

 おさらいなんですけど、《コロナ》は5枚のシートを組み合わせて演奏する曲です。要は、例えば『赤』の楽譜と『黄』の楽譜を行き来しながら、その楽譜を見てピアノを弾くんですよ。
 ……《コロナ》に興味があるピアニストの皆さん、この記事読んでいただけてます?

 違う色の紙に点と線が書かれているだけの、一見すると手抜きの楽譜かと思いきや(え? 別に手抜きとは思わなかった? 私は正直思ってた。)、こんなに複雑な楽譜だったとは。
 それほど武満は、コロナの「色」によって違う音楽表現を演奏家に求めていたのだと思いますし、楽譜を5色に分けることによって、円の「外側」と「内側」を異なる視点から眺めようとしたのではないかと、私は楽譜や実際に演奏されている音源を聴いていて感じました。
 ……演奏はとっても大変そうだけど…………。


《ピアニストのためのコロナ》レポートまとめ

 最後まで《ピアニストのためのコロナ》レポートを読んでくださり、ありがとうございました!
 少しでも、この作品について興味を持っていただけたなら、この文章を書き下ろした甲斐があります。
 コロナといえば〜〜〜?(たけみつとおる!!)

 音楽において、あるいは音楽以外のことであっても。
 あらゆる物事に対して、私たちはどういった視点を向けるべきなのか。すなわち、武満のコロナの「外側」と「内側」の双方を見ようとする姿勢は、現代の揺れ動く情勢を生きる私たちにとっていくらか学べる部分があるかもしれません。

 武満徹が半世紀前に生み出した、彼独自の「コロナ」の世界を、皆さんも是非体験してみてください!

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 最後まで記事を読んでくださり、ありがとうございました!

 普段は、鍵盤ハーモニカのアレンジ楽譜を販売したり、鍵ハモや音楽にまつわるコラムをお届けしております。
 また、武満の《コロナ》という、少々マニアックな記事を読んでくださるような方にオススメするような内容では無いかもしれませんが……「楽譜」という情報媒体について言及した記事もいくつか書いております。


 よろしければ、MONICA MUSIC FACTORYの他のnote記事もご覧いただけると大変嬉しいです。

 それでは、またお会いしましょう! ぐっばいニカ〜!🎹

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