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とやま観光塾について②

梅雨入りとは何だったのか、と気象庁ならびにメディアに問いたくなるようなピーカン晴れの6月下旬早朝、とやま観光塾の特別研修に参加するため、オレは背中に汗をにじませながら富山駅の構内をひたひたと歩いていた。引きずっているキャリーケースのゴロゴロという音が、添乗であちこち行ってたコロナ前を思い起こさせる。

集合場所の富山駅北のバス乗降場に到着し、乗務員にあいさつすると、久しぶりの顔に出会えた。

バスガイドのふくちゃんだ。

個人的には富山県でナンバー1のバスガイドではないかと思う。業務の基本となるバス車内での案内は、言葉がすうっと頭に入って来るかのごとく流暢で、車窓から見える観光地を明朗快活に案内、話中にその観光地ゆかりの歌を歌って美声を響かせたかと思えば、富山弁丸出しの笑いを挟んで車内に「ふくちゃんワールド」を作り、旅行客の気持ちを盛り上げていく。一方で、車内の飲み物配りや、バス降車後の目的地までの動線誘導といった裏方の仕事もきっちりとこなしてもらえる。渋滞等で旅程が遅れて焦る場合でも、ふくちゃんがガイドであれば車内に生じた不穏な空気を持ち前の話術で吹き飛ばしてくれるので、ガイドが当たった時は安堵したものだ。

そのやり取りが、2年半以上途絶えていた。

今回は参加者という立場でバスに乗車、バスは一路鳥羽へ向けて東海北陸道を進む。同道路はトンネルが多く、富山から岐阜県高山市までは車窓から見える景色は限られているが、ふくちゃんは沿線上にある観光スポットの一つ「荘川桜」の心揺さぶる感動秘話を話し、高山市に入れば有名な演歌曲「奥飛騨慕情」誕生のいきさつを説明、途中その曲をアカペラで歌いつつ紹介し、早朝集合から来る眠気と研修の緊張感で静かだった車内を活気づかせていった。

自分としては何度も聞いている内容であるが、昔と変わらぬ口調に懐かしさを感じ、過去同行した添乗業務を思い出しながら感慨に耽った。休憩中に参加者の一人がふくちゃんに「バスガイドさんの案内すごく上手ですよね!ずっと聞いてました!」と話しかけていたのを見て、なんだかこっちも嬉しくなった。

バスは昼過ぎに目的地の鳥羽へ到着。「海島遊民くらぶ」という伊勢志摩地域でのオプショナルツアーを展開し、コロナ禍でも売り上げを伸ばしているという観光会社を訪ねる。社員をニックネームで呼ぶなどアットホームな雰囲気な中、同社の業務内容の説明を受けた後、さっそく漁師の街・答志島での入札体験ツアーに参加した。

ツアーガイドは同社の社長で観光塾講師のニックネーム「きくちゃん」だった。きくちゃんもふくちゃんのような親しみやすい口調で、世間話に冗談を交えながら参加者との距離を縮めていく。久しぶりの遊覧船に乗車、船に心地よい海風が吹き、夏日で汗ばんだ身体が乾いていく。

島に渡って歩いて行くと、きくちゃんが行き交う島民に「○○さん、最近どう?」と、あたかも島の住民のように話しかける。島民からも声掛けがあり、それを何度も見ていくうちに、何だか自分たちも昔からこの島に住んでいたような感覚になっていく。

観光塾2-3


この島のメインは市場に上がった魚の入札体験。漁師というのはコワモテで口数が少なく近寄りがたいというイメージを勝手に持っていたが、きくちゃんは小学校からの親友のようにその漁師らと自然な流れでやり取りをし、それに応えた漁師は今採れる海産物や漁場の現状を一つ一つ丁寧に説明していく。入札体験に入る前に、今朝採れた海産物の中に身の大きな赤アワビと黒アワビの実物を見せてもらうなど、ここでもアットホームな雰囲気の中でツアーは進行。入札では実際に使う道具を手に何種類かの魚の値付けをした。相場が分からないので見た目の判断で通常の数倍高く値付けした魚もあり、「こりゃご祝儀相場だね」と漁師が笑い、自然と場が和んでいく。模擬入札した魚は購入して明日の夕食に提供するとのことで、自分で値踏みした魚が実際に食べられるのは感慨深いなあと思いつつ島を後にした。

観光塾2-2

このツアーで感心 したのは、観光スポットの説明を中心とした一般的な案内ではなく、島民との会話や偶発的な出来事といった訪問地での日常生活を感じる点に重きを置いたガイドツアーの在り方であった。

通常の観光地のガイドツアーだと、資料とハンドスピーカーを持ったガイドが観光スポットの歴史や見どころなどを資料通り一糸違わず説明して回るというのが大半で、道行く人や住人との交流の機会はほとんどない。ガイドについても、そういう指導を受けているのかは不明であるが、観光地の説明が第一目的で、旅行者を喜ばせ楽しませようと考えているのは伊勢神宮などの定番観光地のお土産店に依頼したガイドなど一部に過ぎない、と経験上感じてしまう(お土産店はガイドの後に店で買い物をしてもらうため、場を盛り上げて印象付けるのが上手い)。添乗員として同行している際に、説明一辺倒のガイドにあたり、冗長な説明にお客が興味を失くしていくのを何度も目にし、ガイド無しで良かったのではと感じたことは何度もあった。

今回のツアーはガイドがいなければ成り立たない。大げさに言えば、ガイドは異文化・習慣の体験へいざなう先導者。その導きがなければ、余所者の団体客にも島民が心を開いて気さくに話しかけるという出来事には中々巡り合えない。

旅は「異日常」の生活文化体験である。

前回の講義で学んだフレーズを思い出す。コロナ禍も相まって団体募集旅行の不催行が目立ち、従来のハードな行程で名所を巡りお土産屋に立ち寄るという内容が形骸化し飽きられていく中で、他地域のライフスタイルや生活文化を楽しむ点に重きを置いた旅行商品を提供することが重要とされている。それが顧客生涯価値を高め、リピーターの獲得につながっていく。今回のツアーはそのフレーズを地で行っていた。

「異日常」体験ツアーを創り出すには、先導役となるガイドの養成も重要であるが、まずは外部客を受け入れるという行為に馴染みのない漁業組合や島民に、ツアーの実施が地域振興に貢献するという目的を丁寧に説明し、浸透させていかなければ実現できない。相当な交渉の積み重ねであったのだろうと思う。立ち上げ時のことを聞くと、当初は送客に苦戦していたが、数年続けているうちに根付いていき、大手旅行代理店が同社のツアーを購入したのをきっかけに拡大、それからは団体のオプショナルツアーを唯一受け入れれる会社として知れ渡るようになったという。

観光が地域のあらゆる産業の橋渡しとなって総合産業の役割を果たし「稼ぐ地域」を作り出すという一端を目の当たりにし、富山においても同じように総合観光産業の地盤を作り上げていきたいと胸が熱くなった。

それからの2日間は同社のツアーを体験し、夜には自分の課題である着地型旅行商品のアイデアを練り、きくちゃんに指導を受けて夜遅くまでPCに向き合った。加えて、酒好きの観光塾参加者と各自の課題を議論しながら夜中に杯を重ねて仲間意識が広がるという合宿によくあるパターンが繰り広げられ、睡眠不足と充足感で満たされて研修は終了した。バスガイドのふくちゃんとも顔を合わせて近況を語り合えたことで、コロナ前の業務の感触を思い出すことができた。

この特別研修で学び経験した振り返りを含め、近々に提出期限が迫る課題に向かって改めて気を引き締めるという意味も込めて文章化にした。コロナ情報取り扱いの上がり下がりによって未来への視界がどうしてもぼやけてしまう現状であるが、観光の情勢をしっかりと見据えて行動していきたい。

観光塾2-4


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