国際線の機内で急患の対応をした話

数年前、日本からモンゴルからへ向かう飛行機内での出来事です。

僕は機内に乗り込むやいなや眠りにつき、2時間くらい経った頃に機内アナウンスで目が覚めました。

「この機内に医者か医療関係者はいませんか?いましたら機体の後方に来てください」

なんとドラマで見たことのある場面に遭遇。モンゴルの航空会社であるため、基本的に機内放送はモンゴル語と英語で行われます(たまに日本語も)。カタコトの日本語でアナウンスされるくらいだから、よっぽどのことだろうと思いました。ましてや自分はイヤホンを着けながら寝ていたため、もしかしたらその前からモンゴル語での案内はあったかもしれません。

ちなみに僕は柔道整復師の資格を持っており、医療関係者という条件は一応クリア。また、日本赤十字社の救急法を修了している状態で、せめて一次救命処置くらいは少し力になれるかもしれないと思いました。ここで行かないという選択をするのはきっと後悔すると感じ、あらゆるケースを想定しながら後方へ向かいました。

※以下、乗務員や傷病者とのやり取りは全てモンゴル語で行いましたが、わかりやすいように日本語に訳したものを表記します。

一番後ろの座席には、何人かの乗務員に囲まれて一人の乗客がとても苦しそうにしている姿がありました。僕が近づくと乗務員の方に「医者ですか?」と聞かれ「医者ではなく、セラピストです」と答えました。
モンゴルでは柔道整復師はもちろんのこと、理学療法士や作業療法士などのセラピストの存在はほとんど認識されていません。今回も同様に理解されず、やむを得ずに「スポーツでの怪我や骨折・脱臼・軟部組織の損傷を専門としていて、手術をしたり薬を扱ったりする医者とは異なります」と伝えました。

なんとか理解してくれたのか、一連の事情を教えてくれました。「この乗客は3週間前にCovid19に罹り、その時に咳や発熱はあったものの重症化することはなかった」「今日、機内に乗り込む際も特別な症状はなかったが、離陸してまもなく呼吸が苦しくなった」「酸素飽和度は80%台が続いている」とのこと。
実際、その傷病者は会話ができたものの、非常に苦しそうに息を荒げながら時折身体をゆらゆらと前後左右に揺らしていました。そして、ふとした時に意識を失ったかのように数十秒微動だにせず、また揺れ出すというような様子が見て取れました。自分の手に負えるものはないということは、火を見るより明らかでした。

それでもいくつかの情報を集めていたところ、乗務員の一人が機体の前方から救急バッグを持ってきました。「これを開けるには医者の許可が必要です。あなたの免許書を見せてください」と言われましたが「今見せられるものはないし、そもそも医者ではありません」と再三伝えました。
たとえ医者でなくても医療従事者であり、この状況では仕方ないと判断したのか、乗務員は厳重に鍵がかけられた救急バッグを開けました。そして「では、よろしくお願いします」と言わんばかりに僕に渡してきましたが、中身は英語やロシア語で書かれた経口薬と注射薬品がずらり。
日本語ですら、それらの知識が乏しいのに…いや、そもそも僕が医薬品を扱うことは違法であり、傷病者に何かを投与して悪化した際の責任は一切取れません。バッグを受け取り、医薬品を手に取って見てみるふりをしつつも、頭の中ではどうするべきかを必死に考えていました。

そんな中、乗務員から「目的地のウランバートルまではあと3時間。すぐに中国の空港に降りるように機長に伝えましょうか?それか中国はロックダウンをしているし、今なら仁川空港に戻る方法もあります。どうしますか?」と聞かれました。緊急着陸をすると何百人もの予定に影響を与えてしまいます。人の命を最優先した方がいいと多くの人が考えると思いますが、そんな決断を委ねられても、僕には何も根拠のない無責任な判断しかできません。
幸いモンゴル人の看護師がいらっしゃり、その方と相談をして傷病者本人にも尋ねてみたところ「なんとか耐えられそう。頑張る」という返事をもらいました。そして、目的地まで直行してもらうことにしましたが、そこまで耐えられるのか不安でしかなく、ただひたすら願うのみ。

傷病者の方から「腰がズーンと響くように疼いていて、マッサージをしてほしい」と言われました。悪化しないか懸念しつつも、なんとかウランバートルまで行けるようにと腰から肩にかけて、押したりさすったりしました。その間は幾分かラクになるが、数分後にはまた疼き出す様子でした。
相変わらず終始ひどく辛そうな姿を見せつつも、なんとかウランバートルに着陸し、その方は真っ先に運ばれていきました。

その後、どのようになったかは定かではありません。今回は目的地まで何とか持ち堪えてくれたものの、最悪のケースに陥っていたらどうなっていたでしょうか。
はたして自分がやったことは正しかったのか、そもそも医療関係者として名乗り出てよかったのか、飛行機に乗るたびに思い出してしまいます。この出来事に遭遇してから、ずっとモヤモヤ。それだけ悩むくらいのことだから、いっそのこと投稿してみようという考えに至りました。

今後もこのような場面に遭遇することがあるかもしれません。身をわきまえて決して出過ぎることはなく、でも、自分のできることはやろうと思っています。

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