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それでいいと?

「もねは本当にそれでいいと?」

父に言われた一言。

私には中学生の頃からの夢がある。
そう、「アナウンサーになりたい。」

そう思い始めたのは、中学生の頃に入った放送部の本当に小さな新人戦で1位を取った、あのときからだと思う。

それまで特に秀でたものはない子供だった。
でも、音読や1人劇をするのが好きだった。

今でも覚えている。
祖母の家でお気に入りのはたきを持って、それを振り回しながら、ドラマの真似をしていた。そう、1人で笑 何役にもなりきって。(今となってはなぜはたきがあんなに好きだったかは謎ですが笑)

本を声に出して読むことも大好きだった。

小学校の委員会では迷わず放送委員会になった。
マイクの前に座って、給食の献立を読むことも、掃除の始まりと終わりの放送をするのも。
今でも覚えている。青い扉に鍵を指して、開けると漂う機材の匂い。すきだった。ガラス張りになっていて、たまに放送しているところを見られるのも恥ずかしかったけど、どうだ!私は特別なことをしているんだぞ!ってちょっと心の中で自慢してた。すきだった。

朗読発表会というのが小学生のときにあって、各学校から代表が選ばれて、確かホールみたいなところで読むイベントがあった。まずはクラスの中から代表が一名選ばれるのだけれど、5年生まで選ばれることがなかった。それがとてつもなく悔しくて歯がゆかったのも覚えている。

でも、こんなに読むことが好きなのに、その時は他にミニバスケットをしていて、それが楽しかったから、中学生になったらバスケ部に入ろうと思っていた。
週に一回のミニバスケットクラブに所属していて、別にめちゃくちゃうまいわけでもなかったのに楽しかったから。
でも、一番近くの中学にはバスケット部がなかった。
少し遠くの中学に行かなければならなかった…どうしようって思った。新しい環境に行くのが怖かったからバスケット部は諦めて、一番近くの友達もたくさんいる中学に行くことにした。
でも、その中学には部活が、卓球、野球、バレー、放送しかなかった。卓球は小学校での卓球クラブに入っていたから何となくできるかな…でも気が進まなかった。
野球?できるわけない。バレー?手が痛そう。残ったのは放送…ん~ もう、部活はしないでいいかな…

お母さんに相談した。
「高校の推薦に部活は役立つから何か入ってた方がいいんじゃない?」
そうか…うん
そしてその時に仲の良かった友達に中学で部活に入るか聞いてみたら放送部に入るかもしれないと言った。
しかも、スカウトされてるみたいな話だった。

その時、
え、スカウト… 
なんかめちゃくちゃモヤモヤして、勝手に悔しくなった。
このときの感情も話した場所も鮮明に覚えている。

私も放送部に入ろう

そして、中学生になって放送部に入った。そうしたらとにかく発声も読みもたのしくて仕方なかった。
みんながぺちゃくちゃ喋っている時間も1人で黙々と原稿を読む練習をしていた。絶対に読みでは負けたくない、それだけはずっとあった。
その時の顧問の先生が読みだけでなく番組製作にも力をいれていて、いろんなところに取材に行かせてもらって、いろんな人に出会わせてもらって、本当に本当に貴重な経験をさせてもらった。本当に小さなテレビ局って感じで毎日が放送部のおかげで充実していたように思う。

そして、中学生になってはじめての大会で1位を取った。

その日から私に自信をもてるものはこれかもしれないた思った。

もっとうまくなりたいと思った。

そこからアナウンサーを参考にするようになった。

かっこいいなと思った。

私もこうなりたいと思った。

それからとにかく頑張ってきた。

高校生までは順調だった。
楽しかったし、それなりに評価もしてもらえた。

でも、大学生になって、それだけではダメなことに気づく。
読みの技術だけでなく、それなりのルックスや頭の引き出し…

現実を見たとき、私には無理だと思った。
就活生になって気づいた。

私はすごいところで戦おうとしているんだ。
こわくなった。
そして、諦めたくなった。もう、普通にどこかに就職して、推しを推しながらそれなりに働いてお金をもらって、1人で生きようかな。

「もう、わからんくなった。アナウンサーになりたいけど、現実を知ってなれんかもしれんと思った。でも、それができんと思ったらやりたいこともない。そうなったらなんしたらいいんやろ、どうするべきなんかな。まあ、別にテレビのアナウンサーじゃなくても、ラジオとか声使った仕事はいっぱいあるしね…」

「もねはそれでいいと?」

グサッときた。

そして、良くないとおもった。

「なれんときのこと考えても仕方ない、今までそこに向けて頑張ってきたんやき、やりきってみたらいいやん。それで受かることもあるかもしれん。もしダメでも道はいろいろある、なんとかなる。だき、目の前のことに集中してみり?」

そう言われて、今までのことが浮かんだ。
好きでしてきた放送部での活動。中高の6年間楽しいこともあったし、たまらなく泣いた日もいっぱいあった。
あんなに楽しかったはずの放送ができなくなった日もあった。それでも、「伝わる」を目指して自分なりにやってきた。
すきだから。楽しいから。やっていたらわくわくするから。
思えば小さな頃からそんなことがすきだったなって思い出した。さっきも書いたけど、声に出して何かを読んだり、なにかになりきってみたり。そうやって表現することが楽しかった。そしてそれが結果として目に見えて評価されるようになって、もっと極めたいと思うようになっていった。それで負けるのも小学生の頃から悔しかった。思い出した。

でも、大学に入ってそれがなくなったとき、どうすればいいのかわからなくなった。
もし、大学一年生に戻れるなら、必死にその熱を冷まさずに続けられる場所を探したいと後悔する日もある。
もっと一年生のときから動けば良かったと思う。できたことは絶対にあった。

でも、嘆いても仕方ない。
やるしかない。
私が今空白を埋めるためにやることは、できることを必死にやっていく、目の前のことに集中してみることだ…と。

どこかで逃げていた。
夢はなに?って言われるのがすごく嫌だったこともある。

でも、逃げるのはやめよう。
もう一回ちゃんと向き合おう。

そう思った。

「もねはそれでいいと?」

問いかけ続けたい。

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