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読書: #1a 心の仕組み(上) | スティーブン・ピンカー


以前はNHKブックスから全三巻で出版されていたそうな

Steven Pinker氏については 言語学者(というか政治評論家の熱量が高い?)のNoam Chomsky氏関連の話題を目にするうちに名前を見かけるようになりました。
独特の風貌も相まり 華やかなイメージの学者さん、という印象です。

例えば『知のトップランナー149人の美しいセオリー』という 氏が発起人としてお題を出し、各界の知識人/科学者からの回答を元に編まれた書籍があります(=彼自身の回答も存在。) 
主に科学的分野の視野を広げてくれるよいインタビュー集です。


そんなこんなで Pinker氏自身の著作について読んでみようと思ったとき 以下の邦訳版が書店に平積みされていた際 Paperbackで読んでみるかな、と逡巡したことがあります:
『Enlightenment Now: The Case for Reason, Science, Humanism, and Progress』

ですが 一般に床屋政談的色彩が濃くなってしまう社会科学的評論よりも 氏自身の専門領域(進化心理学、言語学、等々)に触れたものを優先したかったので この『心の仕組み』を読んでみました。
*抽象概念を駆使した議論が多くなるであろう未知の分野を原書で読むには専門用語のハードルが高いと判断し 翻訳版に決めたんですが 文庫/上巻2090円 と やはり結構お値段が。。。


あっさりと要約されていますが、まあ売り口上なので、、、、

上巻はこれらの章を収録

Amazonのレビュー欄で概ね高評価されているこの本は
進化心理学の分野に造形の深い読者の皆さんならツーカーで把握可能な内容なのかもしれません。
ですが 所謂Popular Scienceレベルの 読者を選ばず平易な言葉で
組まれていることもあるのでしょう
原著は一般読者からの反響が大きく (誤解も含め)様々な批判的意見も頂いた旨 Pinker氏自身が本の冒頭に述べられています。


読後感

遅読者の倣いで 登場する語句とその前後の関連を一つづつ確認しながら読み進めていましたが 途中からやや粗読みに切換え 上巻を読了。

自分の印象に残った記述 に以下があります:

(一卵性双生児は) 別々に育てられても 一緒に育てられた場合と同様に、驚くべき類似性を示す。
…..生まれた直後から離れて育ったのに、泳ぐ時は後ろ向きに水に入り、膝より深いところには絶対にいかない。…..目に入るもの全てを数えなくては気がすまない。自警消防団の団長になる。自宅のあちこちに、妻宛の心優しいメモを置いておくところまで、共通している。
こんな例を目の当たりにすると、驚きをとおり越して信じたくない気持ちになる。

自然淘汰は知性を目指すような素振りを毫も見せない。
長い時間をかけて、生命体は、その特定の環境において生きのび、繁殖するに適した構造を獲得する。それ以上でもそれ以下でもない。
その時期、その場所でうまくいく方向以外に引っ張る力は、全く働かない。

…..平らな皮膚片が複雑な目になるまでには、わずか四〇万世代しかかからなかった。地質学的にはほんの一瞬である。

攻撃手段と防御手段はいずれも遺伝子にもとづくもので、個体の一生においては比較的固定される。従って、変化はゆっくりとしか進まない。食う側と食われる側の均衡は、進化の長い時を経てのみもたらされる。
なにをどう操作すれば、どんな目的が達成できるかを知ったおかげで人間は、先制攻撃のすべを身につけた。目標指向の新奇な行動をとって、他の生命体の、進化論的にゆっくりとしか変化できない防御手段を打ち破る。
新奇な行動がとれるのは、人間の知識が、「ウサギを捕まえる方法」といった具体的な指示の形をとっていないからである。
人間は新たな知識を合成し、直観的法則のあれこれをどう組み合わせたら、どんな相互作用が起きるかを想像して計画を立てる。
遺伝子を引き継ぐことによってしか防御手段が強化できない生命体に対して人間はあまりに優位に立っている。人間から身を守るには、進化に時間がかかりすぎる。

読み進めるうちに 豊富な事例の引用がPinker氏の真骨頂なのだろうと気づきました。
但し 残念な点は以下です:

 /論理展開が追えない箇所が頻出する
 (もとより 噛んで含めるような丁寧な説明は意図してなさそう。。。)
 /行間を辿るには個々の事実の説明が不足し 結果 論拠が理解できない
 /本文の記述に 全ての図/表への説明がない
 (これは編集に責アリかも?) 
 

例えば ”心が小さな部品から組み立てられている” といった それがあたかも公知であるかのような言い回しが頻繁に登場するのですが
往々にしてそれらへの証明や検証が与えられないまま 話が展開します。

読み始めたときは、「話がまるまる/すんなり理解できずとも 素人が進化心理学についての膨大な情報を耳学問し キーワードに触れる価値はあるな」といった態度で 氏の語りに接していましたが、
「それってどういう意味ですか?」  、「なぜそう推論されるんです?」
と言いたくなる聞き手側の疑問点は解決されず 様々な新情報が次々に現れ、 時折アメリカンなジョークと共に下流に流れ去るのを見守ることになります。
それ自体を楽しむ鷹揚な読み方もあるのでしょうけど 例えば 相槌を打っても返してくれず 愉快に滔々と自分語りを続ける近所のおじさんおばさん? に ひたすら置いてけぼりにされ続けるのには なかなかの堪え性が必要だと感じます。。。

置いてけぼりを誘う他の原因には 説明に使用されるキーワードが概念的すぎるため 身近な事物や体験に置き換えできない こともあるのでしょう。

例えば 心の情報処理の階層的分業について 適宜イラスト/図は登場しますが 何分 取り扱う対象が「心」なもので 抽象概念に基づく言葉での説明には限界が。。。。
(図解自体にも理解困難なものが多くあります。)

但し 第四章以降は カンブリア爆発のような目の進化に紐付き カメラの限界や網膜像など引用が具体的になり 論理展開の理解/推定がやや楽になるのが救いです(下巻もその調子でお願いします。。。)


なお 本から立ち上る佇まいというか雰囲気について:

Pinker氏のサブカルチャーへの造詣の深さは伝わってきましたが 
本来お得意と思われるジョークの鋭さがいまいち伝わらず。。。
翻訳の出来具合もそこに関係ありと想像しますが
原文を参照せず安直に翻訳者を責めても不遜でしょう。 
*所々 原文が想像できる箇所があります。自分的には "Daemon" の訳語(悪魔)が少し気になったくらいですし。

完全には納得しないまでも そう収めてましたが Amazonの書評欄に 翻訳ミスや本自体の建付けエラーを指摘するサイトが紹介されてました:

こちらを参考にさせていただくと
引用欄の省略や説明不足などは目立つようですが 誤訳自体は指摘の10%程度なのではと想像されます。


そんなこんなで 即 下巻に取り掛かる精神力がなく 目下思案中。。。
下巻には 氏が予告した興味深い内容(5/6/7章など)が含まれているようなので 悩ましいところです。

上巻は呼び水で 重要ポイントは下巻に偏在するのかも

まとめ

繰り返しになりますが 豊富なエピソードの引き出しの深さとその引用がPinker氏の真骨頂だと想像されます。
切れの良いジョークは氏の他の著書に預けるとして 下巻の読了後に見えてくる世界に期待しようと思います。
*上下感を読了してから評定すべきでした。。。


おまけ

筑摩書房さんのサイトには 投稿欄 があるのに気付きました
(そういう時代なんですね。。。。)

丁寧さに良識と品性を感じます


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