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発熱せよ (月曜日の図書館205)

風が強い。事務室には窓がないはずなのに、ごうごうとうねりながら吹き寄せてくる。おそらく1階の自動ドアが開くたびに、めぐりめぐって2階にまで到達するようだ。ドア付近を調べに行くと、巻きこまれて入ってきた落ち葉が積もりかけていた。野趣あふれる図書館。

職員も利用者も、それぞれに着膨れて自衛している。室内だからといって安心してはいけない。本を読むという行為は、クリエイティブな営みと見せかけて物理的な熱は少しも生み出さないのだ。できるだけ早く借りて帰るか、居残るつもりなら定期的に体を動かすなどして発熱を促したほうがいい。

おすすめはふくらはぎを上げる運動だ。座っていてもできる。

新聞コーナーで怒鳴り声が聞こえた。行ってみると、おじいさんが別のおじいさんに怒っている。新聞をめくる音がうるさかったらしい。

新聞コーナーは新聞を読むコーナーなので、読むためには新聞をめくらざるをえず、多少音が出るのは自然現象として仕方ないのではないか。

と思ったが、主張にひととおり耳を傾け、トラブルになると危ないので、直接注意せずに、今度からカウンターに言いに来てくださいね、と伝えた。

一方の怒られているおじいさんのほうは、こうしたわたしたちのやりとりを全然意に介さず、平気で新聞をめくりつづけている。確かにめくり方が雑で、他の人より大きいようだ。

破れないように気をつけてくださいね、と声をかけたが、一切反応はない。まるでわたしたちのことが見えないかのようだ。このおじいさんだけ並行世界に存在しているのだろうか。

とはいえ役目は果たした。カウンターに戻ると、わかっていながら何もしなかったF井くんが、あんなのは殴り合いになるまで放っておくしかない、と言った。

怒鳴ったおじいさんはしばらくして、さっきは面倒かけました、と謝って帰っていった。

採用試験の勉強をしていたときぶりに、図書館の専門誌を読みはじめることにした。ネットや新聞で話題になるできごとはなんとなく知ってはいるものの、やはりきちんと体系立てて勉強したほうがいい、と急に思い立ったのだ。

現場でのその場しのぎのやりとりに終始してしまい、知識もだいぶさびついている。アップデートを心がけて、もう一度、あの頃のようにフレッシュな気持ちを取り戻そう。

これまでの経験上、冬は寒くて存在意義が揺らぎがちだ。やる気は低下し、あたらしい企画も思いつかず、仕事の失敗を何度も思い出して落ちこみ、結果として体が透けるほど揺らぎまくる。

そうならないためには、何でもいいから自分にやることを課したほうがいい。資料を読んでノートにまとめたり、先進的な取り組みをしている図書館を記録して、訪問計画を立てたり(立てるだけ)、とにかくアクションを絶やさないことが大事だ。

自分にも何かを生み出しているという感触が、この冬を生きのびる術だ。

読んでいると、どの雑誌にもだいたい同じ人たちが論文を載せているということがわかった。もともと狭い業界であるし、日頃の仕事内容を調査分析してまとめようと考える人となると、かなりしぼられるのだろう。

この人たちは普段どのように働いているのだろう。同僚とはうまくやれているだろうか。トラブルが起きたとき、率先して立ち向かってくれるだろうか。

毎年実施している窓口アンケートの結果をF井くんが庶務係からもらってきて、自主的に分析している。去年より接客への満足度が上がり、レファレンスサービスの認知度も上がったそうだ。

意外だったのは座席予約システムの結果らしい。使いにくくなったと言ってくる人がたくさんいたが、アンケートでは「満足している」が最多だった。「あんなに苦情が多かったのに反映されてない。偏った層がアンケートに答えたのかもしれませんね」と言う。

声の大きい人にまどわされず、声なき声に耳を澄ませよ、とわたしは返した。


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