何やるの、何もやらないの
男性の育児休業、育児休暇・・いつの間にか”パパ育休”なんて呼ばれ方をしているのに驚きました。一般的なのでしょうか。
男性が育休を取ろうとすると、結構な割合で聞かれる質問に「育休を取って、何をするの?」というものがあります。これは、取得経験のない人の素朴な疑問かも知れません。
(つい、反語的に「何もする事ないでしょ」と言いたいのでは、なんて捉えがちですが・・)
初めての子のために取得する人にとっては、これはなかなか難しい質問なのではないかなと思います。
例えるなら、就職活動の時の「弊社でどんなことをされたいのでしょうか」に少しだけ似ているような気がするのです。
具体的にやることがわからないから、休みを取って育児や配偶者のケアに集中するわけで。
資格試験や研修などのように、仕事していた時間がそっくり何かに入れ替わるわけではありません。
しかも「入れ替わる」のように受動的なのではなく、「入れ替える」のような能動的な活動が、とても大切になってきます。
実際、仕事を休まなければ経験できない”育児”はたくさんあります。家の中だけでなく、健診や予防接種など外に出て経験する育児もあるわけです。そういうのは土日は殆どないし、平日であっても夜間などは現実的ではありません。だから、仕事は休まなければならないわけです。
育児の本丸は赤ちゃんの世話だけれど、その土台にはママ(妻)のケアがあるし、上の子たちがいれば家族のケアが必要になってくるわけです。赤ちゃんに触っていなくとも、必要な家事は膨大にあります。
例えば、自分に子どもができた時、街中にベビーカーがあって、多くの人が抱っこ紐で移動して、意外と多くの赤ちゃんがいることに気付かされた経験、あるはずです。
赤ちゃんが生まれたら、多くの夫婦あるいは親子は、赤ちゃん連れで行動しなければならなくて、ほとんど赤ちゃんの生活リズムで、自分たちの生活を合わせていかなければならないのです。
誰もがみんな赤ちゃんだったはずなのに、赤ちゃんを歓迎していない雰囲気にも遭遇することもあります。
男性の育休は、その赤ちゃん中心の生活リズムをいかに共有できるか、を視点として持っているとより効果的なのかも知れません。
妻は、そんな誰もが経験しているけれど、誰もが知っているわけではない状況を指して「社会のB面」という言い方をします。B面は言い得て妙だと思うし、“B面”なる言葉そのものの存在を知らない世代が社会の中心になった時には、B面という発想は消滅していることを期待しています。
我が家には、3人の子どもたちがいます。幸いなことに、3人とも育児休業を取得する事ができました。しかし、子どもの月齢や時期も期間もそれぞれだったし、子どもたちの性格も違うので、やることもそれぞれ違っていました。
現在3人目の子どもは生後2ヶ月くらいであり、絶賛赤ちゃん活動中です。この子は、上の2人とは違うことが多く、3人目とはいえ初めて経験することも多くあります。例えば、哺乳瓶での授乳などがそれで、それまでは授乳は殆ど妻だけの負担でしたが、僕もできるようになりました。
上の子たちとは違う病院で生まれたこともあって、記憶にある健診とは違ってくるようです。それはそれとして、専門の医師に診てもらえる安心感があって、いい経験をさせてもらっています。
これからどうなるのか、気がかりなことは続くものの、ちょっと新鮮な気持ちで子育てをしている感覚があって。これまでの2人の子どもたちの経験を生かしつつ、今後もこれまでの感覚を疑いながら過ごしたいと思っています。
また、子ども2人の時には何かと自分たちでやりくりしてきたのですが、3人目ともなるとなかなか難しい事があります。体力も不安だし、何より時間が足りない感覚。それぞれの子どもに割く時間が必要だからです。
今は僕が育児休業の期間中なので、日中の時間を割くことができていますが、これが終わってしまうと、さてどうしたものか。
なるようにしかならないのですが、お互いの両親にも相談しながら、そして子どもたちの成長にも期待しながら。
以前、男性育休が注目された時に、反面教師的なものとして「取るだけ育休」と言った言葉が叫ばれました。育休を取ったけれど、ほとんどの時間を自分の趣味に充てたり、家事の分担が出来ないなどの、ただの”仕事休み”として批判されていたものです。
確かに、日頃家事に関わっていないと何をしたらいいのか分からないし、逆に日頃やっている側からしたら、リズムが崩れ、楽になるどころか面倒臭く感じてしまうこともあるかも知れません。
男性の同僚に、洗濯ができなくて、奥さんの実家(!)に洗濯物を毎週持ち込んでいた猛者がいました。その話を聞いて、驚きとともに、家事をしていない男性のリアルを見た思いがします。奥さんが出産で入院して、慌てて洗濯機の取説をネットで検索しダウンロードしたという友人もいました・・。
子どもに手伝いを教えるように、家事はそれぞれができるように、少しずつ分担しておいたり、具体的に何をしているのかを知っておくのは重要なことだと、日々感じます。そんなことを考えていると、我が家は明確に家事分担していないので、最低限の家事を、なんとか回すことができています。
これは後から妻に聞いたのですが、1人目の育休の時に「こんなことを頼んでいいかな」と考えていたことがあるそうです。
ママ側も、少しずつパパにお願いしていく姿勢は必要だと感じました。結果的に、僕は色々なことをするようになって、3人目の今では妻が出かけても、どうにかできるまでに成長しました・・大変ですが(笑)
小児科に行っても、パパと子という組み合わせも一般的になってきました。まだ、スーパーなどでは”パパと子”は少数派ですが、だいぶ慣れてきました。
少しずつ社会が変わっているのは、言わずもがなそれぞれの家庭が変化しているからであり、育休を取ろうと決めたパパが増えているからかなぁと、そんなふうに考えるのです。
うーん、それにしても、パパという言葉が気になります。僕にはくすぐったいというか、なんだか落ち着かないのですよね・・相変わらず子どもとの会話では、僕は自分のことを「お父さん」と言い、子どもは「パパ」と呼んでいます。
パパ育休・・あえて名付けてしまうと、ママの育休と中身は変わらないはずですが、なんとなく違うもののように感じられるのは、僕だけでしょうか。
長々と考えたことを書いてしまいました。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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