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日本のゴッホ?

ゴッホは、オランダに生まれた画家です。生前、画家として大成することはなく、亡くなってからその卓越した技術や感性が受け入れられ、世界的に評価された、やや物悲しい背景を持っている画家のひとりです。

点描を技術的な基礎としている力強いタッチは、誰の真似でもなく、さらに誰も真似できませんでした。とりわけ、色彩感覚の繊細さと表現の大胆さは、後の芸術家たちに多大な影響を与えています。

日本には、そのゴッホのような作風と評され「日本のゴッホ」とまで呼ばれたらしい画家がいたのです。放浪の画家、山下清でした。その言葉は、SNSで何度か見かけた、彼の作品を集めた展覧会の広告にありました。

・・作品を見たことがないけれど、貼り絵をして描いているのは、テレビドラマの影響などで朧げながら覚えていました。果たして、ゴッホと並ぶくらいの作品なのでしょうか・・


お盆の時期、たまたま仕事の予定が早く終わってしまったことがあって、休暇を取って美術館に行こうと思いつき、新宿駅からも近い、SOMPO美術館にいくことにしたのです。

毎週月曜日には旅の記録を書いていますが、今回は美術館。ちょっと長いです。

かつて、東郷青児美術館という名前で、ビルの最上階にあった記憶があったけれど、調べてみるとそのビルの隣に建物が建てられたようでした。

そして、思いがけず、願いが叶うことになったのです。

山下清展、が行われていたのです。すごい偶然。広告の美術館名を忘れていたのです(笑)

世間はお盆のただなか、電車だって空いているし、街中の車も少ない、会期にも余裕があって、平日の午前中・・・混んでいるはずがありません。

賢明な方なら、これだけ書いてしまったオチはお分かりだと思います。・・予想に反して、混んでいたのです。狭くはないはずの建物のロビーは人で溢れ、入場を待つ行列が、猛暑厳しいビルの外まで伸びていたのです。

列を整えるために声を出している方は、額に汗しながら「おかしいですよねー。昨日今日、ガラガラの予定だったんですけどねー。」と笑っていました。

実際、山下清は日本人画家としては有名であると思います。彼をモデルにしたドラマは何代も主役を代えて放映されているし、東山魁夷や藤田嗣治のように漢字が読みにくいということもありませんから。(ひがしやまかいい、ふじたつぐはる)

芸術家だから、というわけでもないとは思いますが、先天的な性質によって、山下は小さな頃から脱走癖、放浪癖がありました。千葉の施設で暮らしていたようですが、施設の近辺に出かけるだけでは飽き足らず、都内や遠方へと足を伸ばしていくのでした。

やがては寝泊まりを繰り返しながら、放浪の旅をするようになっていったらしいのです。ドラマで描かれているような、旅先で創作していく、ようなことは実際にはあまり無かった、という身内の証言もありました。

そんなわけで、山下清は人気がありました。

果たして、彼が“日本のゴッホ”と呼ばれるようになったのは、その色使いなのか、情熱なのか。それとも生き様なのか。人気なのか。

山下は、幼い頃に「ちぎり絵」を先生から褒められたことがきっかけで、貼り絵にのめり込んでいきました。貼り絵が有名でしたが、展覧会は、貼り絵だけはなく、ペン画や水彩画もありました。

実際の”貼り絵”を見て、僕は衝撃を受けたのです。

色を表現するために貼り付けた紙片が重なり合って、絵の表面に僅かな凹凸が生まれていました。微細な紙片の集合はまた、目に見えない色を表現しようとしているように見えたのです。

つまり、紙を貼ることでゴッホのようなタッチが再現されているように感じたわけです。

色が混じるように計算され配置された細かい紙片は点描を思わせ、キャンバスに絵の具を置くよりも遥かに繊細な、時間の必要な作業が行われていたのではないかと、気がついてしまったのでした。

どの貼り絵も精密で、じっと目を凝らして、画面に近づいて観察したくなります。普通、どんな展覧会でも額縁に顔を埋めるように鑑賞することなどありませんが、山下の作品はそれをしたくなるほどに細かい描写がありました。

実際、多くの人が覗き込んでいました。見れば見るほど、手が混んでいることが分かるから楽しいのです。画面があまり大きくないことも、驚くべきことでした。

展覧会の目玉である、長岡の花火大会の貼り絵は、予想に反して、大きくない作品でした。

星が点在する夜空に、大きな花火が何輪も上がっているのを表現した色合いも、それが夜の川面に写っている表現も見事なのですが、それを見上げている夥しい観客の群れ・・気の遠くなるような陰影の表現に、山下がいかに驚いて眺めていたのか分かるような気がしました。


会場には、山下がゴッホの作品にまみえた時のことも展示され、またゴッホの作品から影響を受けて制作された絵も展示されていました。

「ぼけ」油彩
(購入した絵葉書)

僕は、この絵を見た時に思わず声が出てしまいました。・・恥ずかしい・・。ゴッホの「花咲くアーモンドの枝」をかなり意識していると分かったからでした。

画面に散らばる小ぶりな白い花と、空のような真っ青の背景が、見るものに元気を与えてくれるのです。

山下はゴッホの作品から点描の技法を見て取り、それは自らの描く”色を重ねたちぎり絵”に似ているようだと話していたのでした。


何枚かあったペン画は、太めの線で迷いなく目の前の光景を映し取っているのがわかります。国内だけでなく、画家として海外にも出られた時期もあったらしく、ヨーロッパの風景が描かれていました。

失敗できない画材だけに、きっと何度も描き直したかもしれませんが、それにしても、山下の視点はあまりにも普通で安心感がありました。

当時、東京で開催されたオリンピックを描いた作品は、おそらくテレビで中継された映像なのかも知れないが、誰でも見たことのあるシーンでした。

でもそれが、特別ではない素朴さを感じさせ、観る価値というよりは、彼の記憶に残る大切なメモのような作品になったのだと思うのです。作品として描いていたのではなく、ただ描きたいものを描いていた、それはとても気持ちの良いものでした。

「ロンドンのタワーブリッジ」貼り絵
(購入した絵葉書)

山下は、ある時期に画家として日本中で有名になってしまったために、放浪の旅ができなくなってしまうのです。そして、50歳を待たずに亡くなってしまいました。

展覧会には、当時使っていた着物や布のリュックサックが展示されていました。リュックには、いつも護身用の石が5個入っていたらしい。

遠くはない過去に、お金も持たず、仕事も分からない、得体の知れない男を受け入れていた時代があった、ということですよね。

彼がのびのびと生きられたかどうかは分かりません。しかし、好きなことをして褒められ、求められたことは、彼にとって嬉しいことだったのではないかと思います。

芸術やアートが持っている、不思議な力を見せてくれたように思えたし、きっとまた同じような芸術家が生まれることを気づかせてくれる展覧会でもありました。



撮影可能な作品。館の収蔵品、ゴッホのひまわり。

この美術館に初めて訪れたのは中学生の頃だったが、その時には、セザンヌの静物とともに飾られていました。(オレンジが描かれていると記憶していましたが、収蔵品を調べてみたら、実際にはリンゴでした)

黄色い画面に、外の灼熱の空気を思い出しながらも、どことなく弔いのような物悲しさを感じてしまいます。


展覧会に来てみて、実際にゴッホのひまわりも観られて考えていたのは「山下清は日本のゴッホ」であるかどうか、でした。

僕は、実際に作品を観て、その形容は間違っていると思ったのです。

山下の作品は、色使いも綺麗で、精密な貼り絵。しかしそれは、ゴッホらしい作品ではなく、山下清にしかできない作品でした。

ゴッホの真似をして描いても(貼っても)、やはり山下清のものでした。

そして、ゴッホにも真似できるはずもない、繊細で緻密な貼り絵は、実際に目で見て欲しいと思います。

写真や絵葉書では、一つ一つの紙片の重なりが見えてこない。実物にじっと近づいて「これをひとりで作ったの?」と驚いて欲しいなぁ、なんて思います。


長々と、お付き合いありがとうございました。美術館に行くと、ついつい考えすぎちゃう癖があるようです。


#美術館 #アート #貼り絵 #山下清

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