読んだ先に感じるもの #書もつ
戦争、が厭に身近に感じる世界になってしまった。“なってしまった”のか、“してしまった”のか、責任という言葉の行き先もいつだって曖昧だ。
戦争を描いた作品は、どれも気が重い。大抵、人が死ぬからだ。元気に明るく、読んだら生きる気力が湧いてくる!…そんな作品などないのではないか。
しかし、季節柄、そして自分の知識や考えの素材として、戦争を知っておくべきだと思う。書かれていることは真実ではないとしても、やはり言葉で読んでおきたいし、気になる作家さんの物語というだけでも、大いに動機は満たされる。
暑い最中、涼を求めて入った古本屋(と言っても何でも売られていて大きい店舗だけれど)で、作家の名前を見つけて購入した。
ぼくがきみを殺すまで
あさのあつこ
物語の舞台は、架空の国だった。何となく、中東系の砂っぽい風景が描かれているような印象だった。顔立ちは浅黒く、彫りが深く、目鼻立ちがはっきりしているような。
タイトルも衝撃的だが、初めから戦争と思われる状況が描かれているから、読み手の衝撃は少ない。しかし、そのさなかで思い出して語られる、温かな友情の物語に、読み手は涙を堪えられなかった。生きているのか、死んでいるのか、誰か教えてくれ、と叫ぶようにして読み進めた。
人種や民族、という集まりがあって、そこに宗教や考え方のような目に見えない力のようなものを感じてしまうことがある。日本人=勤勉、のようなイメージもともすれば、奇異な存在としてうつるのかもしれないけれど。
彼らの友情の象徴のような存在として、壁画が登場した。友人が主人公の部屋の壁に壁画を描くのだ。その風景の描写や、主人公がもつ感想に触れるたび、実際の作品を見てみたいと思ってしまう。その街からは想像もできない場所の景色だからこそ、なおさら読み手も興味が湧くのだろう。
戦争が起きてしまったら、どんな状況になってしまうのだろうか、この作品を読むとその変化がとても鮮やかに描かれている部分があり、人間の心の弱さをみる。自分はこうならないぞ、ではなく、きっとそうなるよね、という諦めもある。そうでなければ、死んでしまうからだ。
引き裂かれるような気持ちで、離れていく人々を思うたび、今の幸せに感謝したくなる。戦争の話を読む、というのは僕にとってそういう意味があるのだと思う。辛いとか酷いとか、そういう感情の先に、できる限り平和に生きていきたいと思えるのは、この作品に限らず、これまで触れてきた戦争をテーマにしている作品たちだったのかもしれない。
この作者が描く、少年たちの物語も秀逸だが、この作品もまた心に残る、温かな物語だった。