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背中の人 戦争に負けなかった曾祖母 (インストゥルメンタル)

MONA SHIMA
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背中の人


父によると私の曾祖母の記憶は
背中だけなのだそうです
そういうと奇妙な話に聞こえますが
そうではありません

曾祖母はいつも縁側の手前
座敷の縁のところに座って
いつも庭を見ていたのだそうです

ほとんど外出することもなく
朝から晩まで…

したがって子供だった父は
曾祖母の背中ばかりを見ることになります
だから父の記憶にある曾祖母は
背中の人なのです

曾祖母がそうやって庭を見ていたのには
わけがありました

曾祖母は夫と娘ふたりの帰りを待っていたのです

三人は終戦直後疎開先の台湾から
島に戻ってくる途中船のエンジンが止まり
荒天の夜の海に投げ出され亡くなりました

助かったのは息子である
私の祖父ひとりだけです

祖父を救ったのは台湾に住む
中国系の方でした
戦争に負けた日本人を
彼らは助けてくれたのです

曾祖母は三人の死を
受け入れられませんでした
そうして
彼らがいまにも帰ってくるのではないかと
いつも庭を見て待っていたのです

しかし彼らは帰ってきませんでした
それでも祖母は待ちつづけました
自分が待っている限り
彼らは亡くなったことにならない
おそらくそう信じて…

曾祖母はとても体格のよい女性だったそうです
その広い背中が年々小さくなっていったのを
父はいまでもはっきりと
おぼえているそうです

そして一番小さくなったとき
曾祖母は亡くなりました

62歳という早すぎる死でした

でもとても安らかだったということです

曾祖母の人生は
悲しみの人生でした
だけどこれだけは言えます
戦争は人の命を奪えるかも
しれないけれど
曾祖母の愛する心までは
奪えなかった…

そのとき気づいたのです
曾祖母が帰ってこない家族を待ち続けたのは
曾祖母なりの戦争との戦いではなかったかと…

曾祖母はやはり待つことで
家族の死を決して受け入れないことで
毎日静かに戦争と戦っていたのです

そして曾祖母はこの戦いで戦争に負けなかった
帰って来るのを信じ続けることで戦争に勝ったのです

いつか私が
曾祖母に会う日が来たら
その広い背中を抱きしめて
はじめましておばあちゃん
私をこの世界に送り届けてくれて
ありがとう
そう伝えたいです