【漫画原作部門応募作品】殺して欲しいので結婚しましょう 第二話
この先に待ち受けるのは
———『死』のはずだった
第二話
■場所(お客さんのいない喫茶店)
交渉成立した私達は今後について話合いをすることになった。場所を移動して、殺し屋さんがよく利用するという喫茶店で話をすることになった。
他にお客さんはおらず、店内は少し薄暗かった。
奥にはキッチンスペースとカウンターがあり、テーブル席は手前に2席しかなく、こじんまりとしている印象だ。
椿「……とりあえず、今から籍だけ入れてきます?」
渉「ゴッフォッ。ゴッ。ゴホッ」
注文したコーヒーを片手に飲みながら淡々と告げた。そんな私の姿に驚いたのか、飲んでいたコーヒーを盛大に吹き出していた。
椿「大丈夫ですか?気道弱いんですか?」
渉「弱くねェ!ゴホッ……お前が、唐突に変な事言ったからだろ?」
椿「殺し屋さんのためですよ?
私はどうせ死ぬからいいんですけど、入籍してすぐ妻が死んだら、いろいろ疑われますよ?」
渉「そこら辺は心配ない。裏の道のプロだぞ」
椿「……余計な心配でしたか」
渉「まあ、早く片付けたいから早めに婚姻届を出すのは賛成だ」
異論はないといった様子で深く頷いている。
椿「婚姻届……、役所に取りに行きますか……」
渉「あ?……ああ、」
頭をポリポリとかきながら、少し気まずそうに言葉を詰まらせた。
渉「持ってる」
椿「……」
渉「……だから!婚姻届持ってんだよ!」
ポケットから、クシャクシャになった婚姻届を取り出して乱暴にテーブルに叩きつけた。
椿「……なん、で、婚姻届を……」
渉「……うるせぇ!なんだっていいだろ!……で?どうすんだ?」
それ以上は突っ込まない方がいいような気がして、聞きたい気持ちを飲み込んだ。
クシャクシャの婚姻届を広げると、綺麗な字で渉の名前が記載されてあった。
椿〈……殺し屋さんの名前が書いてあるってことは、この婚姻届は、誰かと結婚するために書かれたもの?〉
婚姻届の所在が気になって、紙を持ったまま固まった。
渉「……わりぃけど、聞かれても答えねぇし……その婚姻届の使い道は今後ない。……あるとしたら、『今』だ」
鋭い目つきで凄まれたので、パッと視線を逸らして、婚姻届を見つめる。
意外に綺麗な字を書くことに驚いた。
隣の欄に自分の名前を書いていく。
クシャクシャになった婚姻届は、なんだか書きにくい。
椿〈前髪で目はよく見えないけど、近くで見ると鼻は高くてスッとしてるな〉
明るい場所でまじまじと、殺し屋さんの顔を観察していた。
渉「なにガン見してんだよ。
ほら。ほんとにいいんだな?」
しっかり記入してある婚姻届にサッと目を通して確認した。
椿〈19XX年産まれ・・・・・、えっ!殺し屋さんって28歳?!もっと歳いってると思ってた〉
不貞腐れて気だるそうにしている目の前の殺し屋さんをもう一度見ても、28歳には見えない。
渉「あ?個人情報見てんじゃねぇよ」
軽い舌打ちをしながら、睨まれた。
椿「名字は影山さんっていうんですね。一応、私の戸籍上も影山になるんですから、死ぬ前の自分の名字を知るくらい良いでしょ?」
渉「……ちっ。口の減らねぇ女だな」
面倒そうな顔をして気だるげに、舌打ちをした。
椿「わ、私も……書きますね」
クシャクシャの婚姻届に自分の情報を記入した。
震える手を必死に隠して冷静を装う。
椿「……書けた、……私、出してきますね!一緒に行きますか?」
渉「行かね、ここで待つ」
椿「そうですか……では、出してきます」
婚姻届を握りしめて、婚姻届を出すために役所へと足を進めた。
椿〈これで借金も返せて、お母さんの命が助かる。これでいいんだ……〉
椿〈よし。早く婚姻届出してこよう。
でないと……決心した気持ちが揺らいでしまう。〉
これから死ぬと実感が湧くと、途端に怖くなって来た。
深く考えると、決意が揺らいでしまうので、
「これでいいんだ」と自分に言い聞かせながら、歩く足のスピードを早めた。
■場面転換(区役所・戸籍課窓口)
窓口担当「受理しました。おめでとうございます」
椿「あ、ありがとう……ございます」
声がどんどん消え入りそうになっていく。
椿〈『おめでとう』か。これから私は、殺し屋に殺されるのにな……〉
これで、もう後戻りは出来ない。
■場面転換(帰り道・路地)
喫茶店への帰り道、私の足取りは重かった。
それもそのはず。死へのカウントダウンを自分の足で歩いているのだから……。
「はあ」と吐いた溜息が白くなって消えていく。今日は一段と冷える。希望も未来もなくなった私は凍えてしまいそうになる。
椿〈喫茶店が見えてきた。あのドアを開けたら殺されるのかな?私の命は終わり?考えるな。考えたら死にたくなくなってしまう〉
喫茶店の入り口のドアが近づいてくると、足が震え出した。震える足を必死に前に出して歩いていく。動悸と震えが止まらない。
椿〈怖い。怖い。怖い。……最後に甘いもの、飛び切り甘いケーキでも食べたかったな〉
私は決意をして、喫茶店の木で出来ている重いドアを開けた。
■場面転換(お客さんの少ない喫茶店)
木で出来た重たいドアを開けると、ドアの端には鈴が着いており、カランコロン、と音が鳴った。
BGMには、ゆったりした曲が流れていて
コーヒーの香りが店内中に漂っていた。
テーブル席には、眉間に皺を寄せながらテーブルに肘をついて窓の外を眺める影山の姿があった。
椿「無事に、受理されました」
渉「……」
数秒間の無言が続く。
ガタッという音と共に椅子から立ち上がり、こちらに向かって歩いてくる。
椿〈殺されるっ!!〉
殺されると思い、恐怖で反射的にギュッと目を瞑った。
カランコロン。次に耳に届いた音は喫茶店のドアが開く音だった。
渉「行くぞ」
ドアの開く音に驚いて目を開けると、相変わらず愛想のない顔の影山さんが外で待っていた。
渉「俺ん家行くぞ」
椿「え?」
渉「これ以上は、ここで話せる話じゃねェだろ」
そういうと、後ろなんか振り向かずにズカズカと歩いていく。足の長い影山さんの歩幅で歩くスピードは早くて、着いていくのに必死だった。
少し歩くと少し古びて見えるアパートの前で止まった。思った以上にすぐ着いたので驚いた。
■場面転換(影山渉の部屋)
少し古びて見えた外観とは違い、アパートの部屋は綺麗だった。家電や家具は最小限しかないので、部屋の中が余計に広く感じた。
渉「生命保険の内容を改めて確認したい。書類出せ」
言われるがまま、生命保険の契約書を渡した。
渡された契約書を上から下まで隅々まで確認している様子で、その間スマホも解約されて持っていない私は、手持ち無沙汰だった。
渉「おい!!!!!」
突如放たれた大声に体がビクッと反応する。
椿〈な、なに?びっくりした〉
椿「……な、なんですか?」
渉「お前、契約してからまだ3年経ってねェじゃねぇか!」
椿「……そうなんですか?それがどうかしました?」
渉「どうかしました?じゃねぇよ!
このままだと、保険金は下りない!」
椿「え!えーー!」
渉「やらかした……見落とすなんて、なんたる失態」
頭を抱え込んでいる。
椿「なんで保険金、下りないんですか?」
渉「俺はお前を完璧な自殺と見せかけて殺すはずだったんだ。自殺の場合の保険金は契約してから3年経たないと下りない」
椿「だったら、普通に殺せばいいじゃないですか」
渉「誰かに殺されたとなったら、嫌でも警察が動く。夫として保険金を受け取るんだぞ?警察にマークされて、いろいろ調べられると都合が悪い」
椿〈あぁ、殺し屋だもんな……〉
椿「だから、自殺に見せかけて殺そうとしてたんですか」
渉「ああ、だが、今お前を殺しても無意味になった。———3ヶ月後に殺す」
渉「ということだから、3ヶ月後に連絡する。それまでは死ぬな。お前の保険金は俺のものだ」
椿「えっと……行くところないです」
渉「は?」
椿「部屋も引き払われたし、実家もないし、スマホもないので友達とも連絡取れません」
渉「何が言いたい?」
椿「3ヶ月間、ここに泊めてください」
渉「知るかよ。野宿でもしてろ」
椿〈どうしよう。手持ちに10万はあるけど、10万で3ヶ月暮らせるわけないし、頼れる人もいない。野宿なんて想像しただけで、寒すぎて無理だ。なんとか、影山さんの家に住まわせてもらうしかない〉
椿「今の夜の気温は氷点下になるでしょうか。
暖かい場所でしか生きたことがないので、ホームレスになったら私死にますね。確実に」
チラリと影山さんの表情を確認する。
顔色ひとつ変えずに、無表情だ。
椿〈っち。この人には人の心がないんだな〉
渉「俺には関係ない」
ふい、っとそっぽをむかれてた。助けてくれる気はさらさらなさそうだ。
椿〈このままだとホームレスになってしまう。
えっと、男の人の好きそうなもの……〉
野宿を免れるために脳をフル回転させて、必死に考えた。
椿「私、料理上手ですよ?」
そっぽを向いていた視線が私に戻ってきた。
渉「ああ?……得意料理はなんだ?」
椿〈おっ?この反応は押せば行けるかも〉
椿「和洋中、なんでも出来ます」
渉「……3ヶ月。3ヶ月だけ俺の手元に置いといてやる。俺の大事な金の元だからな」
椿「ここに住んでいいってことですか?助かります」
渉「ふん。別にお前のためじゃない。逃げられないように、監視するためだ」
椿〈口の減らないのはどっちだよ〉
影山の態度に心の中で悪態をつく。
なににせよ、ホームレスにならずに済んで安堵のため息を吐いた。
椿「お言葉に甘えて、お世話になります」
渉「3ヶ月経ったら、約束通りすぐ殺すからな。その時に死にたくないとか言うなよ?それがここに住まわせる条件だ」
椿「大丈夫です。上手く自殺に見せかけて殺してください」
こうして、私の死期は少しだけ遠のき、3ヶ月間の殺し屋との結婚生活が始まった。
(第二話 終了)
第三話
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