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【漫画原作部門応募作品】殺して欲しいので結婚しましょう 第三話






第三話


今すぐ私を殺しても、保険金が下りないことが分かった私達は、お互いの目的のために3ヶ月間の結婚生活をする事になった。



■場所(影山渉の部屋)


結婚生活開始5分で、私は窮地きゅうちに立たされている。不安で心が押しつぶされそうだ。


椿〈どうしよう。思わず口を滑らせて料理出来ると言ってしまったけど、本当は料理なんて出来ない〉

ホームレスになりたくなくて『和洋中なんでも作れます』と思わず言ってしまったのだ。


椿「さっきの話は口約束ですけど、契約と考えて良いでしょうか?」

渉「死にたくないとかごねられても困るしな。
3ヶ月ここに住む代わりにお前は逃げ出さない。これは口約束じゃない、契約だ」


椿〈よし。契約の確認は取れた。あとは……〉


椿「すみません。私、本当は料理出来ません」


頭をガバッと勢いよく床につけて平謝りをした。
ここは、誤魔化しても仕方ないと思い、素直に謝る作戦に出た。反応が怖くて下げた頭を上げれない。ドクドクと自分の心臓の音だけが聞こえてくる。なんて居心地が悪いのだろう。


渉「あ?」

顔をあげてチラッと影山さんの顔に視線を向けると、元々悪い目つきを更に凄ませて私を睨んでいた。無言の時間が余計に恐怖を引き立たせる。


椿〈ヒィ。今にも殺されそう〉


椿「オムライス! オムライスなら唯一作れます」

渉「腹に入れれば同じだ。この際なんでもいい」

今すぐ出て行け。と追い出されるかと思ったが、意外にも追い出されることはなかったので驚いた。


椿〈まあ、私は3000万円だもんな。多少は見逃してくれるのかな〉


綺麗とは言えないキッチンだが、意外にもフライパンや小鍋などキッチン用品は充実していた。

冷蔵庫から食材を拝借し、手際は悪いがオムライスを作り始める。ガチャガチャン、と奇妙な物音を立てながら料理を遂行していく。


椿「出来ました。椿特製オムライスです」

人に出せるレベルに達していない乱れたオムライスがお皿に盛られている。


渉「……これ、食えんのか?」

椿「見た目は悪いですが、食べれます。白米から作られてるんですから」

横目で思いっきり私を睨みつけると、怪訝そうな顔をしながらも、恐る恐るスプーンを口に運ぶ。

渉「う、ま」

眉間に寄せたシワが、ふっと消えて、表情が柔らいだ。

椿〈こんな優しそうな顔も出来るんだ〉

椿「美味しいと言っていただけて、良かったです」

渉「言ってねぇだろ」

椿「う、ま。って言いましたよね?」

渉「……言ってねぇ」

上手いと口を滑らせたことは、頑なに認めず、ぶつぶつ文句を言いながら食べ続けた。米粒一つ残ることなく綺麗になったお皿を見ると、嬉しくて口角が自然と上がる。

チラッと影山さんの顔を覗くと、また眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔をしていた。

椿〈またいつもの表情に戻ってる。食べてる時だけ眉間の皺がなくなった。変なの〉


渉「お前は、なんで死んでまで親の借金を返すんだ?逃げればいいだろ」

高圧的な口調ではあるが、珍しく影山さんの方から質問を投げかけてきた。


椿「私が死んで保険金で借金返さないと、お母さんの臓器が売られちゃいますから……」

椿〈私だって、本当は逃げたい。だけど、お母さんを見捨てる事は出来ない〉


渉「他人のために自分を犠牲にするとか馬鹿だろ」

椿「他人じゃなくて、家族ですよ」

渉「家族……それでも理解出来ねぇな。馬鹿だとしか思えねぇ」

重いため息を吐きながら、ポツリと呟いた。
お母さんという言葉をきっかけに、私はある事を思い出した。

椿「あ、お母さんの話で思い出したんですけど、私大変なことに気付いてしまいました」

渉「あ?今度はなんだ?」

興味なさげに迷惑そうな顔をして私に視線を向ける。


椿「保険金が下りないと、私困るんです。
1週間後に迎えにくるって取り立て屋さんが言ってたんです。私、売られちゃうかもしれません」

渉「……っち、めんどくせぇな。なんとか言い訳して、借金の返済を3ヶ月待ってもらえ」

椿「話が通じる相手じゃないんです。助けてください」

椿〈取り立て屋のさかきは、話が通じない。あの人は、なんだか怖い〉

あの冷酷な眼差しが脳裏に浮かんでくると、動悸と身震いがした。


渉「俺には関係ねぇ」

椿「酷い!約束と違うじゃないですか」

渉「お前を取り立て屋から助ける約束なんてしてねぇだろ」

椿「だったら話が違います。私死にませんよ?売られてから死んでも、死に損です」

盛大に重いため息を吐くと、露骨に嫌な顔をして言葉を放つ。

渉「取り立て屋の名前は?」

椿「えっと、さかきさんって人です」


渉「榊?」

影山さんの眉がピクッと動いたのが分かった。そして、何か考えてるような顔をして顔つきが変わった。

渉「あいつが絡んでんのか」

椿「榊さんを知ってるんですか?悪い噂とか?」

渉「あいつは悪い噂なんてもんじゃない。あいつと関わるのはごめんだ」

椿〈裏社会の影山さんが、関わりたくないと思うなんて、榊さんは相当やばい人なのかな〉

椿「でも、説得してもらえないと、私どこかに売られちゃいます。私が売られたら、保険金の3000万もらえませんよ?」

渉「くそっ!!3000万か……厄介事か」

ぶつぶつと呟きながら、何か考えているようだ。


渉「やめだ。あいつとは関わりたくない」

椿「嘘つき! 極悪非道! 人殺し!」

渉「うるせェ。1週間後に迎えにくるって、お前携帯解約されたんだろ? 母親見捨てて、このまま逃げればいいだろ」

椿「お母さんを見捨てるなんて出来ません。
確かに、どうやって迎えにくるんだろ?あっ、今思い出しました。このスマホみたいなもの渡されたので、ここに連絡くるっぽいです」

榊から渡されていた、小さくまるっとしたスマホを取り出した。

渉「それ絶対GPSついてんだろ。そういう事は最初に言えよな。なんなんだよ、お前」

睨まれている鋭い視線からは殺気を感じる。

椿〈GPS?監視されてるって事?逃げようとしても、逃げれなかったってことか〉




〜♬
手に持っていたスマホに着信が来たことを知らせる音楽が鳴り出した。突然のことに驚いて、思わずスマホを落としそうになる。


渉「考える時間はないか。人間のふりした死神のお出ましだな」

椿「死神?」

渉「あいつは、裏社会でも最悪の評判だ。榊と関わった奴はろくな死に方をしない」

私は怖くなり、ゴクリと息を呑む。

渉「居場所がバレてんなら、仕方ねぇな。
借金を3ヶ月待つように、俺が交渉してやる」

椿「本当ですか!さっきは悪口言ってごめんなさい」

渉「お前は渡さない。俺のものだ(3000万円は渡さない。俺のものだ)」


影山さんの言葉にドクン、と心臓が跳ね上がる。

椿〈『お前は渡さない。俺のものだ』って、3000万は俺のものって意味よ。分かってるのに、なんでドキッとしてしまったんだろ〉

頭では理解していても、心は素直に反応してしまった。ドクドクと今も心臓はうるさく鼓動する。

椿〈ホームレスになるのが嫌だったとはいえ、殺し屋と3ヶ月同じ家に住むなんて、冷静に考えると、私どうかしてる〉

榊さんの顔を想像しただけで身震いが止まらなくなるのに、影山さんには悪態もつけてしまう。

椿〈同じ裏社会の人間なのに、なんで違うんだろう〉

心の中を整理しながら、影山さんの顔をじっと見つめる。


渉「何してんだ。ボーッとしてないで、早くスマホよこせ!」


椿「は、はい。あっ、殺しはダメですよ?円満交渉お願いしますね」


スマホを影山さんに渡した。
鳴り続けるスマホを見つめて一瞬ためらった後、意を決した様子で、画面の通話ボタンを押す。


榊「白石さん?あなた今どちらにいるんですか?」

静寂した部屋に、営業トークのように柔らかい声が漏れて響き渡る。

椿「……白石椿の代わりに、俺が交渉する」

榊「あ?」


榊の声色が変わった。互いにどすの利いた声で威嚇し合う。




『円満』とは程遠い裏社会の人間。
そんな彼らが円満交渉など……
———出来るはずがなかった。



(第三話 終了)




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