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月を眺める

目の前が暗くなった。周りの音がノイズのようになった。
実際に目を閉じていたが、それとはまた違ったタイプの暗闇だった。
暫くして砂利を蹴とばすタイヤの音が鳴った。目を開けると、細切れになったラーメンが映った。
胃が喉まで上がってきたようだった。足が震えて、上半身を支えるのが困難に思えた。なのでラーメン屋から少し歩いて見つけた路地裏の煤汚れた壁に右ひじを付けて支えてもらう形で立った。二度えずいて、四度吐いた。
枯れ草がの上に。涙が出た。ラーメン屋の方から「ごちそうさまでした」という聞き慣れた声が聞こえた。僕は口を拭って、枯れ木に砂を掛けた。あたりまえに月が合って、僕は吐き気を下に戻そうと上を向いて大きく息を吸った。その時月と目があって、恥ずかしく思った。ことの一部始終を覗かれていたからだ。
車の音が聞こえる。その方角へと歩いた。足はふらふらして地に足がついていない状態って、こういう事だと思った。それが今の人生の全て、僕は与えられたものを吐いてしまった、今日もだ。
ただ散歩でもしていたと一声かけて、口々にラーメンの感想を語る家族が乗り込んでいる車に乗り込んだ。
「最近おかしいよ。死んだ顔してたべてるし。」
隣座る母が険しい顔を硝子に浮かべて投げた。
僕はただ頷くだけで、何も言えなかった。
吐きそうだった。車酔いとは違った。身体の内側に毒毒と溜まっている憂鬱が喉を締め上げていく感覚があった。
「もうお前は外食できんな。可笑しいよ。」
ハンドルを握りながら缶コーヒーを飲む父が呟いた。
「いや、今日は車酔いしただけだよ。」と僕は小さく抵抗した。失望されたくなった。それに精神的なものだと悟られたくなったからだ。
助手席に座る妹はだだ移り行く、夏の夕闇を眺めていた。
「あれですね、佐藤さん、今年の夏は暑いですね。昼間だけなら許せるんですけどね、夜も暑いでしょう?熱帯夜ですよ、熱帯夜と言えばリップスライムってヒップホップアーティストがいるんですけどね。わたしが高校の頃それはもう流行って、カラオケで絶対歌ってましたよ。特に一曲目に歌うといいんです。これからは俺らだけの時間だって、そういう気持ちになるんです。まあとにかくリップスライムで『熱帯夜』」

僕はイヤホンで音楽を聴く体力も気力もなかったのでラジオから流れる曲を聴いた。
聴きながら、外の景色を眺めた。月だけはずっと空にあって、その下の景色はどんどん変わっていった。後方から爆走少年たちが現れて、僕らを置き去りにして消えていった。するとそのまた後ろでサイレンが聞こえた。
ぼんやり眺めていると赤い蛍光色が視界を跨いでいった。今の俺には爆走少年たちが羨ましく思えた。
またラジオから人間の声が聞こえだした。
「田中さん、思い出しました。私も歌ってましたよ、熱帯夜。あとスチャダラパーとかも歌ってましたね、意味深なシャワーでしたっけ?。」
「サマージャム95ね」
「それです、それです」声の調子が一段上がった、この佐藤と田中は同い年ぐらい何だなと思った。月はまだ僕を見ている。
僕はバックから
ペッボトルを取り出して一口水を飲んだ。窓越しに爆走少年が警察に検挙されて小さな人混みが出来ていた。バイクの残骸が一つ舗道に寄せられているのが見えた。
「あいつら馬鹿だな、ヘルメットもつけないで、馬鹿は死ぬまで気づかないんだろうな」と夜風に服をたなびかせながら父が言った。
「ほんとだね。あれは馬鹿だよ」と僕も同調する形で零した。すると母も同じようなことを言った。妹は寝息を立てていた。
窓を閉めて、また開けた。夜風を浴びているうちに少し気分が良くなってきた。それでもやっぱりフロントガラスに映る光景を眺めていると気分が悪くなった。なので月ばかり眺めることにした。
すると「さっきから外ばかり見てやっぱり具合悪いんでしょ。はっきり言いなさいよ。」と母が言った。
「全然。」と呟いて、我が家が見えるまで月を眺め続けた。


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毎日マックポテト食べたいです