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大黒摩季「あなただけ見つめてる」 うわさの間奏が聴きたくて

「人生で初めて買ったCDは何?」

CDを買っていた世代……昭和かギリギリ平成人なら一度は聞かれたことがあるであろうこの質問。

CHAGE&ASKAの「YAH YAH YAH」なら、「ASKAって昔めちゃくちゃかっこよかったよね」と盛り上がれるし、KANの「愛は勝つ」なら、「替え歌覚えてる?」なんて話ができたりするので、結構楽しい話題だ。

ちなみに私は、Be-Bという女性歌手の「憧夢〜風に向かって〜」という曲…1994年のホームドラマ「毎度ごめんなさぁい」のテーマ曲(保坂尚輝や松雪泰子が出演していた)…なのだが、それはどうでもよい。

最初に買ったCDこそ「憧夢〜」だが、私が本当に欲しかったのはこの曲ではない! という話がしたい。

私が本当に買いたかったのは、恋愛ソングの女王こと、大黒摩季が1994年にリリースした「あなただけ見つめてる」だった。

90年代J-popを代表する曲〜女性シンガーソングライター編〜という括りがあったら間違いなくトップ10に入るであろう、名曲中の名曲「あなただけ見つめてる」。

私は当時小学生だったが、パワフルな歌声と、魂を揺さぶるような力強いサビ、印象的なメロディに、シビれた。文句なしにかっこよかった。

「あなただけ見つめてる」の歌詞は、大人の女の一途な恋がテーマだ。恋人の好みに合わせて化粧や髪を大人しくして、お料理をがんばり、おそらく恋人が好きなのだろう、サッカーさえも好きになろうとしてる健気な女心に、「それが恋ね!」と単純に憧れた。

時が経ち大人になってから改めて聴くと、ゴマ擦って義母とお茶したり、どこにいても捕まるようにポケベルを持ったりしてると、ある日突然「重いんだわ、お前」なんて言われてフラれたりするんだよなー。それでその男が次に付き合った女ときたら、めちゃくちゃ奔放で全然料理なんかしないタイプだったりして「あたしがあれだけ尽くしたのに話違うやんけ!」ってなりがちなのよね? ワカルわ。と、別角度で共感するので、大黒摩季は全世代の女子の代弁者だとつくづく思う。


……それは良いとして、

「あなただけ見つめてる」は当時、バスケットボールアニメ「スラムダンク」のエンディングテーマだった。スラダンは男女問わず人気のアニメだったので、学校の給食の時間や休憩時間などに放送委員会がよく流していた。

初めて校内放送で「あなただけ見つめてる」が流れた時のこと。

間奏に差し掛かるや誰からともなく、

「しーーーっ!!!」

っと、静かにするよう呼びかけがあった。静まり返るクラス。

女性の声で英語のセリフのようなものが流れた瞬間、クラス中が爆笑の渦に巻き込まれた。男子は笑い転げ、女子も苦笑いしている。

私はひとりキョトンとしていると、隣の女子が小声で耳打ちしてくれた。


ち○ちん、モミモミって言ってるんだよ」


私は赤面した!!

まさか、憧れの大黒摩季様が、こともあろうに「ち○ちん、モミモミ」などと口にだしているのか!?

もう一度聞きたかったが、曲は終わってその日2度目の放送はなかった。今と違って聞きたい曲がすぐにスマホから流せる時代ではない。アニメのエンディングは間奏はカットされているし、いつまた聴けるかわからなかった。

私は気になって気になって仕方なかった。

それから給食や休憩時間になると「流れますように」と祈り、「あなただけ見つめている」が流れるのを心待ちにした。

願いが叶ったのか、流行りの曲だったからか、それから数日後の給食の時間に、再びチャンスが訪れた。 

イントロドン!くらいの勢いで「あなただけ見つめてる」だとわかった私は、キター!と内心鼻息を荒くしながら、ポーカーフェイスで間奏をまった。

間奏が始まると男子たちは飽きもせず、

「しーーーっ!!!」

と号令をかける。

静まり返る教室に、女性の声が確かに聴こえた。

「ちーーんちぇん、もぅーむぃもーみ」


はっきりと、大黒摩季様が「ち◯ちん、モミモミ」と言っていた。

私は混乱した。

強くて痛々しくて健気な女心を歌った世界観に、突然の「ち◯ちん、モミモミ」

衝撃を受けながらも、私はその時は初めて、何とも言いようがない感情……性的興奮のような激しいドキドキ感を味わった。

もう一度聴きたかった。

「あなただけ見つめてる」のCDが欲しかった。

お小遣いで買えないこともなかったが、親に内緒でCDを買うのは許されていなかった。CDショップで「あなただけ見つめてる」を購入すると知ったら、両親に「ハレンチな間奏が聴きたい」と思われてしまうのではないか?

そんな、とてつもない思い込みというか被害妄想に取り憑かれていた。

「あなただけ見つめてる」がひどく卑猥な曲であると、世間一般が認識しているかのように錯覚してしまっていたのだ。

CDが欲しかった。

でも買いたいと言えなかったし、興味を持っていることもバレたくなかった。

私の思い込みは拡大し、家族団欒中にテレビの音楽番組で「あなただけ見つめてる」が流れれば、「全然興味ないですよ」というポーズのために無駄にトイレに行くなどしてアピールした。

私はいったい何をやっていたのだろう……。

そうしていつのまにか時は流れた。

今になって思い返してみれば、あのころ徹底的に「あなただけ見つめてる」を排除する生活を送っていながら、家族でカラオケに行った時には、同じく大黒摩季の「夏が来る」を父の前で熱唱していた。

歌詞はこうだ。

愛してるなんて本気で Hしたら、その日から都合のいい娼婦扱い

大黒摩季「夏が来る」


意味もわからず歌っていたこっちの曲のほうがよほどやばかった。小4かそこらの娘が"男にやり逃げされる"という歌詞を熱唱してる場面に立ち会った父はどんな気持ちだったのだろう?

「人生で初めて買ったCDは何?」

この質問をされると私は、「憧夢〜風に向かって」がテーマのドラマの話題でひと盛り上げして、「あなただけ見つめている」の間奏の空耳ネタでさらにひと笑い取った後、「夏は来る」のエッチな歌詞を父の前で堂々と歌っていたという自虐ネタで締める、という鉄板のすべらない話を繰り広げるのだった。