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某宗教団体の信者さんに命を助けられた話

春が訪れると「何かしなくては」という季節病に襲われる。今年の場合、私は断捨離に走った。

蘇るキーホルダーの記憶

クローゼットに対面し、一心不乱に服やバッグをゴミ袋に詰める。作業を続けていると、「大学など」と書かれたダンボールが目の前に現れた。かれこれ20年近く前のダンボールか。小さい箱なのでスルーするか迷ったが、断捨離のついでに開けてみることに。

中身は大学時代の手帳や古い携帯電話、そしてなぜとっておこうと思ったのか、当時のファッション雑誌など。懐かしさのあまり、断捨離の心を忘れて雑誌をめくった時、そばにあった小物入れから見覚えのあるキーホルダーが出てきた。

それは、私が新入社員のころに、とある男女からもらったものだった。

泥酔した新卒

新卒で入社したてのころ、外部の研修施設でマナー研修なるものを受けた。受講者は他社の新卒含めて20人程。名刺交換の仕方から、社会人にふさわしい服装、電話の取り継ぎなど一通り教わる。

研修の最終日、打ち上げをすることになった。

たかが1週間程度の研修といえど、参加者の間で仲間意識が芽生えていた。私はなぜか研修の終わりを過剰に惜しみ、ひたすら乾杯を重ねた。

マナー研修で習ったとおり、ほかのみんなは飲んでも飲まれず礼儀正しく過ごす中、私はあろうことか泥酔した

翌日、会社の同期に聞いたところ、飲み会中に急に立ち上がったかと思うと、真顔で「帰る」と言い残し、金も払わずに立ち去ったのだと言う。飲み代は同期が立て替えてくれたらしい。

電車の中で出会った神様

その先の記憶は飛び飛びだ。

気がつくと、とある駅のプラットフォームで顔面蒼白、水飲み場で嘔吐していた。マナー研修もへったくれもない。

酔った頭で「まずいな」と思いながら電車に乗る。なんとか立っていたが、吐き気と頭痛が限界になった時だった。

「大丈夫?!ここ座って」

目の前の男女が席を譲ってくれた。

「新卒?飲まされちゃったんだね…」

聖母のような言葉をかけられた途端、私の眼に涙が溢れた。そして言った。


「飲まされちゃったんです。お酒飲めないのに…」


とんだ大嘘つきだ。


ハラハラと流れる涙。安物のダサいリクルートスーツを着た新卒丸出しの自分。酒にやられたそのの姿があまりにも情けなくて哀れで、せめて「飲まされた」かわいそうな新人であると思ってほしかった。

というか、本当に飲まされたのだと記憶を改ざんしたに近かった。


そこからまた記憶が飛び、気がつくと私はタクシーに乗っていた。

見覚えのある景色は、最寄り駅から自宅に向かう道だ。そのころには頭が少しだけクリアになっていた。タクシーには男女が一緒に乗っていて、女性は「もうすぐ着くからね」と教えてくれた。

なんと、私は泥酔しながらも、最寄り駅と自宅の住所を告げてタクシーに乗せてもらったらしい。どれだけ図々しいのだ。


急激に酔いが醒める。


平謝りに謝り、お詫びを……と連絡先を伺うも固辞される。そうこうするうちに自宅に到着した。タクシー代すら受け取ってくれず、押し問答の末、男性が私の手に何かを掴ませた。

「これだけ、持ってて」

立ち尽くす私を置いて、タクシーは走り去った。

手には金属のキーホルダー。何かマークが印字されているが暗くてよくわからなかった。

この世に神様はいるんだな、とぼやけた頭で思った。

自宅に帰り、キーホルダーの正体を調べると、某(割と有名な)新興宗教団体のマークだった。急に……現実に戻された気がした。

キーホルダーの効果

そんな命拾いをしながら、私はその後も何度も酒の失敗を繰り返していた。十数年ぶりに現れたキーホルダーは、何かのお告げだろうか? 親切のかぎりを尽くしてくれたあの男女の恩に報いるように、せめてこの先は酒に飲まれない人生にしようと固く誓った日だった。

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