止まってお天道様、朝6時

大人になってからの私が最も起きている可能性の低い時間帯は、朝の6時台なんじゃないかと思う。




朝帰りで家にたどり着く瞬間の、酒の染み込んだ内臓を洗い上げるかのような澄んだ空気。
徹夜してさすがに眠気を感じ出した瞬間の、レースのカーテン越しに浴びる柔らかな朝日。


有り得るのはまあこの2つのパターン。

だから朝6時台の空気は特別で、あと本当にほんっとうに美味しいんだね。
まともな生活習慣をお持ちの学生・社会人の皆様から「知らねぇのはお前だけだ」とツッコミが入りそうですけれどもね。






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机を整理していたら美術館で買った絵のポストカードが出てきて、その中の1枚に思わず目を細めた。

アンリ・マルタン『ラバスティド=デュ=ヴェール、ロット県』


実物はこの写真よりもっと青みがかっていて、時間帯は明らかに朝の絵であります。



この爽やかな朝の光景を最初に美術館で見た瞬間、私の全身は「故郷の小学校でラジオ体操をしていた夏休みの朝の空気」に包まれたのだった。



青々とした草の匂い。
軽く、鼻から全身の隅々まで一瞬で行き渡りそうな空気。
さらりと湿度は低いようでいて、冷たく細かい霧に触れているかのような清涼感。


あ〜た〜らし〜い〜あ〜さがきったっ
き〜ぼ〜うのっあ〜さ〜だっ


ラジオの音声。
年長者が担当で持ってきていた、百均のスタンプ。
スタンプカードを首から下げるために、ばあちゃんが通してくれた太いヒモ。

行く時はぼんやりしていた太陽が川沿いの道を通って帰る頃には黄色く、眩しくなっていて。
帰ったらばあちゃんが焼く6枚切りのトーストにイチゴジャムを塗って食べて。
そのあとはサマースクールに持っていく宿題を選ぶ。




あの時のあの空気を完全に思い出した。
涙が出るほど素敵な体験だった。



その絵を見て昔のことを思い出した、ということはまた新たな思い出となって、家でポストカードを見る度に私はラジオ体操の朝にタイムスリップできる。



そういう、自分の中の些細な経験や感情とスルッと結びついて自覚させてくれる、新たな思い出のセーブポイントを作ってくれるような作品がやはり、私にとっては最も価値のある作品で。

ポストカードを買うのは必ずそういう体験をさせてくれた作品のものだ。




印象派なんて特にその場の空気感を第一に伝えるために発達した技法だから、画家がその場で味わった皮膚感覚や音、匂いをいかに感じ取れるかが評価の軸である気はするのだけど。

そこに自分がふっと想いを馳せれるかどうかに、善し悪しを超えた「好き」が乗っかってくる。




そういう作品をもっともっと増やして大事にしていきたい。






あと早起きしたい。

なんか特別にしておくのはもったいない気がしてきました。
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