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掌編小説:からくり時計

 新人絵本作家の交流会がプラハで開催される。この催しは今回が初回で主催者がチェコの絵本作家だ。
 
 ミアは幼い頃からチェコの絵本が大好きだった。とくにもぐらのクルテクの絵本だ。もぐらのクルテクに関してはキャラクターグッズを部屋に置くほどお気に入りで、いまでも時々読み返してはポップなキャラクターに愛着を感じている。

 ミアは幸運なことに作品を1つ出版することができていた。大きな出版社ではないし部数も少ない、それなのに作品が目に留まりこの交流会に声がかかったことが嬉しかった。

 ----他の参加者から話を聞けば、次の作品のアイディアも浮かぶかもしれない。

 フランクフルトからプラハまで直行便で1時間、スランプに陥っているミアは淡い期待を込めてその日を迎えた。

 「初めまして、フランクフルトで絵本を作ってるミアです。出版はしていますが、部数はおおくありません。ええ、作品も少ない駆け出しの作家です」

 参加者と交流するミアは楽しさと少しの緊張から笑顔が張り付いたようにとれなかった。参加者の制作話を聞くのは面白く、初対面の人でも会話を途切れない。
 軽い食事をしながら談笑し、お互いのSNSをフォローした。同じ年頃のアンナとは気が合いそうだ。

 ----来たかいがあったな。

 スマホをズボンのポケットに入れ、既刊本の見本をバックの中にしまう。他の参加者から貰った宣伝用のポストカードなどはホテルに着いてからじっくり見ようと、手前の方に詰めていった。

 **

 ミアはカレル橋の近くにあるホテルに交流会用のバックを置いて身軽になると、旧市街広場へ向けて足を運ぶ。
 季節のせいだろうか日が長く19時に交流会は終わったが、まだ外が明るくて外壁彫刻のある街並みは綺麗だ。
 溶けた砂糖の甘い匂いが食欲をそそる。ミアは匂いの元であるお店から、トルデルニークを購入し歩きながら食べた。ジェラート屋さんも多い。

 歩いているともぐらのクルテクのグッズが売っているショップがあった。このために身軽にしてきたのだ。

 置物とぬいぐるみとブレスレッドを買い、満足そうに店をあとにしたミアはいつの間にか旧市庁舎の南側にある天文時計の前にたどり着いていた。


 チリリーン、チリリーン
 死神が鐘を鳴らし、彫像たちが動き出す。


 ミアは鐘の音を聞きながら昔、授業でならったプラハの天文時計の解説が思い出された。

 1時間ごとにくる死神からの死の宣告を貪欲と守銭奴の彫像は首を振り拒絶し、虚栄心の彫像は自分を映す鏡に見入っている。それを見守る十二使徒。この時計は針ではなく文字盤が動くのも特徴的だ。

 ----見つけた。私の作りたいもの。

 天文時計が鳴りやむと、観光客からの拍手が沸き起こった。
 見事なからくりに魅入っていたミアは拍手をせずに、駆け足でホテルへと戻る。

 まるで運命の出会いのようだった、鐘の音とともにアイディアがどんどん浮かんでくる。スランプに陥っていたミアは精巧に造られたからくり時計から次の作品の構想、死神の物語を作ると決めたのだ。


≪ おしまい ≫



 ご一読ありがとうございます。他の作品もいかがでしょうか。


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