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私たちはまだ恋をする準備が出来ていない #93 Satomi Side

毎回1話完結の恋愛小説。下のあらすじを読んだら、どの回からでもお楽しみいただけます。
あらすじ:さとみ32歳、琉生25歳は社内恋愛中。琉生の後輩、志田潤はさとみに片思い。さとみと琉生は結婚を前提に同棲を始める。小さなケンカやすれ違い、違和感を感じつつも、どうすり合わせていくのかを模索している。そんな中、潤が仕組んだいくつかのことをきっかけに、潤はさとみとの距離を縮めていく。

大雨の中、今朝は琉生が出張だった。いつもより1時間ほど早い出勤。予報では、今日は止みそうにない。

私は玄関にいる琉生に、声をかけた。

「大丈夫?新幹線、動きそう?」

靴を履きながら、スマホをチェックしている琉生。

「徐行にはなるかもしれないけど、大丈夫だろ」

ビジネスバッグの他に、着替えのスーツも持っている。

「気をつけてね」

私は傘を渡す。琉生がドアを開けたら、土砂降りだった。マンションの外廊下にも容赦なく雨が吹き込んでくる。

軒先の排水も滝のようだ。

「うわあ、駅着くまでに、めちゃくちゃ濡れそう」

「タクシー呼ぶ?」

「5分くらいだし、大丈夫。じゃ、行ってくるわ」

琉生がバタンとドアを閉めた。雨音はまだ響いている。次は自分の心配だ。琉生が言うように、恐らくこのまま出ても、駅に行くまでにびしょ濡れになるだろう。雨に濡れた服で満員電車に乗るのも抵抗があるし、着替えを持っていくのも荷物になる。少し離れた大きい駅までタクシーで行こう。

そう思っていると、LINEが鳴った。通知を見ると潤だった。

「さとみさん、S町のあたりでしたよね?」

「うん。どうして?」

「昨日、社用車借りて帰っちゃったんで、車出勤なんです。拾いましょうか?」

「本当?助かる!」

まるで、自分の思考を読み取られていたようなタイミング。しかも、今朝は琉生もいないので、ややこしくならない。

素直に乗せてもらおう。

マンションの住所を、潤に送る。

「了解です!30分くらいで着けると思います」

会社までは渋滞を考慮しても、車で40~50分も見ておけば充分だ。

通勤の見通しが立ったので、ほっとした。朝の片付けを始める。

食器を洗いながら、琉生との生活もこんな風に過ぎていくのだろうなと思った。朝、琉生を見送って、自分が後片付けをし、会社へ行く準備。

光先輩のように妊娠、出産をしたら、一時的に仕事は休むかもしれないが、仕事にはいずれ復帰するだろう。周りの友人からは、昔から専業主婦に向いていると言われていたが、家にずっと居る自分が想像出来ない。

ただ、既に同棲を始めて半年ほど経つが、やはり家事は私がメインで、琉生は手伝うというスタンスが出来始めていることに違和感もあった。自分も仕事をしているのに、家のことの大概をしなければいけない。

出張だから、と言って、食器をシンクにすら下げないことや、私が前日用意したスーツを当たり前のように持っていく琉生。時間は私のほうがある、にしても、モヤモヤするものが溜まっているような気がした。

皿をゴシゴシ拭いていると、潤からのLINEが来た。

「マンションの下に着きました!慌てなくていいので、ゆっくりきてください」

思ったより早かった。

「すぐいくね!」

私は鏡で素早く身だしなみをチェックし、カバンと傘を掴んで外に出た。

エレベーターで下に降りると、傘を持った潤が待っていた。

「おはようございます」

「おはよう。ありがとう、今日は」

車にいてくれてもいいのに、わざわざ出て待っていてくれたのか。

「いえいえ。この雨ですもん、乗っていってもらったほうがいいですよ」

そう言うと潤が傘を開いて、助手席のドアを開けてくれた。

「どうぞ」

「ありがとう」

私が傘を開く隙もなかった。スマートだなあ、潤くんは。

私が座ったのを確認すると、ドアを閉め、自分も運転席に乗り込む。

車は豪雨の中、水しぶきを上げながら走り出した。

「今日、彼氏さんは?」

「あ、うん。出張だから、早く出ていった」

「そーなんですね。勝手に迎えに来て、怒られないかなーと思って」

ははっと潤が笑う。確かに、琉生がいたらありがたい申し出だけど、断っていただろう。

「出張と言えば、今日、琉生さんが出張なんですよねー」

「え!?あ、そうなんだ」

思いがけず、潤から琉生の名前が出て、驚いた。というか心臓がビクンとした。

「今日は一日、のびのび出来ます」

「そうなんだ」

私はどう返事をしていいか分からず、さっきと同じ返しをしてしまった。

雨脚が強まり、車の屋根に打ち付ける雨の音も大きくなる。ワイパーもすごい勢いで稼働している。

「さとみさんと車に乗るの“あの時”以来ですね~」

「あ、う、うん。そうだね」

“あの時”とは、車で潤に連れ出され、キスされそうになった時のことだ。

「あの時はすいませんでした」

照れ笑いのような、苦笑をしながら、潤が言う。

「いや、そんな。うん、大丈夫・・・」

そんなことを言われると、会社まで何を喋っていいかわからない。せっかく最近は普通に“友達”として接して来れたのに。

「さとみさんが出張の時のことは大丈夫でした?」

出張のとき、というのは、この前ビジネスホテルが取れてなくて、潤と同じ部屋に泊まったときのことだろう。

「うん、さすがに・・・それは言ってないし」

「あ、ですよね」

納得、という感じで潤が頷く。

「順調ですか?」

彼氏とのことなのか、日常生活のことなのか、意図がわからない。が聞き返すのも失礼かと思い、

「うん」

とだけ返事をした。

「そっっっかー」

ため息まじりに潤が言う。

「どうしたら、さとみさん、俺のこと好きになってくれます?」

「ええっ」

この密室で訊かれても困る。

「じゅ、潤くんは、すごく格好いいし、女の子にも優しいし・・・モテると思うから・・・私なんかよりもっといい人いると思う」

「うーん、いい人はきっとたくさんいるんですけど、俺はさとみさんがいいんですよね」

こういうことを、彼氏持ちの人間にサラッと言えるところに驚く。

「あんまり時間がないので、俺は焦っています」

「時間?」

「だって、同棲して半年たったら結婚するって・・・」

ああ。そう言えば、前回そんな話をした気がする。

「うん、でもまあ、口約束だから、わからないけどね」

実際自分でも“結婚”を本当にするのか、わからない。

「俺、絶対阻止しますから」

そういって笑う潤は本気なのか、冗談なのかわからない感じだった。


***次回の更新は7月9日(金)15時です ***

雨宮よりあとがき:スキが1000回いただけたそうです!ありがとうございます!!

スキ1000回目記念7月7日



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