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夢の中の美しき蜘蛛女のはなし

プイグという作家の「蜘蛛女のキス」という小説がとても面白かった記憶があるが、これは私がかつて見た夢のはなしで、プイグの話のようなボリューミーな絶望感、酩酊感とは縁がない。けど、そこはかとない倒錯性と脱力感は感じられるかも知れない。

* * *

夢の中で私は、女性と並んで歩いている。
闇夜で、森のなかの一本道だ。
うしろに、何人かの人の気配がするのは、彼女が引き連れている彼女の知り合いだ。それは、夢の始まりから了解されている。気配だけの存在だ。

蒸し暑くもなく蝉も鳴かず、真夏の夜という気配でもないのに、彼女も私も浴衣を着て、団扇を持っている。
隣の人の気配と、後ろの何人かの気配だけを感じつつ、行き先は分からないが、それを不安にも思わずに、一本道をしっかり進んでいく。

隣を歩く女性のことは、知らないわけではないが、知っているというわけでもない。何かしらそういうことになっている。
そして私は夜道のなか、ただ前を見て歩いているのに、その女性がとても美しいという事はずっとずっと前から知っている。
どんな闇も隠せないほど美しいということを、覚悟を以て承知しているが、夢の私は美貌に怯えず、穏やかに談笑しながら連れ立っている。

すると、数メートル先の上方に、闇夜を透かして大きな大きなジョロウグモが枝に巣をかけ、その真ん中に凝としている。
私も彼女も後ろの一群も足を止めて蜘蛛を見る。
大学ノート程にも大きいジョロウグモだ。

と、彼女が「ああ、あれって私です」と明るく言うなり、私の隣でボンッと巨大なジョロウグモに変身して見せ、また次の瞬間にボンッと音を立てて浴衣姿の人の女性に戻ってみせた。

夢のなかで私は唖然とする。
彼女は驚いている私を見て、闇夜を透して白絹のように笑いながら、
「失敗(すっぱい)だぁって思わないでくださいねぇ」と言って、尚、コロコロと笑うのだった。

あたしが人間の女性でなく、大きな蜘蛛の化身だったからと言って、
今夜の道行きを、失敗だあ ≒ スパイダー って思わないで欲しい、というオチだ。

夢はそこで終わり。
当時、私は夢ノートを付けていて、この夢については何度か読み返していたので、突然の本性の告白とダジャレオチまでをこのようにして覚えている。

* * *

私は日頃、ダジャレを言う人を、疎ましくも羨ましくも思っているが、ついぞ自分からはダジャレを口にできたことはない。サッと思いつけないのだ。

なのに夢では、一万日眠っても出会えないような傾城の美女に、起きていたら思いつけないダジャレを言わせて、夢を終わらせてしまっている。

そういう、はずし笑いみたいな人生は、もういいのだ。
傾城の美女が夢に登場したなら、その本性が蜘蛛女でも蜂女でも、noteになんかとても書けないような、爛れた展開の夢を見たい。
異類婚姻譚を地でいけるなんて、それこそ夢のなかの夢だ。

明日は、誕生日だ。
今夜は、そんないい夢で歳またぎをしたい。

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