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不二家のわんこに擬態したビタワンくんに惑わされる

 ポチャッコが描かれた大きなカバンにぬいぐるみを詰めて、ちょこっとずつおばあちゃんの家へお引越しをする。小さな頭たちがカバンからひょこひょこと飛び出ているけれど、誰も見もしない。私は足元にぬいぐるみたちを覗かせながら電車に揺られる。
 もうハタチを超えて3年も経つというのに、年を重ねるごとに可愛いものに憑りつかれていく。むしろ、可愛いものを手にしていないと真直ぐに立っていられなくなってしまうのかもしれない。私の生命維持にぬいぐるみは恐らく必需なのである。私以外にも、そういう大人が溢れていることも知っている。
 昭和43年に建てられたという古い家の中を掃除して、やっとタバコ吸いが暮らした部屋が元の色を取り戻し始めたので、今日はお風呂場をデッキブラシで磨く。もしかすると人生で初めてデッキブラシを使ったかもしれない。魔女の宅急便でしか見かけないもの。古いお風呂場の窓枠は木で、見たことのない鍵がかかっていて開け方がわからなかった。氷の上かと思うくらいに冷たすぎるタイルに、足を凍らせながらどうにか洗って、大慌てで靴下を履く。
 近くの小さなスーパーでお弁当を買って、お昼休憩をして、掃除と同等にしなければならない断捨離に手をかける。棚の奥に押し込まれた袋の中に、ころころとぬいぐるみたちが詰め込まれていた。
 薄汚れた白いイルカ、なんだかよくわからないピンクの怪物(ゲームのキャラクターかしら?)、UFOキャッチャーの景品だったVネックの服を着た大変可愛くないプーさん、レトロな可愛いお顔の子鹿ちゃん、おめめがくりんとした白いわんこ。私は袋から取り出して、思わず声を上げる。「ペコちゃんのわんこだっ!」と。
 漫画調の目に、ぺろりと口の端から出した赤い舌。不二家のペコちゃん好きの私は嬉しかった。なんせ、あのわんこは殆どグッズ化されないし、名前さえもただの【ドッグ】であるし、そのせいで検索はヒットしないし、「レア物だ」とはしゃいで家へ連れて帰った。
 ぬいぐるみを大量に抱えておばあちゃん家へ行き、そしてまたぬいぐるみを抱えて家へ戻っていく。そして多分またその子たちを抱えて、おばあちゃん家へ連れて行くのだろう。
 家へ帰ってすぐに、お湯に浸して、泳がせて、洗っているうちに片眉が取れて、それから数日寒空の下に干されて揺れている。
 私は嬉しくって、何度も「まさか、あるなんてさ」「可愛い、可愛い」と呻いていて、その日ものんびりとお酒を飲みながら、ふと父に言われた。
「不二家の犬、眉毛ないぞ」
 え。嘘。そんなバカな……。疑いの気持ちで検索をかけると、どのドッグにも眉毛はない。古いぬいぐるみだし、初期の頃は眉毛があったのかもと調べるも、おめめの上はまっさらである……。ぬいぐるみにはタグのひとつも付いていない。「パチモンじゃない?」と父は言う。パチモンにしては可愛すぎるよ。や、、、可愛いからパチモンでも構わないけど……。そんなもやもや思っていた私の頭に、もう一匹の白いわんこが現れた。
「犬の餌の犬だよ!」
 なにそれ。って、みんなぽかんとしていたけれど、【ドッグフード キャラクター】と検索をかけただけで、あっという間に私の頭の中に現れたわんこが映し出された。
 その子はやはりそっくりだった。白い垂れ耳の、ぺろりと舌を出したわんこ。
 そして、あるのだった。漫画チックなくりんとした目の上に、黒い眉毛がちょこんちょこんとのっている。ひとつ違うのは、ほっぺの黒いつぶつぶの斑点くらい。
 見つけた時に撮った写真をグーグルレンズで検索すると、そっくりなぬいぐるみが一件だけ見つかった。その写真のリンク先には確りと【ビタワンくん】と書かれている。
「ビタワンくんだ……」
 可愛いのに変わりはないけれど、何故だかちょっとだけショックだった。不二家のわんこじゃなかった……。でも、ビタワンくんはビタワンくんでめちゃくちゃレアだぞ。この家で最後に犬がいたのは20年以上前だし、絶対に非売品だろうし、ビタワンくんの方がグッズ化なんて、される未来は小さそうだし。愛しむ気持ちはやっぱり変わらず、むしろ早々に思い込みが晴れて良かった。
 私は数日掛けてやっとからからに乾いたビタワンくんのぺろぺろしてしまった舌と、剥がれ落ちた眉毛を、わざわざ手芸屋さんまで買いに行ったボンドでぬりぬり貼り付けて、今日も可愛いなぁと眺めている。