【喫茶店日記】2023年3月4日土曜日 春。
3月4日 土曜日
出勤前、朝一番で出かけて毎週土曜日にある朝のマルシェに行った。お目当てのはかり売りのおやつと油を買った。そして朝の短い時間だったけど、友達のともちゃんが企画した種の交換会にも参加させてもらった。もう畑が始まる時期なのだなぁと思うのだけど、まだ正直心の準備ができていない。それでもいろんな種を手にするのは、夢が広がって、いつだって楽しい気分になれるから好き。種を持っていることはとても豊かなことだと思っている。その感覚を誰かとまた共有できるのがとても嬉しかった。去年はあまりできなかったので今年はじっくり自分の庭を育てようと思っている。
慌ただしく仕事に向かった。道中では荒井由美のCDを聴いた。伯父さんが亡くなった後、受け継いだCDの一つである。この間珍しくうすいさんとドライブする機会があったので、その時に入れてからそのままにしているのだけど、すごく良いのでそのまま繰り返し聴いている。ぽわんとあたたかい空気に、若かりし頃のユーミンの声が爽やかな風を吹かせてくれる。
出勤。まだ朝晩は冷えるけれど、日中の薪ストーブは暑いくらいだ。でも火が消えないように薪をくべるなくてはならないので、その度に汗が滲み出る。
それから、くしゃみも止まらない。一番ハラハラするのはコーヒーを運んでいる時である。むずむずし始めたら一回キッチンへ引き返すようにしている。2月のあったかくなり始めた頃から、空気中に何かが舞っている。いろんな生命が動き出すこの季節がやってきたのだなぁと思う。
2人組が、テーブル席で待ち合わせしてお茶していた。わたしも久しぶりにあうお客さんだった。ここには来るんだけど、なかなかももちゃんに会えなくてね、と言われた。出勤日数を減らしてもらっているので〜と伝えた。なんだかあったかいですねぇ、という話から、街の方では梅が咲いていると、彼女たちは教えてくれた。ちょっとまだ早すぎるよねと笑った。寒いと早く春来ないかなぁと待ち遠しくされているのに、思ったよりも早くきたら早すぎると言われる。春もかわいそうである。
昼前からカウンターにはずらりとおじさんたちが並び、何やら真剣な顔をして話していると思えば、飼っているペットの話しをしていた。
ペットを飼うには覚悟が必要なんだ、と真面目な顔で説明する神津さん。しょっちゅう美容院に連れて行ったり、お散歩させたりしなきゃいけないのだからと。そこに中野さんは「何年くらい生きるんですかねぇ」と、ペットはいつか死んじまうからな、それがなぁ、と言った。横で神津さんは苦い顔をしていた。
「ほら、ここにウサギを飼っている人もいるぞ」とわたしの方を見て中野さんはいった。去年から、拾われたウサギを引き取り飼い始めたのだけど、それからというもの、カウンターでもウサギの話題が度々上がってくる。昔はこの辺でも、食用としてうさぎは飼われていたとよくおじさんたちは言う。よく聞くけれど、どうやら美味いらしい。「ももさんも、いつか食うだな」と中野さんには揶揄われたけれど、もうのりおは家族なので(真っ黒くて海苔みたいなのでのりおと名付けた。)、食べられませんねぇとわたしは言った。いつの日かのりおが突然いなくなることがあったのなら、ここのカウンターに並ぶおじさんたちを疑うことになりそうで怖い。「うさぎは何年くらい生きるだ?」と聞かれた。
その後、高田さんがやってきた。「後はももちゃんだけだよ〜」と、さっきレコーディングしてきた音源を満足そうに聴いていた。わたしもそれにキーボードでレコーディングに参加してほしいと言われるのだけど、どうしても気持ちにも時間にも余裕がなくて、ピアノにも触れていない。ちょっとだけ聴かせてもらったので、「いい感じですね〜鍵盤なしでもいい感じですよ〜」とそこはかとなく逃げようとしたけれど、満足そうに聴きながら「鍵盤がないとちょっと隙間があるんだよな〜」とこちらとは目を合わせずに高田さんがつぶやいた。この間までは、急ぎだからと急かされていたけれど、断ったら、いつでも大丈夫だから、と言われるし、わたしが眉毛を下げて困った顔をしてみせても、彼はニコニコしてこっちを見てくる。「やっぱ俺、天才かもしれないな」とやっぱり満足そうに音源を聴いていた。何はともあれ、彼が楽しそうでよかったと思った。
昼すぎになって、みどりさんとその息子くんが二人でやってきてカウンターに座った。そして早速家の水回りの改装工事についてやりとりをした。(みどりさんの旦那さんにわたしは家のこといろいろお世話になっているので。)オッケー伝えておくね、といい、早速電話してくれた。もうあと1ヶ月であの人引退だから、今のうちに甘えておきな、とみどりさんは言った。わたしはそのことを全く知らなかったのでびっくりした。最後の最後までお騒がせしてます…、とわたしが言うと、いいよ、たくさん甘えな、とみどりさんは言ってくれて、ちょっと泣きそうになった。
常連のカップルが、今日はお友達を連れてやってきた。
そのお友達は、前にもここに来てくださったことのあったので、あ、あのキャンピングカーに乗ってくる可愛い女の子だ、と思い出せた。ちょっと日焼けして髪の毛を茶色く染めていて、化粧っ気がなく、海が似合う女の子だなぁと言う印象なのだけど、実際海と近い暮らしをしているのかは分からない。
お会計の際に、彼の方が「ももさんちょっと聞いてください、」言った。「この子、今からこれを持って好きな人のところに行ってくるんです。」と言い、レジにはリンゴジュースの瓶、コーヒー豆、それからスコーンが並んでいた。なんだか私までドキドキ楽しい気分になって、頑張ってください!と力をこめて言った。彼女は「一番いい袋に入れてください!」と言って笑ったのが、とっても可愛かった。(この店のお土産用の紙袋は一種類しかないので、選び用がないのだけど。)「もしダメだったらこの紙袋のせいにしてください!」とわたしは言って、またみんなで笑った。
夕方17時ごろにはいつものようにカウンターは満席だった。
おう、と言って入ってきた、ガラガラ声のおっちゃんは、ほらよ、と言って同級生のしゅうじさんにポリ袋に入った何かを渡した。何、としゅうじさんが聞くと、「蕗味噌。」と言った。きっと奥さんが作ったんだろうな、と思った。もうフキノトウ出てますか、と聞いたら、もう日当たりのいいところはいっぱいだよ、と教えてくれた。「春ですね〜」とわたしが言うと、「春だよォ」とあのガラガラ声で、キリッとこっちに顔を向けて返してくれた。録画したかったくらい、いいセリフだった。
続々とおじさんたちは集まってきて、久しぶりにやってきた人もいた。彼は峠一つ向こうから週末やってくるおじさんで、木を使ったいろんな発明品を持ってきて、こちらの道の駅で販売している。冬の間は雪や凍結していて危ないのでこちらには来れないのだけど、ようやく暖かくなってきたので、また新しい発明品を持ってやってきたのだった。今回も色々あったけれど、まずはパズルみたいなものを見せてくれた。「まのびちゃんっていうんだ。」と教えてくれた。パズルは顔のようになっていて、これは新キャラらしい。どう伸びても可愛くなっちゃうから、そう名付けたという。不思議な人だと思った。これはパズルでもあるけれどお弁当箱でもあると教えれくれた。
閉店ギリギリに、まだ大丈夫ですか、と言ってやってきたカップルは、盛り上がるカウンターとは一番遠くにあるソファの席に静かに座って、ケーキとコーヒーのセットをそれぞれ頼んだ。この時間にくる、ということは、きっと農家さんで働いている人かもね、とるりさんが言った。るりさんの旦那さんも農家さんで働いているので、きっとそう思ったのだろうな、と思った。せっかくだからゆっくりしてってほしいね〜とキッチンでつぶやいたるりさんは本当にやさしいなぁと思った。物静かなカップルはカウンターのおじさんたちと同じくらい、最後の最後まで、ゆっくりして帰っていった。物静かで確かに農家さん的な雰囲気もある素朴な雰囲気のお二人の、あいだに流れている時間がぽわんとしていて、春だなぁ〜と思った。二人は違うケーキを頼んで二人で分けっこしていた。
ずっとずっと日記が書けなかった。書きたいけれどどうしても書けなかった。なんでだろうかと考えても、考えても書けるわけではなかった。でも今日は、日記を書かなきゃ、ではなく、ぽわんとした気持ちのまま今日のことを書きたいと思えたことが、久しぶりで嬉しかった。
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