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【回想・喫茶店日記】小麦の種を蒔くころ。(2021月10月6日-10月17日)

10月6日 水曜日

田中さんが先週話していたオーバーオールと、ギャルソンの靴を持って来てくれた。まず靴を履いたけど、わたしの足にぴったりのサイズで、デザインもまさに好きな感じだった。嬉しすぎるお下がりを頂き、大変ご機嫌なわたし。

わたしは田中さんとおしゃれの話をするのが大好きだ。今日はヘアスタイルについての話をした。田中さんはもう20年近く自分で切っていて、ずっとこの髪型だという。前髪はおでこの4分の1もないくらいに短く切りそろっていて、少し白毛混じりの色もまた良くて、必ず後ろで小さく結わいている。いつも変わらないこの髪型だからヘアゴムは欠かせないの、という。200円くらいで5本入った髪ゴムを買えば、だいたい3、4ヶ月はもつのだという。必ず一つがヘロヘロで使えなくなるまで、しっかり使ってあげてから新しいのにかえるの、と教えてくれた。
「いつも朝起きたらね、まず枕元に置いた髪ゴムで髪を結ぶでしょ、それから、靴下を履くでしょ、それから、トイレに行くの。」
と、彼女は言った。あたり前すぎて言葉にすることもないような、とるに足らない日常のことを、丁寧にニコニコしながら教えてくれた田中さんがすごく可愛らしくて、暮らしのリズムが伝わってきて、なんだか羨ましくなった。着飾らないし、全く主張はしていないけど、田中さんには田中さんのスタイルがある。それがとっても素敵だなぁと思う。(田中さんに限らずカウンターのおじさんたちもある意味とってもオシャレである。その人にしかないスタイルを立派に確立している。)そして、うちにも遊びに来てね、午後ならいつでもいるから、と、田中さんのお家へお誘いしてもらった。汚いけどうちのクローゼットも見せてあげるよと言われ、めちゃくちゃ嬉しくなって、今日は鼻歌まで歌ってしまうほどわたしはルンルンだった。裏紙にお家までの地図を描いてくれた。無くさないように大事にロッカーにしまった。


10月8日 金曜日

昨日、近所の車屋さんに頼んで、最近買い換えた車にオーディオを取り付けてもらった。これでラジオとCDが聴けるようになる。CDっていい。音質が悪かったり、途中で止まっちゃうのもまたいい。楽しくなってきたので、カフェで販売していたCDを買って帰ろうと思ったら、マスターは全部タダでくれた。「CDって良いですよね、色気があって」とマスターは言った。直子さんにも、いらないCDありませんか、と聞いみたが、現役聴いているからいらないものはない、と断られた。アートワーク含めてその物を持っていることがいいのだ、と語る直子さん。ちなみに、今一番欲しいのは、クレイジーケンバンドのカバーアルバムだそう。
いつだったか、何の文脈でか覚えていないけど、マスターが「やっぱりロックで、エレガントじゃないと。」といったのをよく思い出す。その表現が、すごくマスター夫妻にはしっくりとくることがよくある。やっぱりね、ロックじゃないとね、おもしろくないよね、って、いつもわたしも思う。


10月9日 土曜日

最近はほぼ毎朝、江本さんがリンゴを納品しに来る。出荷の規格をみたさない小さなサイズのシナノスイートを、ここで販売しているのだけど、美味しいと大人気ですぐに売り切れてしまう。それでいて、6個で300円という激安っぷり。

江本さんに、今日はあったかいのにしますか、つめたいのにしますか、と聞いて、江本さんはつめたいの、といった。「ももちゃん、青いベンチって知ってる?」と聞かれた。もちろん、青春の曲です、と答えた。江本さんは、店の外にあるベンチを青く塗ればいいのに、という話を何度もマスターにしている。誰がどう言おうと、マスターはグレー以外には塗らないと思う。


10月10日 日曜日

今日の朝も江本さんは来た。「ももちゃん、なんかいいことないの〜」と聞かれたが、今回もまた「ないですね!」と華麗に答えた。昨日に引き続き、わたしなんかよりもずっと江本さんの方が、青春真っ只中の女子高校生のようだ。

うすいさんからの着信が入っていたことに気がつき、帰宅してすぐ電話をした。明日からしばらく出かけていないから、いつでもわたしが小麦を撒けるようにわたしの畑にトラクターかけておいたぞ、という連絡だった。トラクターの線が撒くのに目安になるからな、と手短に用件を伝えてうすいさんは電話を切った。


10月12日 火曜日

出勤前に次の展示の件で打ち合わせがあったので店に来たら、ちょうどしなちゃん(マスターのお父さん)が来たので、小麦を播くために使う播種機を借りた。
「うすいくんは自分のことより人の面倒ばっかり見てるから、入院しちゃうんだよ」と、いつものように穏やかな口調で、笑顔で言った。あ、やっぱり、と思った。どうもおかしいと思ったんだ。


10月14日 木曜日 休み

夜、急に電話がなった。表示をあまり見ずに電話に出たら、うすいさんの声がしてびっくりした。実は入院しているんだ、と言った。わたしはうんうんと、なるべく普通にいつものように聞いた。小麦は撒いたか、とこんな時まで気にかけてくれている。明日播きますと言ったら、おぉ、いいじゃん、と言った。そして、「緊急搬送される前に、体が少し動いたもんだから、ももちゃんの小麦畑はいつでも種まきできるようにトラクターかけちゃえと思ってさ」と言われ、涙が出てきた。でも、なるべくその後もバレないように普通に、ありがとうございますと話を聞き続けた。

種を撒いたらうちのハウスに播種機は入れておいてほしい、それから、圭一郎に豆の収穫は頼んだから豆畑の場所を教えてやってほしい、鈴木さんやしなちゃんに稲コキをお願いしたけどももちゃんにも悪いけど手を貸してほしい、由美ちゃんひとりだから色々助けてあげてほしい。伝えたいことを伝えたうすいさんは、足早に電話を切った。うすいさんに頼まれごとをするのはあまりないから、できることはなんでも手伝いたいとやる気にみなぎっている。久々に泣いた気がする。


10月15日 金曜日

シラネ小麦、播種。


10月17日 日曜日

今年はじめて薪ストーブに火がついた。昨日の暑さとは打って変わって、冬のような寒さ。久しぶりにストーブの周りに人が集まる光景を見て、やっぱりわたしは冬が好きだと思った。


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