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『落研ファイブっ』第二ピリオド(11)「大人の階段上る君は(上)」

 ところ変わって味の芝浜(三元さんげん宅)。

〔う〕「ありゃ、明日は臨時閉店かい。へえ明日が若様わかさまのサッカーの試合本番だって。そりゃ今日来ておいて良かった。ところで若様はおいでかい」

 松脂庵まつやにあんうち身師匠の後ろに雁首揃がんくびそろえる落語界の大看板おおかんばんを見て、みつるは恐る恐る三元さんげんを二階から連れてきた。

〔菊〕「ああ、この子が例の。ありゃ本当に縁起の良い福相ふくそうだこと」
 画面越しにしか見たことのない人間国宝の姿に、三元さんげんはしどろもどろになりながら平伏へいふくした。

 右隣に三元さんげんの大好きな水戸みとのご老公の腹心ふくしんのごとく控えるのは、これまた三元さんげんの大好きな落語家・小柳屋御米こやなぎやおこめ
 左には郷土史家きょうどしかの滝沢さんが控えている。

 そしてその奥にステッキにパナマ帽を小粋にかぶって微笑んでいるのは――。
〔三〕「葛蝉丸師匠かずらせみまるししょうまで」
 そうそうたる面々は、ビールと枝豆に冷ややっこを頼むと味の芝浜の座敷ざしきに陣取った。

〔菊〕「話ってのは他でもない。お宅の仮新入部員さんの事なんだがね」
 三元さんげん脂汗あぶらあせをだらだらと流しながら、正座のまま下座しもざに小さくなっている。

〔菊〕「あの熱中症になった子が津島つしま家の後継ぎ息子なら仕方ない。預かりまでは出来ないが、ちょいと小僧になってもらおうかと」
 三元は菊毬師匠きくまりししょうの発言に、思わずへええっと突拍子とっぴょうしもない声を上げた。

〔米〕「学校と顧問こもんの先生には了解を得たそうだよ」
 中林家菊毬なかばやしやきくまり師匠と葛蝉丸かずらせみまる師匠の前ではまるで前座ぜんざ(見習い)のような小柳屋御米こやなぎやおこめ師匠が、三元さんげんに目配せをする。

〔葛〕「津島家は代々芸術全般に理解の深いお家でね。その日暮らしの芸人にまで、おぜぜ(金)を恵んでくださった。その代わり芸には厳しい厳しい」
 私も若いころは良く叱られたよと、葛蝉丸師匠は菊毬師匠きくまりししょうと共に昔を懐かしむ。

〔菊〕「先に津島の旦那さんから話が来ていればそでにする事はなかったのに」
〔葛〕「息子の覚悟がどれほどのものか、試してみたかったんじゃないのかね」
〔う〕「津島の若さんはもうすぐ八十歳になるだろう。ってえ事は六十歳すぎてからの子だろ。まったく息子に甘いんだか厳しいんだかボケてんだか」
 大物演芸人たちを前にしてすっかり小さくなっている三元さんげんは、おそるおそるうち身師匠に目配せした。

〔う〕「お、若様が何か言いたげだ。どうした」
〔三〕「今年は一年生が一人しか入って無くて。そいつが海外進学のために通信科に移籍する予定なんです。それで、今二年生が二人しかいなくて、うちの落研はそもそも遊びみたいなふわふわしたもので」

〔菊〕「その辺りは顧問こもんの先生からも聞いてるよ。落研さんは今まで通りゆるっとやってりゃいいさね。落研さんのやり方を無理強いして変えようってんなら、あたしがきつーいおきゅうを据えるから」

〔三〕「ありがとうございます。それで、津島君が小僧になるなら、部活では津島君をどのように扱えば」

〔菊〕「津島君は毎週三時間、部活の代わりに小僧として昔の資料の解読をするの。あなた方の所に顔を出すとしたら文化祭ぐらいかね。うちの弟子にまれてある程度人慣れしたら、徐々に部活に顔を出させようと思っているよ」

〔米〕「だったら、松田さんが海外留学した後には残りの子が活動を支える訳だ」
〔葛〕「話を聞く分には、その子も難しそうだけどねえ」
 国際音楽コンクールの優勝者相手にうんちくを垂れる子だよと葛蝉丸師匠かずらせみまるししょうは苦笑した。


 三元さんげんが座敷を退いたころには、暑気払いに来たのだかアルコールで頭が熱くなったのか分からないおじさん達で店は満員となっていた。

〔三〕「店を閉じさせて悪い事したかな」
〔板〕「坊ちゃんの晴れ舞台なんだ。店を閉めて見に行くに決まってるだろう」
 ぼそりとつぶやく三元に、注文の品をひとしきり出し終わって一服していた板長いたちょうが、馬鹿言っちゃいけないよとたしなめた。

〔三〕「俺は出ねえよ。絶対出たくねえ」
〔板〕「それでも見に行くさ。大切な息子に孫の晴れ舞台なんだもの」
 坊ちゃんも一分ぐらいは試合に出してもらいなと、板長は缶コーヒーをぷしゅりと音を立てながら開けて笑った。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。


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