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『落研ファイブっ』第一ピリオド(6-2)「芸人と鰻」

※※※

〔み〕「あんたたち待たせたね。夕飯が出来たから降りておいで」
〔三〕「おっ、待ちに待った夕飯。おやつがねえから腹が減ってたまらねえや」
 入り口そばの席に通されると、三人の目の前には超豪華まかない飯が置かれた。

〔み〕「うなぎのひつまぶしに、かきあげソバだよ」
〔三〕「俺のかきあげソバは」
〔み〕「時坊は冷ややっことトマトを食べな。時坊にかきあげを分けちゃだめだよ」
 三元は知ってたと力なくつぶやくと、恨めしそうにほかほかのかきあげソバを見た。

〔餌〕「さっくさく。いかとエビとホタテがお口の中でマリアージュや♡」
〔シ〕「お前歌舞伎揚げと言いかきあげと言い、一切容赦ようしゃねえのな」
 三つ葉もおいしいっとハートマークを飛び散らせながらかきあげソバをすする餌を物欲しそうに見る三元に、シャモが助け舟を出そうとする。

〔シ〕「ソバだけなら、な」
〔餌〕「三元君に餌を与えないでください」
〔三〕「この鬼畜パンダっ」
〔餌〕「最っ高の誉め言葉。ぞくぞくします」
 にまーっと笑いながらかきあげをこれ見よがしに食べると、餌の箸はひつまぶしへと向かった。

〔シ〕「この大量のうなぎの切れ端は座敷のお客さんのかな」
〔三〕「二人分でここまでは出ねえだろ」
〔餌〕「ボーナス後だからうなぎを頼む人が多かったのかもしれません」
 ほろ酔い気分のオジサンたちがはしご酒へと向かう中、座敷から野田一八のだいっぱちが現れた。

〔一〕「お姉さん、お手洗いはどちら」
 一八はハンカチ片手に店の健康サンダルを突っかけてお手洗いに行くも。

〔一〕「あれ、お姉さん。私の連れは。え、先に帰った。ああ、そう。いやいや今どき遊び方を心得たお人やな。こりゃええ客捕まえた大切にせなあかんな。で、私あてに、こんな感じの、白い、ええそれそれ。ってこれ勘定書やん。ちゃうで、お姉さん冗談きついわあ。寸志すんし、とか心づけ、とか書かれとるアレ、アレの事言いよんねん。いや、ないの。それならあれか、あの人お宅の常連さんか。月締めでつけ払いしよりなさる」

 三元達は話を止めて、じっと一八を観察する。

〔一〕「一見さん。お姉さん、嘘やろ。ああそれか、あんた新人さんか。それなら」
〔み〕「ちょいとお客さん。この子は十三年選手でお客さんの連れは一見さん。ついでに言っとくと、土産でうな重を六人前持って帰りましたよ」
〔一〕「へっ、女将さんも見たことがない、と言う事は……。いやお会計は」
〔仲居〕「旦那様に呼ばれてお土産を頂いたとおっしゃっていましたが」
 空席を片付けていた仲居さんが、酒と焦りで真っ赤になった一八を見た。

〔一〕「旦那さんって。まさか私」
〔仲居〕「旦那様以外におられませんでしょ」
〔一〕「どこをどうみたら私が旦那に見えますのん。どうしよ、あれ、靴は。あの、黒のモンクストラップの」
 言い募る一八は幸か不幸か、リユースショップと質流れのブランド品(総額二千六百円)に身を固めている。

〔み〕「文句を言われてもねえ。こっちだって商売なんですよ」
〔一〕「いやモンクストラップ。こういう形の靴の名前なんですよ」
〔仲居〕「ああ、それなら御履きになって帰られましたねえ」
 スマホでモンクストラップの画像を見せた一八は周りの目も気にせず、ムンクの叫びさながらに頬をこけさせた。

〔一〕「あれ高かったんや。靴だけは本物はかなあかん思うて、清水の舞台から飛び降りるつもりで。八万円が。あかん、あかん。あああっ、財布も行かれてもうた!」
 やられたハメられたと散々騒いだ一八は、情けない声でどうしよ、とみつるを上目遣いで見るも。

〔み〕「どうしようと言われても。電話をされたらいかがです」
〔一〕「それが情けない話なんですが、相手の名前が分かりませんのや」
 何とか支払いを逃れようとする一八の逃げ道をふさぐように、みつるは社長から渡された名刺を一八に手渡す。

〔一〕「【合同会社野だいこ 社長 野田一八のだいっぱち】ってこれ俺の名刺やんっ」
〔み〕「どんな事情があったかは知りませんが、うちも商売なんでね」
〔一〕「それが、借金はようさんあるんですけど」
 何だなんだと、店中が野次馬のごとく身を乗り出した。

〔み〕「払えませんはいそうですかとは行きませんよ。お宅も財布と靴を盗まれたんだ。すぐ警察呼びましょ」
〔一〕「あかん。警察はあかんて。あの人、俺のお客さんかもしれへんのや」

〔み〕「どこの世界に素性を偽って財布と靴を盗んでいく『客』がいるもんかい。こっちがババアだと思って舐めた事言ってんじゃないよ」
 みつるは一八を客扱いするのを止めてすごむ。

〔一〕「本当なんですって。俺は流しで歌やらちょっとした芸やら披露しながら、お客さんの所を回ってますねん。それで小遣いもろたりお相伴に預かったりして何とか生きとりますのや」
 みつるがどすの効いた声ですごむも、一八はひるむことなく言い返す。

〔一〕「今日はいよいよ金のあてものうなって、皇太宮こうたいぐうさんにこの世のお別れを言いに行った所でばったり出会うて。どうしても名前が思い出せんで、まさか名前を聞くわけにもいかず」
 みつるは鼻で一八をあしらいつつ、せめてもの情けに健康スリッパを貸してやった。

〔シ〕「落語なら面白いけど、いざ実際にやられちゃ迷惑だな」
 何とか自分のペースに持って行こうとする一八いっぱちに乗せられるほど、みつるは甘くない。
 それでも万一にも一八が逃げないようにと、三元は店先にでんと立つ。

〔一〕「ホンマに俺も被害者なんです」
 みつるの気迫に押されるも、一八は本当に金目の物一つ持ってはいなかった。

〔客A〕「兄ちゃんちょっとここで一発芸をしてみな。面白かったら金を恵んでやるからそれで払いの足しにしねえ」
 野次馬の一人が、現金をひらつかせる。

〔客B〕「よし兄ちゃん。お題は『食い逃げ』だ。ほらなんかやれよ」
〔客C〕「ボーナス時期で良かったな。とりあえず五百円やるよ」
〔客D〕「次はそこの健康スリッパで一発ギャグだ。どうする兄ちゃん」
 やんややんやと店が盛り上がる中、みつるは淡々と警察を呼んだ。

〔み〕「うちは金の回収が出来りゃ構わないよ。だが警察にきっちり話すのが先さね。あの『社長』とあんたがグルじゃない証拠はどこにもないよ」
〔一〕「そんな殺生せっしょうな」
 臨場した警官の前で泣き崩れる一八を見つつ、餌とシャモはごちそうさまでしたと言って店を出ようとするものの。

〔警〕「恐縮ですが、お客さんとそちらの学生さん方も捜査へのご協力をお願いいたします」
〔三人〕「何でえええ」    
 三人が思わず天井を仰ぐと、みつるが押し付けられた『吾輩は昌華feat.藤崎しほり』のポスターと目が合った。

※本作はいかなる実在の団体個人とも一切関係の無いフィクションです。

https://note.com/momochikakeru/n/n6fceebdd74e8


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