【短編】キミに届ける想い

『詩音――』

どこからか、私を呼ぶ声が聞こえる。

優しく、心地よいこの声は……私の大好きな――。

『……そう……た? 奏汰なの? どこ……どこにいるの?』
『詩音、ずっとずーっと大好きだ』
『奏汰! 私も――』

ピピピ……ピピピ……ピピピ……

聞き覚えのある目覚ましが鳴り響き、私を夢から目覚めさせる。
(今のは、夢……?)
(はぁ……あれが現実なら良かったのにな……)
ゆっくり瞼を開くと、そこには見慣れた天井が広がっていた。
奏汰を探そうと伸ばした手が、行き場を無くし、宙を掴む。
そう……あれは現実ではないのだと、頬を流れる涙が語っていた。
(久しぶりに奏汰に会えるとこだったのに……目覚ましめ……)
今もベッドの横で鳴り続けている目覚ましは、私を起こすという任務を遂行しただけなのに酷い言われようだ。
(ははっ……ごめんよ……あんたは悪くない……。あんたに任務を託したのは私だ……)
溜息混じりに目覚ましを止め、私はそさくさと起きる準備を始めた。
彼がいなくなった頃はよく見ていた夢。
そして最近見ることのなかった彼の夢。
(まさか今日、この夢を見るなんてね……)
今一歩のところで会えなかったのは残念だが、夢とはいえ、久しぶりに聞いた彼の声を思い出し、私は朝から心を躍らせた。
「よし! 今度は私から会いに行く準備だね」
大きく背伸びをし、全身へ血液を巡らせていく。
(今年はどんな服を着て会いに行こうかな……)
朝から上機嫌な私は、鼻歌交じりにクローゼットを開く。
なんだか初デートに行く女の子のようだ。
ワンピースやフレアスカート、Tシャツにキャミソール……所狭しと服が並ぶクローゼットを眺め、ファッションショー並みに服を合わせてみる。
「よし、これにしよっと!」
選んだ服は、ふわっと広がるスカートが可愛くて一目ぼれした、パステルカラーのワンピース。
胸元には、中央にハートを模ったルビーが光る花のネックレス。
着終えると鏡の前でポーズを決めながら、最終チェックをする。
「うん、完璧!」

しばらく降り続いた雨も通り過ぎ、季節は夏になろうとしていた――。

あたりは蛙から蝉の合唱へと移り変わり、暑い夏の陽気を伝える。
私は地面から映りだされる蜃気楼を横目に、一歩一歩石段を登っていった。
「ふぅ……今日もまた暑くなりそうね」
木々の隙間から差し込む光は眩しくも、青空が広がっていることを教えてくれていた。
時折風がふわっとすり抜け、スカートを揺らす。
毎年訪れている場所なのに、今年は何だか違って感じるのは今朝見た夢のせいなのかもしれない。
夏の始まりに、必ずやってくる場所。
そう、そこにいるはずのあなたに会うために……。

(奏汰……今年も来たよ)

その場所は、街のはずれにある小さな祠をくぐり、石畳を歩いていく……。
そして最後にずらっと並ぶ石段を登れば、小さい頃によく遊んでいた小さなお寺がある。
(よく見ると立派なお寺だよね……そりゃ200年も歴史あるんだから、当たり前か……)
そんな歴史あるところで遊んでいたなんて、無知の子供パワーは恐ろしい。

でも、このお寺は彼の――
「あ! おじいちゃん、こんにちは!」
「おや、詩音ちゃん、いらっしゃい」
癒しのオーラを纏っているこの人は、奏汰のおじいちゃん。このお寺の住職さんだ。
小さい頃から私達を可愛がってくれているおじいちゃんは、いつも変わらない優しい笑顔で出迎えてくれる。
「そうか……もう、この時期なんだね……」
おじいちゃんの眼差しは、彼のいる場所へ向けられた。
「毎年来てくれて、ありがとうね」
「いえ、私が来たくて来てるだけですから……」
「きっとあいつも喜んでいるよ」
何だか少し照れくさくなり、私は軽く会釈すると、近くにある水汲み場へ向かった。
桶に水を汲み、彼の元へ向かうその足取りは、決して軽いものではないが、以前ほど重たくはなかった。
(奏汰がいなくなって、もう10年かー……)
一緒にいることが当たり前で、いつでも何でも言えると思っていた。
これからもずっと一緒にいれるんだって……だから、離れるなんて考えてもいなかった。
「ったく……なんで急にいなくなっちゃうかなぁ……」

今も思い出すのは、彼の笑った姿。
悲しい顔なんて、泣いている顔なんて思い出せないぐらい幸せだった日々が甦る。
それは奏汰が残してくれた最後の優しさ――。

あの日も梅雨が明け、夏に差し掛かった季節だった……。

元気だけが取り柄の奏汰だったのに、ある時から咳が目立ち始めた。
それはただの風邪なんだと……そう思ってた。
「最近よく咳してるよね? 大丈夫なの?」
「んー、風邪かな……大丈夫! 心配すんなって!」
そう言って、奏汰は私の頭をくしゃくしゃっと撫で回した。
大きく温かいその手は、いつでも私を落ち着かせる。
奏汰がそういうんだったら大丈夫だろう、すぐに元気になるんだと疑わなかった。
でも、咳はだんだんと酷くなり、それは彼の体を蝕んでいるものの仕業だったことを彼がいなくなってから知った。

私は普段どおり学校に登校し、席に着くと次々に登校してくる友人に「おはよう」と挨拶をする毎日。
登校してくる友人たち、クラスメイト……その中から彼の姿を探す。
でも、いつまで待っても彼は現れなかった。
(遅刻かな? 珍しい……)
どうしたのかとLIMEを打とうとしたその時、担任が朝のホームルームで、「夏本は体調不良で休み」と伝えられた。
(奏汰が休むなんて……体調悪そうだったし、熱でも出たのかな?)
そのときは、それくらいに思っていた。
だから――
『大丈夫なの? でも、バカは風邪引かないっていうよね(笑) あんたいないと張り合う相手いないんだから、早く治してきなさいよ!』
いつものノリでLIMEを送った。

本当は声を聞きたかった。話をしたかった。会いたかった。

だから余計に返事が待ち遠しく、ずっとスマホを眺めていた。
そして彼からの返信――
『大丈夫だ! ってか、俺がいなくて寂しいんだろー(笑)すぐ元気になってやるから、まってろよ』
何も変わらない普段どおりの彼がそこにいた。
「ははっ……うぬぼれないでよ……ばか……」
いつも言いたいこととは反対のことを言ってしまう。
もっと素直になれたら――。
『そうだよ……ばか! 待ってるから、早く顔みせなさいよ!』
本心だけを送るには照れくさい……だから、少しだけ所謂ツンデレのツンを入れてみた。
奏汰はどんな反応するだろう。

ピコン!

『俺も……』
そんな正直に反応してくれるとは思わず、何度も見返す。
たった一言の彼の本音だったが、頬が緩むぐらい嬉しかった。

今すぐにでも会いたい。

(治ったら、何しようかな……デートに行く? ラビットランドに行くのもいいし、夏だし、花火大会も行きたいな。それから――)
今からデートの行き先を考えるだけで、ワクワクする。
「あー……今、ものすごく顔緩んでるー……」
自分でも自覚できるぐらいの緩みっぷりは、他から見ればニヤけている怪しい人だと思う。
でも、そんなの関係ないぐらい浮かれていた。
治ればすぐにまた会えるんだって、その時は安心していた。

それから数日後、担任から聞かされた言葉――。

「えー……みんなに知らせなきゃならないことがある。
クラスメイトの夏本が昨日の夜に亡くなった。それで――」
(え……今、なんて言ったの……)
担任が言っていることに頭がついていかない。
(嘘……だよね? だって、普通にメールしてたじゃん! すぐ元気になってやるって……
そんなの嘘だよね!)
現実が受入れられず、勢いよく立ち上がると教室飛び出した。
ただただがむしゃらに走り、彼の家へ急いだ。
息が止まるんじゃないかって思うぐらい、全力で走った。
いつものように冗談だよって言う彼の姿が見れるはずと願いながら……。

息を切らしながら、見慣れたはずの彼の家までやってきた。
乱れる呼吸を整え、呼び鈴を押そうと指を差し出した時、玄関の扉が開いた。
もしかしたら、彼が気づいて開けてくれたのかもしれないと淡い期待を抱いたが……。
「あら……詩音ちゃん。いらっしゃい」
期待は打ち砕かれ、出てきたのは奏汰のお母さんだった。
「あ、あの……」
聞きたいことはわかっているのに言葉が出てこない。
『嘘ですよね。奏汰はいますよね?』
心の中で何度も唱える。
私の心配そうな様子から、何も聞かずに奏汰のお母さんはそっと家の中へ招いてくれた。
「どうぞ」
中に入ると、二人でよく駆け上がった階段が奏汰の部屋へ伸びている。
でも、今日はその階段を一人で上がっていった。
一段一段……登る足が重く感じる。
やっと階段を登り、部屋の扉の前に立つと、大きく深呼吸をした。
そして、彼の存在を確かめるように瞳を閉じる。
(この向こうに奏汰が……いるよね)

コンコン――。

「奏汰……入るよ……」
ドアノブに手を掛け、ゆっくりと扉を開ける。
けれど、ガランとした部屋の中には、いてほしいはずの彼の姿はなかった。
見渡すと彼がいつも座っていた椅子に、彼と初めてキスをしたベッド。
テスト勉強をするつもりが、結局ゲームしたりしたっけ……。
それにケンカもいっぱいしたし、その分仲直りもたくさんした。
それから――。
思い出がたくさん詰まっている彼の部屋に一人たたずむ。
(いなくなったなんて嘘だよね? どこかに隠れてて、私を脅かすつもりなんでしょ?)
そう自分に言い聞かせた。
でも、探せば現実を突きつけられてしまう気がして、その場から動けずにいた。
すると、止まってしまった歯車を動かすように、階段を上ってくる足音が聞こえてきた。
「詩音ちゃん……」
「奏汰ママ……あ、あの……」
「……あのね、奏汰からこれを預かってるの」
彼のお母さんの手には一通の手紙が握られていた。
「えっ…………」
初めてもらう奏汰からの手紙。
ベッドに腰かけ、手紙の封をきると、そこには見慣れた奏汰の字が並んでいた。

―詩音へ
手紙を書くなんて俺らしくないって思うだろ?
メールでも良かったけど、送れなかったら困るから手紙にしてみた。
あ、ちゃんと最後まで読めよ!

俺の母さんから、この手紙をもらったってことは……そういうことだ。
こんな展開、ドラマみたいだろ?
まさか俺がこんなことをするなんて、俺も思ってなかったからな。
でも、こういう状況になって、手紙を書くことには意味があるんだなと思った。
気持ちが詰まってるっていうか、ほんとにそうなった時に渡したいって思うから手紙を残すんじゃないかって。
ほら、いざそうなった時にはメールって打てないからさ……。

詩音、すぐ元気になるって嘘ついてごめんな。
お前は気づいてなかったかもしれないが、小さい頃から心臓に持病があったんだ。
幼馴染のお前の前では元気な姿しかみせてなかったからな。
……それでも、大きくなるにつれて安定してきてたんだ。
治ってるんじゃないかって思うぐらい元気になってた。
でも、それが最近、急に悪化して咳が止まらなくなってきてたんだ。
それまで普通どおりに生活も運動もできてた。お前も見てただろ?
楽しかったよなー……学校の奴らといっぱい話したり、遊んだり、勉強も……
って、あんまりしてないか(笑)
体育祭でクラス対抗のアンカーに選ばれた時、お前も一生懸命応援してくれて、
一位になった瞬間、抱きついてくれたっけ。
泣いて喜んでくれたときはビックリしたけど嬉しかったよ。
去年の文化祭、逆転執事メイド喫茶でやった俺のメイド姿は絶対に誰よりも可愛かったはず!
そうだろ?って、あー……もしかしたらお前には、ちょーっとだけ負けたかもしれないけどな。
小さい頃からずっと一緒にいたお前と同じ学校に進んで、クラスメイトになって、ケンカ友達になって、気になる存在になって、付き合って……。
だから、いつもお前と一緒にいることが当たり前になってた。
ずっとずっと、これからも一緒にいれるって……。
今年の体育祭も文化祭も……それからデートだって!
行きたいとこ、やりたいこともまだまだあったんだけどな。
だけど、俺……しばらく休まなきゃいけなくなったからさ!
あー……いつまで?とか聞くなよ?
お前とまたいつあってもいいように準備しとくから。
お前が惚れ直すぐらい……もっと好きになってくれるぐらいかっこよくなっててやるよ!
どんなお前も好きだけど、俺はお前の一番笑ってる顔が好きだ!
だから、それまで笑って過ごしてろよ!
約束だからな。

あ、この手紙を読んだ後でいいから机の一番上の引き出し開けてみ。
いいか、絶対開けろよ!
まぁ、何が言いたいかっていうと……

お前と出会えて良かったってこと。

ありがとうな。

奏汰――

読み終えたころには、私の目から大粒の涙が溢れ、奏汰の字がところどころ滲んでしまった。
もう奏汰がこの世にいないことを、現実を突きつけられた手紙。

(何よ……自分だけ最後に言いたいことだけ言ってさ……)

奏汰に言われるがまま、引き出しを開けると、そこには小さな箱と一緒に封筒が入っていた。
「え……これって……」
箱を開けると私の誕生石が埋め込まれた花のネックレスと
箱に書かれた『HappyBirthday』の奏汰の文字。
「は……ははっ……ったく、私の誕生日まで、まだ一週間あるわよ……ばか……」
一緒に置かれていた封筒には、メイド姿の奏汰と執事姿の私の写真。
そして――。
「これは、奏汰が使っていたプレーヤー?」
イヤホンを耳にはめ、順に再生していく。
中には奏汰がよく聴いていた曲が、そのまま残されていた。
目を閉じ、いないはずの彼が隣りにいるのを感じながら一曲一曲耳を傾けて行く。
曲が終わり、次のイントロを待っていると聞き覚えのある声が聞えてきた。
『あーあー……これ入ってるかな?』
「っ!? 奏汰!」
『詩音……』
「……なによ」

『大好きだからな! ずっとずっと大好きだ!』

「はっ……あははっ……」
思わず笑いがこぼれた。5秒の録音に込められた想い……私もそれに答えたい。
「私も大好きだよ! 奏汰……ずっとずーっと……」
どんな顔をして、彼は言ってくれたんだろう。
きっと顔を真っ赤にしながら、プレーヤーに向かって気持ちをぶつけてくれたんだと想像する。
でも、その姿を知る彼は、もうこの世にはいない。
現実を受け入れたくない一身で、ここまでやってきた。
「病気ってわかってたら、もっと会いにいってたのに……ばか奏汰……」
なんで会いたいって言えなかったのかと、後悔だけが募っていく。
まだ彼に伝えたい言葉があったのに、もうその言葉を伝えることもできない。

彼からのプレゼントを手に、後ろ髪引かれる思いで部屋を出る。
靴を履き、玄関のノブに手をかけると、奏汰のお母さんが見送りに来てくれた。
「今日は来てくれてありがとうね。奏汰の約束も果たせてよかったわ」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」
「奏汰は元気な姿の自分を覚えててほしいから言わないでほしいって連絡をしなかったみたいなの」
「だから、責めないであげてね」
彼のさりげない最後の優しさを知り、またこぼれそうになる涙を堪えながら彼の自宅を後にした。
けれど、溢れ出る涙を止めることはできず、自宅まで続く道を濡らしていった。

帰宅すると、目を腫らした私を見た母は何も言わずに抱きしめてくれた。
そして足取りが重いまま部屋に戻ると部屋の電気もつけず、そっとベッドに横になった。
机の上においたプレゼントが心配そうにこちらを見つめている気がした。
写真の中には、笑いあう私達。
「何で急にいなくなっちゃうのよ……ばか……」
一生分の涙が出尽くしたんじゃないかと思うぐらい、泣いて泣いて泣きまくった。

(まだまだたくさん笑い合っていきたかったよ……)

――それから10年後の初夏。

奏汰がいなくなってから、私は毎年かかさずに彼の元を訪れている。

「奏汰……まだ、あなた以上に好きになれる人に出会えないよ……。
まったく……どうしてくれんのよ……」
聞こえるはずの無い相手に向かって、話しかける。
あの時のプレーヤーは、時間が動いていないかのように曲を奏で続けている。
そして、あのトラックに行き着く――。

『詩音……』
『大好きだからな! ずっとずっと大好きだ!』

大好きな……大好きな奏汰の声……いつ聴いても頬が緩む。

『ったく、それいつまで聞いてるんだよ……ばーか』

私の様子を見て、奏汰が照れながらも笑っている気がする。
「ふふっ、ずっと聴いていたんだから仕方ないじゃない」
「……じゃ、奏汰……またくるね!」

今も忘れることの出来ない君を想い、また再会できる日を待ち続ける……。


「私も奏汰が惚れ直すぐらい綺麗になるから、奏汰も私を惚れ直させてよね!」

これは君と私だけの約束事――。

こっそり聞いていたのは、近くに咲く小さな青い花だけ――。

~forget me not~

奏汰へ……私のことを忘れないでいてね――

詩音へ……誠の愛を君に捧ぐ――


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