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アイスコーヒー

氷が入った丸いグラスに粉コーヒーを溶かし入れて作った簡単なコーヒー。それをちびちび飲みながらこの文を書いている。自分への励ましのために書いている。

やりたいことって何だろう。
海外に行きたい、華やかな生活を送りたい、誇りをもって好きな仕事をしたい…どれも今の自分にはないものだと痛感する。
何者でもない自分を認めることが怖くて、資格をとって何者かになれたのに、自分の心はいつも「何かが違うんだけど、こんなはずじゃなかった」って言ってくる。こんなことを書いていると、ネガティブでロマンチストな自分に呆れてくる。

自己啓発本やSNSには、「やりたいことを見つけるには行動あるのみ」「インプットよりアウトプット!」「なりたい自分になるために、今を無駄遣いしない」など、有難いことに私のお尻と頭をぺしぺし叩いてくるような言葉が多く並んでいる。…前向きな言葉ばかりで疲れた。分かってる分かってる分かってるって…!

でもね(ちなみに上記のセリフを言う彼ら曰く、「でも」、「だって」という言葉はNGらしい。…言い訳1つもさせてくれない)すぐに行動に移せないんだよ。医療関係の仕事でクラスターになりつつある職場で、少しも体調を崩せない雰囲気の中、習い事やジムにもいけないんだ。やりたくてもできない…!

だから家にいてもこうやってできることを(今みたいにこうやって文字を打っているように)やっているんだ。コロナが落ち着いたら行ってみたい世界の料理巡りをするために、本に印をつけているんだ。いつか好きな人ができて、自信をもって楽しめるように、本を読んだり、映画を見たり、お香を楽しんだり、ご飯を作ったりしてるんだ。…十分じゃないか。

私は物事を悲観的に見て、自分を卑下する癖が染み付いている。はたから見たら頑張れている自分を、認めることができない。きっとそれは、多感な時期に関わった親や、大人たちの影響だと思う。でもそれをいつまでも言い訳にしたくない。忘れたい。傷ついた心はその人たちに土下座して謝ってもらえば癒されるのだろうか。この数年間、何度も「謝れよ」って思ってきたけど、あの人はこの世にいない。ただただ虚しい。

今の時期にできることを自分のペースでゆっくりやればいい。
心の隅でやりたいことをのぞかせてくる自分と、現実を見なさいよ、って言ってくる自分が、いつか仲良くなれますように。
おわり。



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