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つくること・つくるひと

『あなたはなぜ音楽をするんですか?』

突然投げかけられた質問に、考え込んでしまう自分が意外だった。
すこし思考して「つくらないといけないから、、」と言って、ナゼ?と思った。
好きだからと即答していた頃がずいぶん遠くに感じる。
おしゃべりで早口だった小さい頃が別人みたいだ。

傷つかない・傷つけない言葉を探して、よく言葉が詰まる。
この頃言葉が重たいのは、慎重になった証拠だ。

手帖をつける習慣

わたしにとって音楽をすることとつくることは同じで、
つくらなきゃいけないからという理由で音楽をしているのは嘘じゃない。
でもそう答えた時、きっと言葉が不完全で、質問をしてきた人には多分うまく伝わらなかったから、これはすこし自分でも練りなおした方がいいかもしれないと思った。


いままでいろんなきもちを紙に書き出してきたけれど、内省がちな自分にとっては書くという行為も、あいまいな感覚を言葉に置き換えることでぎりぎり輪郭をとらえようとすることも、むしろ縛っているような気もしていて、最近は書いたり書かなかったりする。

書いていくうちに見つける答えもあれば、書くことでわからなくなっていくこともある。

受けとったすべてのものと向き合う。
目を背けたいことも傷つくことも受け入れる姿勢をとっている。
書くことはつくることとよく似ている。

つくること・つくるひと

「つくること」は、放っておくと頭の中につかえて、流れをせき止めてしまう蟠りを掻き出すような作業だとおもう。
寝て起きて食べて、息を吸ってまばたきをすることと同じ位置にあって、つくらずにはここに居れない焦燥感のようなものが常にある。
そのために今日もなにかを書き留めている。

つくる理由もその出力方法も、いろいろなタイプのひとたちが居る。
自分とは異なるタイプのつくるひととはこれまで何人か出会ってきた。
自分には見えない景色をみているひとの話を聞くのが好きだった。

自分と完全に同じタイプとはまだ出会っていない。いつか出会えたときは、深い信頼感をかんじて、きっとなんでも許してしまいそう。
今は軟くて未熟、
だから自分の軸とそれを守る強さを、もっと頑丈に育て上げてからじゃないと出会えないかも。



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