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【園芸】金生樹譜別録 巻三

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

長生舎主人編

接木つぎほ

飛鳥あすかかはといふ ほんをみれば、かはながれきたれる 椿つばきえだひろかへりて、これをつぎて、はなあいせし 和尚をしやうあり。いまより、百八十ひやくはちじう 餘年よねん のむかし、しかも、西國さいごく安藝あき廣島ひろしまにてのことなり。いはんや、東海とうかい繁花はんくわ 流行りうこう 日ゝにち/\ あらたにして、昨日きのふ百両金たちばな今日けふ万年青をもと明日あすさだめて、松葉蘭まつばらん石斛せきこくなどゝ、うつりゆく  人情ひとのこゝろ  を かんがふること、さすのみことやらをとりし。

※ 「接木つぎほ」の読みの「つぎほ」は、接穂つぎほ。接ぎ木のとき、台木に接ぐ枝などのこと。
※ 「さすのみこ」は、すの神子みこ。よく言い当てる陰陽師や占い師のこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

陰陽師をんやうしも、跣足はだしにぐるなるべし。たゞし、接木つぎほをするにも、むかしいま差別しやべつありといへども、大抵おほかた切接きりつぎ、よびつぎ、さしつぎ、等なり。たゞし今は、さしつぎといふことをば たれもせず、たま/\ 時節じせつ をくれにもらひし枝など、しやうことなしにする人もあるよし也。

さて、つくべしと思ふ きるには、ごく 上枝うはえだの よくにあたり、いりよき ところきるべし。下枝したえだ、または、かげのえだは よろしからず。

つぎたるうゑをば、わらにて まくがよし。そのわらは、又、畿内かみがた およ紀州きしうへん より 綿俵わたたはらなはをほぐし、噴霧きりをふき、一夜ひとよ 土間どまをきもちゆべし。

むかしは にてまきたれど、いまもちひずとかや。つちをかくれば、はやくさり、又、接口つぎくち たかければ、くびれこむ。中ゝなか/\すこしも 油断ゆだんはならず、随分ずいぶん 好者こうしやしたがつて、會得えとくすべし。

もらふて、あひにく いそがしつぐことをくれになるべしとおもはゞ、ごく 日蔭ひかげ にてしめりけの 多き処へ 横にふせ、土を二三寸もかくる ときは、十日ばかりは 芽のびす。さりながら、雨でもかゝるか、又は、土のかけやう ふかければ、このかくにいかず。

代木だいきよりふくを、株芽かぶめといふ。その 株芽かぶめは、あまりはやとることあしゝ。ついの 八九寸ものびた 時分じぶん はからひて、かくべし。

※ 「よびつぎ」は、つぎ
※ 「さしつぎ」は、挿接さしつぎ
※ 「しやうことなしに」は、しょうことなしに。なすべき方法がなく、どうしようもないこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

べつして、柑類かうるい紅葉もみぢなど、いよ/\ ついだほの 勢分せいぶん株芽かぶめをとるべし。

さくら をば、十月すゑに ついで、日あたりのよき処へうづめ、うゑつち沢山たくさんかけをき、二月 彼岸ひがんすぎになり、土を二三度に とりのけ、いつも 接木つぎきをするときになりてうゑなをすに 大概たいがいつくものなり。松は かんあけにつぎ、霜雪しもゆきをよけ、つち半分はんぶんほどかけ、八十八夜過に うゑなをすべし。

くれる人、案内あんないにて、出過ですぎたを もらふたときは、芽先めさき小刀こがたなにてすこし 取捨とりすつべし。

○ 地中ぢのなかをいけ置て、のびるをひかへる圖。あまりふかきは必あしき也。
○ ながさは大てい、二つほどきりわけべき也。
○ の長さ、つぐべきほどにきりて、かわにくのあひだをかけて、はすにそぎ切て
  肉のかた 横よりみる
  小刀をばよくとぐべし。切目あしければつかず。
○ 代木だいきかわにくのあひだをそぎて、それへ芽をさすこと、たれもしりたることなれど、そのかげんが大事也。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

○ ついではかくの如くまく也。ひかへ糸をかくべし。
○ かけつぎ、また、よひつぎ、やつこ つぎ、わらにてまくことは前に同じ。
  は、はちにても、地栽ぢうゑにても、よくついてからすこしづゝ切わくべし。
○ 松は わりつぎ、真中をさきてつぐなり。
○ 雲仙うんぜんつゝじも、かけつぎものなり。
○ すべて、つゝじは みなかけつぎよし。

※ 「わりつぎ」は、ぎ。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

牡丹ぼたん

牡丹ぼたん 八月中 秋分 前後ぜんごつぐべし
てつ小刀こがたな にて きることをいむ也。真鍮しんちうの小刀をよくとぎて用ゆべし。硝子びいどろにても よくれるものなり。

つきやうは、そぎつぎなり。つぎくちへ ひとをすこしつくれば、よくつくといへり。たゞし、さなくても てつにてさへ きらざれば つくこと妙なり。そぎめ 八九分ぐらゐよし。つぎおはりて、まくこと前に見したるがごとし。

※ 「そぎつぎ」は、ぎ。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

百両金たちばな

百両金たちばなのつぎわけも、土もしろきもの也。そぎめ六七分、わらによくまくべし。よくきれる小刀にて 一刀にそぐべし。

○ 雞冠木かへで
○ 楓の類
○ 梅
○ 椿
○ 山茶花の類、みなそぎつぎにてよくつくなり。いづれも、きりめ きれいにすべし。わらにてまくこと、いづれもおなじ。

根をきりてのち はちにうつし 栽べし。
えだをすりあはせ、その上をわらにてまきをけば、よく付て、芽をふき 花開くなり。一年も見合せて そる/\と 根をきる也。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

○ かうじまん両のたぐひは、葉をつぎてもよし。
○ ねつねこつぎといふ。百両金たちばな実生みしやう ほそくて、いまだ きりてつぐにたへざるは、かくの如く、はらにてつぎ、よくまき置、つきたるとき 根をきり、はちうゑればそだつことはやし。
○ 万年青をもとのつぎやうは、秘中ひちうにして、いままで なにしよにもしるしたることなしといへども、或人の もとめ によりてしるす。此 あたりまで土をかけ置べし。おもとにても、何おもとにても、だいにする おもとの根をそぎ合て つぐなり。即、ねつこつぎの意なり。

○ 朝顔あさがほを ちがごろ つぐことおぼえてする人あり。ねつこつぎなり。寿といふべし。つぎめをば よくまくべし。
○ きく も ねつこつぎなり。つぎたるかたのえだに、水をあけ、新芽しんめのびたるとき、だいのさきを きるべし。それより追ゝにきりすてる也。つぎめをまくこと、前にいふがごとし。また、かくの如くに だいをばはじめより きりてもよし。

※ 「かうじ万りやう」は、柑子こうじ万両まんりょう
※ 「実生みしやう」は、種子から発芽した植物のこと。
※ 「ねつねこつぎ」は、っこぎ。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

とり木

とりは、さのみ ならひ 口傳くでん もいらず。くは根芽ねばへつちをかけをきをろしたる ところて、きりわくること 上州じやうしう 桐生きりう 近処きんじよ前橋まえばしへん、そのほか 何方いづかた にてもすることなり。それと同じことにして、立木たちきならば、こゝより根をふかして きりとらんとおもふ えだをけにても、小はこにても、はからひ しつらひつけなかつちいれ、つりをくべし。たゞし、きりわくるに、一年ひとゝし をきて、きるべし をろしたとしじきにきりては いたむことあり。その 手加減てかげんが とりはなさかせぢゝ秘事ひじなり。

くはの とり木をする圖
ねばへつちをかけてをけば、自然しぜんをろすなり。をろしたる を一年こやして、きりわくるなり。くれ/\も切わけが大事ときく。

たち木の えだをとりわくる。をけにても、箱にてもしつけかたの圖。

※ 「とり」は、
※ 「さのみ」は、のみ。それほど、さほど。
※ 「 口傳くでん」は、口伝くでん。口で伝えて教え授けること。
※「上州じやうしう」は、上野国こうずけのくに

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

これでも をふく也。

たゞ 一木の 奇品などは、なにほどはやく 生木せいぼくさせんと おもふても、造化ぞうくわたくみ は 人間わざに をよびがたし。もしそんな時は の如くして、はやく二本に わけ置べき也。をながふして、はこの中に のみちたる 時分じぶんをみて きりわけ、ほかのはちに うゑかゆべし。

挿木さしき

摂州せつしう 池田いけだざい にては、さしめとことて、はたけ花壇くわだんの如くこしらへ、四方へ はゞ一尺余の 平石ひらいしたてにいけて、土龍むぐらをよくるなり。それは、花戸はなやのためにすることなれば、何程なにほど丁寧ていねいにする はづのこと、たのしみ にするには、かはらをたてゝも、いたをいけても、所詮しよせん土龍むぐらさへさゝねば よきなり。さて、このさしめ床の土は、ずつとしたがかたまつて、赤土あかつち そのうへ黒土くろつちを、五六寸いれ、そのうへに こまかな 赤あかつち二寸ばかり、そのうへに一寸ほど 黒土くろつちをしく。これは とこのかはかぬため也。このとこうへに よしか、あるひは、かやにて 日除ひよけをする也。

※ 「摂州せつしう」は、摂津国せっつのくに
※ 「さしめとこ」は、床。
※ 「土龍むぐら」は、モグラのこと。
※ 「よくる」は、くる。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

さしめとこの圖
大小定りなし。日よけ、雨よけ、あるべし。
ふちは、瓦にても、石にても、板にても、むぐらさへ かよはねば よきとしるべし。

とこつち、このわりにて 見合みあはすべし。
くろつち 一寸
赤土 二寸
黒土 五六寸
赤土のかたまり

又、このさしめとこをこしらゆるも、むづかしくおもはゞ、ふる雷盆すりばちそこすみをいれ(赤土のかたまりにてもよし)、その上へ 黒土くろつち 中ぶるひにしていれ、その上に 赤土あかつち 中ぶるひ 一寸五六分ほどいれ、うへに 黒つち五分ばかり入て、つね赤土あかつちかはかぬやうになし置てさすべし。

凡、挿木さしき きつと つきせんとおもはゞ、二月はじめさゝんと思ふ えだを 半分ばかりけづり、にくの見くたる時、けづらぬかたを かはばかり削て、練土ねりつちをする 付紙にてまき、たけにても、にても そへをけば、おるることなし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

六月比にいたり、かわけづりたる ところにくいでたらば、そこからきりて、とこにても、はちにても、このみ にまかせさすべし。その 当座たうざ きはめて 日蔭ひかげをき、水をあげしと見えたらば、よしず一枚下に置べし。かくのごとくすれば、奇妙きめうによくつくとなり。これを にくざし といふときけり。

凡、切はなしたる枝は、半時ばかり水につけ置てさすべし。しかれども、竹類たけるい茨類ばらるい、子年木、きりんかく、さぼてん、萩、おもと 等は、水につくるに をよばず。

○ 椿つばき のさしめ
  葉かず三枚か、四枚までの長さにてよし。枝ぶりにより葉多くとも、又、枝より上はあしゝ。此邊よくさすべし。
○ 冬青もちのき 長さ、このかつこうにてよし。
○ 山茶花さざんくわ
  小枝これより長くは さきをきりてさすべし。ふるえだ一寸ばかりつけて切べし。
○ ありどをし
  枝 をゝくとも 此位より多くはよろしからず。此邊までさすべし。冬木ふゆきるいは、これらにて見合すべし。

※ 「きりんかく」は、 トウダイグサ科の低木。麒麟角きりんかく
※ 「ありどをし」は、アカネ科の常緑低木。蟻通ありどおし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

鳳凰竹ほうわうちくをさすには、五月ちうよし。五月十三日を 竹酔日ちくすいにち といふ。植るにも、さすにも、いたつてよくつく日也。

さしとこは、ふかさ 五寸ほどほり、下に赤土三四寸いれ、上にくろ土か、川砂、または、書院土の赤砂をまぜて、一寸ほど置てさすべし。日あたりつよきもあしく、よはきもあしく、雨にあてゝはつかず。取あつかひには、はちざしよし。

長さ、此くらゐ 二節ふたふし かけてきるべし。しもふし より をおろすなり。此 あたりまでさしこむべし。
○ かんちく
○ 四方しはうちく
○ きんめいちく
○ ほていちく
みな この はうにてよろし。

○ 南天燭なんてん
  春の 彼岸ひがん 前後ぜんご二芽ふためかけ、もしくは、一芽ひとめにてもよし。勇蔵いうぞう栗本くりもと などのるいは、二芽かけにすべし。日あたりよき処へ、すこし高くさすべし。根に土の玉を付てさす。はちざしは、水を時ゝすこしづゝかけべし。たゞし、小葉の南天は、秋のひがん十日前かりしんばかりさす。尤 はちざし也。十本が十本つくこと奇妙なり。

○ 雲仙うんぜんつゝじ
  五月はじめ比より中旬ころまでにさせば つくなり。床さし吉、鉢ざしはわるし。

※ 「鳳凰竹ほうわうちく」は、 ホウライチク(蓬莱竹)の葉の小さい園芸品種のこと。
※ 「竹酔日ちくすいにち」は、陰暦五月一三日の称。この日に竹を植えるとよく繁茂するとされる。竹迷日ちくめいにち

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

○ 梅は、寒明かんあけて 十日ばかりの内によくのびた ずあひ を 八九寸に切てさすべし。日あたりよき処をふみかためてさすべし。

○ 櫻 梅と同じく、寒明にさすべし。手入ていれ 梅とおなじ。

○ 柳は、何時さしてもよくつく也。もし、遠方ゑんぱうよりもちきたるには、一尺ばかりにきりてもつべし。さて、さゝんとおもふとき、又 三四寸にきりてさすべし。このどうより芽をふくなり。

○ 桐は、ふとさ 一寸五六分 まはりのを 三寸ばかりにきりて、水けある地に 横にいけるなり。芽をふくこと妙なり。

○ きく
一枚にてもさしをけば をふく也。この めをつけてさすべし。又、花びら一つにても、やしなひによりて芽をふく。たゞし、この花びらのもとにある けしほどのものが、たねとなる也。

さぼてん
一ふしかけてきるべし。てつものあしく、硝子びいどろよし。

きりんかく
くらゐ の長さにてさしをけばよし。鉄ものあしゝ。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

凡、草木くさきともに、さしめのしかた、さのみ かはりはなきものなれば、冬木ふゆき椿つばき山茶花さゞんくわ、もちなどゝ 見合みあはせさすべし。夏木なつきは、むめ さくらるい大概たいがいおなじこゝろもちにて、間違まちがひなし。くさは、菊さぼてん、きりんかく のわけと おなじことゝいふものゝ、全躰ぜんたいえだをりてさすは、正理しやうりにあらず。極ゝごく/\すべなきものや、どふしてもにいらぬものなどを ふやしたがつて さしきにする人は、小利しやうりをしりて大損たいそんをしらぬ、田舎いなか をきな のしわざといふべきなり。

實生みばへ

はちまくなら、はちそこつちのかたまりをいれ、そのうゑ畑土はたけつちちうぶるひにてふるひて、一寸二三分もいれ、その上にまくなり。たゞし

〽  南天なんてんは、十月しものあまりかゝらぬうちにとり、かはをむき、はちにまき、その上にわらをみじかくきりてしくべし。または、ちやがらをかけをくもよし。きうはへぬものなれば、ついちをかたまらせぬためなり(雨にあてぬやうにすれば わらにも茶がらにも及ばず)。あくる年の十月には みなよくはへるなり。

〽  硃砂根まんりやうは、正月中(雨水の節なり)より 彼岸ひがん過に をとり、かはをむき、あらひ、水をかはかし、擂鉢すりばちはこの中へまく。うゑうすくわらをあみてかけ、ごく日あたりよき ところをき しやうじ、いでんとおもふころ、わらをとりのけ、中日ちうびなたにをき暑中しよちうには よしずのしたに置べし。

※ 「雨水うすい」は、二十四節気のひとつ。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

百両金たちばなは、わらのふたを板にてするともいへり。あるひは、承露じようろにて 五日め くらゐ にすこし みづをかくべしとも(されども、かけ水はなきかたよろし)。

万年青をもとかはをむくべし(手あて上におなじ)。

はすは、のかしらと しりをすりて、にくのすこし見えるほどにして、茶椀ちやわん の中に きよみづをいれ、つけをけば、七八日にして、一葉ひとば ひらく なり。廿四五日めに いけへうつすべし。

牡丹ぼたんもすりて まくべし。しかせざれば、からかたくして はへず。唐人とうじんは、からのあたまをすりて うゆることをしらず。たゞ、唐根をわけてふやすから 牡丹ぼたんと名を付しとかや。されども、はへるはづのものなれど、手がへしで かへつはへぬやうにすることあり。もゝむめ実生みばへても合点がてんすべきなり。

凡、草木ともに をとりて、じきまくものは 子細しさいなし。はるとりて あきまくものあり。なつとりて あきまくものあり。それをたくわへをくに、とりしとき すぐにすなつちにまぜ、徳利とくりいれ、南うけの 緣類ゑんるいの上につるし置べし。紅葉もみぢの實は、紙袋かみぶくろにいれをき、あき彼岸ひがんにまくなり。

※ 「実生みばへ」は、植えたりつぎ木したりせずに、草木が自然に芽を出すこと。
※ 「南うけ」は、南向きのこと。南受け。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

を 人に もらふたなら、みづにいれて見るべし。よきは しづみて、したつくとき ぎやくになるなり。これ目利めきゝ 第一の 秘事ひじなり。龍眼肉りうがんにくじやとて、清舶とうせん船主せんどうより もら秘蔵ひぞうして まいたら、どふも 枇杷びはのやうなものが はえたといつて、ほりすてた あとへ かの 船主せんどうがきて、龍眼肉の枇杷びはやうだちじやと、まただました、とかや。よく あぢはふて 油断ゆだんめさるな。

※ 「龍眼肉りうがんにく」は、龍眼(ムクロジ科の常緑高木)の果実の外皮と核をとり去ったもののこと。

野山籠のやまかご

採薬さいやくのために 態々わざ/\ 出かけたときは、その用意よういしたれば とるにも もつにも ことかゝず。鎌倉かまくら松魚かつを くひに 思ひたち、白濱くじうくりばま紅鬣魚たひあみひきさそはれし、みちゆきぶりに 見かけた にも やまにも とりたひものはあるものなれど、とつたのちの 始末しまつにこまるものなり。そこで、工夫くふうした このかご まことに 調法てうほうなものなり。もし、また もちだして なにとつていれるものゝないをりには、足袋たびでも 腰巾きやはんでも、あらひざらひ とりこめば 旅宿はたごやにての 重寶てうほうこれに すぎたるものはなし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

野山のやまかご
麻糸あさいとをたてにして、中はしゆろをあみて入る。又、わらにてつくるもよし。大小 さだまりなしといへども、くちは長さ七八寸、はゞ二寸五分か三寸。此 ひも 長さ三四尺よし。そこは 長さ壱人余、はゞ四寸ばかり、高さも六七寸にてよし。

又、このやうな あみふくろ も重宝なり。このひもは長きほどよし。大小 さだまりなし。

※ 「しゆろ」は、ヤシ科の常緑高木。棕櫚しゅろ

盆具はちうゑどうぐ

こて
大中小あるべし 一寸五分 八分 五分
あかどをし 大さ二分半ばかり

はさみ
みきはさみ
くきとり くさとりこて きり

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

はけ
葉はき 茎はき むしはらひ
水うちひしやく 柄を たいらにさすべし
こやしかけ
承露じやうろ

土ごしらへ

植木うゑき屋がいふ、草木くさきともに はへところつちうゑ、そこの みづをかければ、間違まちがひなしとかや。これは そふありそふなことなれど、みやこのじやううゆるに、日向ひうがから土とみづをとりよするは めつたに出来できることでなし、そんなことをいはずに をしへてたべといふたら、まづ、江戸えど番町ばんてう四谷よつや青山あをやま巣鴨すがも あたりにあるすこしあかみのある くろつちは なにうゑてもよくそだち、草木くさきいきおひ よくなるをみれば、上品じやうひん植木うゑきつちといふべし。染井そめゐや、王子わうじ大久保をふくぼ高井戸たかゐど目黒めぐろ へんすみにて そめたやうな 黒土くろつちは、ぢにでも 水気みづけふかうして、のはりあしゝと をしゆ。

※ 「みやこのじやう」は、万年青おもとの品種のひとつ。みやこじょう
※ 「をしゆ」は、おしゆ。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

たゞし、これも 巣鴨すがも大久保おふくぼみちの三四十丁へだゝる ところ からはそふ 自由じゆうつちをとりよすることもならぬ。それから つい乙甲をつかう といふ むしがわいて、うゑかへ 時分じぶんうゑかへず、からして仕舞しまつひとすこぶをゝし。もし そふいふおひとは どこの つちでも、ふゆうち 三四度 しもごひをかけて きりかへし、こほらせをきて用ゆべし。これを 並土なみつちといふ也。

また、下水どぶの土をあけ置て、ごみをふるひ、いしをひろひ、櫻草さくらさううゆれば、はないたつてつやよし(九輪草くりんさうや、なでしこなども同じ)。

また、この 下水どぶつちの中にも 下谷したや窪町くぼてう 近邊きんぺんつちべつして、万年青をもとによろしと也。築地つきぢもよけれど、下谷ほどにはなし。さて、下谷へも 築地へも とをところ なら 川砂かわすな二升、真土まつち三升、山手やまての 赤みつち五升、あはすれば、下谷の土と同じ様になるなり。

あるひと塵塚ちりつか(はきだめ)をとりのけ、そこへ 流下ながしじりつちをあげてかきならし、いもつくりしに、至極しごくよく 出来できて、いもの 風味もよかりしかば、冬になりて うなひかへし、こやしをかけ、あくるとしになり、まきたるに、ことの外 ほき延て、四五尺になりしとかたるを 植木うゑきずきの 人がきゝつけて、どふぞ、その つちを 壱斗ばかり くだされと ひら無心むしんせしとかや。ごみすてたとき、かねて こゝろがけとりをき手入ていれをして用ゆべし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

つちは、こまかなるがよしと 素人しろうとはおもへど、おほきな 了管れうけん ちがひなり。の大きさ、三分ばかりの ふるひひとふるひふるひ 壁土かべつちのごとくねり、十日ばかりねかしをき、ちと水氣みづけのあるころ また 篩ひみれば、茶人ちやじんつかふ まきばい見るやうになるなり。

ある人は、はたけつち塵塚土はきためつち下水土げすいつちあはせつちとて、四種よしゆの 土ありといへり。畑土はたけつち とは、前にいふ 並土のことなり。塵塚土はきだめつちは、ごみをとりしあとの土なり。あはつちといふは、塵塚はきだめしたつちながれぬ 下水げすいの土をあはせ、もろこし か いもをつくり、冬になりて うす下肥しもごひ をかけ、度ゝ きりかへし、こほらせ をきたる土なりと也。

深山みやまつちといふは、落葉をちば年ゝとし/\つもりてのち、くちくされたるが土となりし也。此 土にうゆるものは、さのみ多からず(貫衆くわんじゆ、ほらしのぶなどは、此土を用ゆべし)。

山砂やますなは、市川より 真間まゝ 近邊きんぺんよし。紅葉もみぢついで に、弐三升ばかり かねてたくわへ置べし。鼠山邊にもあれど をとれり。

※ 「まきばい」は、茶の湯で用いられる蒔灰まきばい
※「貫衆くわんじゆ」は、シダ類オシダ科の常緑多年草。ヤブソテツの別称。貫衆おおわらび
※ 「ほらしのぶ」は、シダ類ウラボシ科の常緑多年草。洞忍ほらしのぶ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

土篩つちふるひ
大小ふたつあるべし。大のかたは目の大さ、三分半より四分迄。小のかたは目の大さ、二分半くらゐより二分にてもよし。

琵琶びはのばち
懐中くわいちう して 野山のやまへもちて重寶也。くはほどのことにてもなき時用ゆ。
長六寸、はゞ一寸五分、かしの木にて作る。又、下の方ばかり かねにて作るもよし。

下水げすい土取つちとり
の長さ、三尺三四寸よし。竹にて作りても、かねにて作りてもよし。はゞ六寸、長さ七寸五分

●やしは、下糞しもごひだいにして、野土のつち赤土あかつち真土まつち、わらはいあはせつくるを 合肥あはせごひ といひ、わらばいをいれぬを 肥土こやしつち といひ、下肥しもごいみづ小便しやうべんを 合せたるを くさしこい といふ。たゞし、これは 植木屋うゑきやですること、そとしたる 小庭こにはうち盆植はちうゑばかり もつに、しもごい せゝりもあまりむさし。ゆゑに、まづは ごまめをよくいりて、すりばちですり、よくゆがき、かめにいれて廿日はつかほども置て用ゆべし(いりてゆがけば、くされてむしのわくことなし)。もとがごまめなれば、なにほど くさくても、さのみきたなからず。

※ 「むさし」は、汚くて不潔ということ。
※ 「ごまめ」は、カタクチイワシの素干しのこと。田作たづくり。
※ 「すりばち」は、餌擂鉢えすりばち

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[3]

魚洗汁さかなのあらひじる を 用ゆる人もあれど、なまぐさくてわるし。

くさにても、にても、むしつきたるは、らつきよをせんじて よくさまし、ふでにてすこしづゝそゝぐべし。妙にきくものなり。

※ 「らつきよ」は、ラッキョウ。辣韮らっきょう



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