【園芸】金生樹譜別録 巻三
長生舎主人編
接木
飛鳥川といふ 本をみれば、川に 流れきたれる 椿 の 枝を 拾ひ返りて、これを接て、花を 愛せし 和尚あり。今より、百八十 餘年 のむかし、しかも、西國安藝の 廣島にてのことなり。いはんや、東海、日の出 の 繁花 流行 日ゝ 新にして、昨日の 百両金、今日の 万年青、明日は 定めて、松葉蘭、石斛などゝ、うつりゆく 人情 を 考ふること、さすのみことやら名をとりし。
※ 「接木」の読みの「つぎほ」は、接穂。接ぎ木のとき、台木に接ぐ枝などのこと。
※ 「さすのみこ」は、指すの神子。よく言い当てる陰陽師や占い師のこと。
陰陽師も、跣足で 逃るなるべし。たゞし、接木をするにも、古今 の 差別ありといへども、大抵、切接、よび接、さし接、等なり。たゞし今は、さし接といふことをば 誰もせず、たま/\ 時節 後れにもらひし枝など、しやうことなしにする人もあるよし也。
さて、接べしと思ふ 楚を 切には、極 上枝の よく日にあたり、實いりよき 処 を 切べし。下枝、または、日かげの枝は よろしからず。
接たる上をば、藁にて 巻がよし。そのわらは、又、畿内 及び 紀州邊 より 来る 綿俵 の 縄をほぐし、噴霧をふき、一夜 土間に 置て 用ゆべし。
むかしは 苧にてまきたれど、今は 用ひずとかや。土をかくれば、早く 腐り、又、接口 たかければ、くびれこむ。中ゝすこしも 油断はならず、随分 好者に 従て、會得すべし。
楚を 貰て、あひにく 劇 く 接こと手後れになるべしとおもはゞ、極 日蔭 にてしめりけの 多き処へ 横にふせ、土を二三寸もかくる 時は、十日ばかりは 芽のびす。さりながら、雨でもかゝるか、又は、土のかけやう 深ければ、この格にいかず。
代木よりふく芽を、株芽といふ。その 株芽は、あまり早く採ことあしゝ。接だ 楚の 八九寸ものびた 時分 見はからひて、かくべし。
※ 「よび接」は、呼び接。
※ 「さし接」は、挿接。
※ 「しやうことなしに」は、しょうことなしに。なすべき方法がなく、どうしようもないこと。
別して、柑類、紅葉など、いよ/\ 接だほの 勢分を見て 株芽をとるべし。
櫻 をば、十月すゑに 接で、日あたりのよき処へうづめ、上へ 土を 沢山かけ置、二月 彼岸過になり、土を二三度に 取のけ、いつも 接木をする時になりて植なをすに 大概つくものなり。松は 寒あけにつぎ、霜雪をよけ、土を 半分ほどかけ、八十八夜過に 植なをすべし。
くれる人、ふ案内にて、芽の 出過たを 貰ふた時は、芽先を 小刀にてすこし 取捨べし。
○ 地中へ楚をいけ置て、のびる芽をひかへる圖。あまりふかきは必あしき也。
○ 楚の長さは大てい、芽二つ位に 切わけべき也。
○ 楚の長さ、つぐべきほどにきりて、皮肉のあひだをかけて、はすにそぎ切て
肉のかた 横よりみる
小刀をばよくとぐべし。切目あしければつかず。
○ 代木の 皮肉のあひだをそぎて、それへ芽をさすこと、たれもしりたることなれど、そのかげんが大事也。
○ 接ではかくの如くまく也。ひかへ糸をかくべし。
○ かけつぎ、また、よひつぎ、奴 つぎ、わらにてまくことは前に同じ。
根は、盆にても、地栽にても、よくついてからすこしづゝ切わくべし。
○ 松は わりつぎ、真中をさきてつぐなり。
○ 雲仙つゝじも、かけつぎものなり。
○ すべて、つゝじは みなかけつぎよし。
※ 「わりつぎ」は、割り接ぎ。
牡丹
牡丹 八月中 秋分 前後つぐべし
鉄の 小刀 にて きることをいむ也。真鍮の小刀をよくとぎて用ゆべし。硝子にても よく切れるものなり。
つきやうは、そぎつぎなり。つぎくちへ 人の 血をすこしつくれば、よくつくといへり。たゞし、さなくても 鉄にてさへ 切ざれば つくこと妙なり。そぎめ 八九分ぐらゐよし。つぎ終りて、まくこと前に見したるがごとし。
※ 「そぎつぎ」は、削ぎ接ぎ。
百両金
百両金のつぎわけも、土もしろきもの也。そぎめ六七分、わらによくまくべし。よくきれる小刀にて 一刀にそぐべし。
○ 雞冠木
○ 楓の類
○ 梅
○ 椿
○ 山茶花の類、みなそぎつぎにてよくつくなり。いづれも、きりめ きれいにすべし。わらにてまくこと、いづれもおなじ。
根をきりてのち 盆にうつし 栽べし。
枝をすり合せ、その上をわらにてまきをけば、よく付て、芽をふき 花開くなり。一年も見合せて そる/\と 根をきる也。
○ かうじまん両のたぐひは、葉をつぎてもよし。
○ ねつねこつぎといふ。百両金の 実生 細くて、いまだ 切てつぐに堪ざるは、かくの如く、はらにてつぎ、よくまき置、つきたるとき 根をきり、盆に 栽ればそだつことはやし。
○ 万年青のつぎやうは、秘中の 秘にして、今まで 何の 書にもしるしたることなしといへども、或人の 需 によりてしるす。此 あたりまで土をかけ置べし。野おもとにても、何おもとにても、代にする おもとの根をそぎ合て つぐなり。即、ねつこつぎの意なり。
○ 朝顔を ちがごろ つぐことおぼえてする人あり。ねつこつぎなり。寿といふべし。つぎめをば よくまくべし。
○ きく も ねつこつぎなり。つぎたるかたの枝に、水をあけ、新芽のびたるとき、代のさきを 切べし。それより追ゝにきりすてる也。つぎめをまくこと、前にいふがごとし。また、かくの如くに 代をばはじめより きりてもよし。
※ 「かうじ万りやう」は、柑子万両。
※ 「実生」は、種子から発芽した植物のこと。
※ 「ねつねこつぎ」は、根っこ接ぎ。
とり木
とり木は、さのみ 習 口傳 もいらず。桑の 根芽 に 土をかけ置、根を 下したる 処 を 見て、切わくること 上州 桐生 近処、前橋邊、その外 何方 にてもすることなり。それと同じことにして、立木ならば、こゝより根をふかして 剪とらんとおもふ 枝へ 桶にても、小箱にても、見はからひ しつらひ付、中へ 土を入、つり置べし。たゞし、切わくるに、一年 置て、剪べし 根を 下した年直にきりては いたむことあり。その 手加減が とり木に 花さかせ爺の 秘事なり。
桑の とり木をする圖
蘗 に 土をかけて置ば、自然に 根を下すなり。下したる 根を一年こやして、切わくるなり。くれ/\も切わけが大事ときく。
たち木の 枝をとりわくる。桶にても、箱にてもしつけかたの圖。
※ 「とり木」は、取り木。
※ 「さのみ」は、然のみ。それほど、さほど。
※ 「 口傳」は、口伝。口で伝えて教え授けること。
※「上州」は、上野国。
これでも 根をふく也。
たゞ 一木の 奇品などは、何ほどはやく 生木させんと おもふても、造化の 工 は 人間わざに をよびがたし。もしそんな時は 圖の如くして、はやく二本に わけ置べき也。氣をながふして、箱の中に 根のみちたる 時分をみて きりわけ、外のはちに 栽かゆべし。
挿木
摂州 池田在 にては、さしめ床とて、畑 へ 花壇の如くこしらへ、四方へ はゞ一尺余の 平石を 立にいけて、土龍をよくるなり。それは、花戸の 利のためにすることなれば、何程も 丁寧にする 筈のこと、楽 にするには、瓦をたてゝも、板をいけても、所詮が 土龍さへさゝねば よきなり。さて、このさしめ床の土は、ずつと下がかたまつて、赤土 その上に 黒土を、五六寸いれ、その上に こまかな 赤土二寸ばかり、その上に一寸ほど 黒土をしく。これは 床のかはかぬため也。この床の上に よし簀か、あるひは、茅にて 日除をする也。
※ 「摂州」は、摂津国。
※ 「さしめ床」は、挿し芽床。
※ 「土龍」は、モグラのこと。
※ 「よくる」は、避くる。
さしめ床の圖
大小定りなし。日余、雨よけ、あるべし。
ふちは、瓦にても、石にても、板にても、むぐらさへ 通はねば よきとしるべし。
床の土、このわりにて 見合すべし。
くろつち 一寸
赤土 二寸
黒土 五六寸
赤土のかたまり
又、このさしめ床をこしらゆるも、むづかしくおもはゞ、古き 雷盆の 底へ 炭をいれ(赤土のかたまりにてもよし)、その上へ 黒土 中ぶるひにしていれ、その上に 赤土 中ぶるひ 一寸五六分ほどいれ、上に 黒つち五分ばかり入て、常に 赤土の 乾かぬやうになし置てさすべし。
凡、挿木 きつと 付せんとおもはゞ、二月はじめさゝんと思ふ 枝を 半分ばかり削り、肉の見くたる時、けづらぬかたを 皮ばかり削て、練土をする 付紙にてまき、竹にても、木にても 添て置ば、折ることなし。
六月比にいたり、皮を 削りたる 処へ 肉出たらば、そこから切て、床にても、鉢にても、好 にまかせさすべし。其 当座 きはめて 日蔭に 置、水をあげしと見えたらば、よしず一枚下に置べし。かくのごとくすれば、奇妙によく付となり。これを 肉ざし といふときけり。
凡、切はなしたる枝は、半時ばかり水につけ置てさすべし。然れども、竹類、茨類、子年木、きりんかく、さぼてん、萩、おもと 等は、水につくるに 及ばず。
○ 椿 のさしめ
葉かず三枚か、四枚までの長さにてよし。枝ぶりにより葉多くとも、又、枝より上はあしゝ。此邊よくさすべし。
○ 冬青 長さ、このかつこうにてよし。
○ 山茶花
小枝これより長くは さきをきりてさすべし。古えだ一寸ばかりつけて切べし。
○ ありどをし
枝 多くとも 此位より多くはよろしからず。此邊までさすべし。冬木るいは、此らにて見合すべし。
※ 「きりんかく」は、 トウダイグサ科の低木。麒麟角。
※ 「ありどをし」は、アカネ科の常緑低木。蟻通し。
鳳凰竹をさすには、五月中よし。五月十三日を 竹酔日 といふ。植るにも、さすにも、至てよくつく日也。
さし床は、地を 深さ 五寸ほどほり、下に赤土三四寸いれ、上にくろ土か、川砂、または、書院土の赤砂をまぜて、一寸ほど置てさすべし。日あたりつよきもあしく、よはきもあしく、雨にあてゝはつかず。取あつかひには、はちざしよし。
長さ、此くらゐ 二節 かけてきるべし。下の節 より 根をおろすなり。此 あたりまでさしこむべし。
○ かんちく
○ 四方ちく
○ 金めいちく
○ ほていちく
みな 此 法にてよろし。
○ 南天燭
春の 彼岸 前後、二芽かけ、もしくは、一芽にてもよし。勇蔵栗本 などのるいは、二芽かけにすべし。日あたりよき処へ、すこし高くさすべし。根に土の玉を付てさす。鉢ざしは、水を時ゝすこしづゝかけべし。たゞし、小葉の南天は、秋のひがん十日前かりしんばかりさす。尤 はちざし也。十本が十本つくこと奇妙なり。
○ 雲仙つゝじ
五月はじめ比より中旬ころまでにさせば つくなり。床さし吉、鉢ざしはわるし。
※ 「鳳凰竹」は、 ホウライチク(蓬莱竹)の葉の小さい園芸品種のこと。
※ 「竹酔日」は、陰暦五月一三日の称。この日に竹を植えるとよく繁茂するとされる。竹迷日。
○ 梅は、寒明て 十日ばかりの内によくのびた 楚 を 八九寸に切てさすべし。日あたりよき処をふみかためてさすべし。
○ 櫻 梅と同じく、寒明にさすべし。手入 梅とおなじ。
○ 柳は、何時さしてもよくつく也。もし、遠方よりもち来るには、一尺ばかりにきりてもつべし。さて、さゝんとおもふとき、又 三四寸にきりてさすべし。この胴より芽をふくなり。
○ 桐は、太さ 一寸五六分 廻りの木を 三寸ばかりにきりて、水けある地に 横にいけるなり。芽をふくこと妙なり。
○ 菊
葉 一枚にてもさしをけば 芽をふく也。此 めをつけてさすべし。又、花びら一つにても、やしなひによりて芽をふく。たゞし、この花びらのもとにある けしほどのものが、たねとなる也。
さぼてん
一ふしかけてきるべし。鉄ものあしく、硝子よし。
きりんかく
此 位 の長さにてさしをけばよし。鉄ものあしゝ。
凡、草木ともに、さしめのしかた、さのみ かはりはなきものなれば、冬木は 椿、山茶花、もちなどゝ 見合せさすべし。夏木は、梅 櫻 の類と 大概おなじこゝろもちにて、間違なし。草は、菊さぼてん、きりんかく のわけと おなじことゝいふものゝ、全躰枝を 折てさすは、正理にあらず。極ゝすべなきものや、どふしても手にいらぬものなどを ふやしたがつて さしきにする人は、小利をしりて大損をしらぬ、田舎 翁 のしわざといふべきなり。
實生
盆へ 蒔なら、盆の 底へ 土のかたまりを入、その上に 畑土を 中ぶるひにてふるひて、一寸二三分もいれ、その上に蒔なり。たゞし
〽 南天の実は、十月霜のあまりかゝらぬ内にとり、皮をむき、盆にまき、その上にわらを短かくきりて敷べし。又は、茶がらをかけ置もよし。急に 生ぬものなれば、土をかたまらせぬためなり(雨にあてぬやうにすれば わらにも茶がらにも及ばず)。あくる年の十月には みなよく生るなり。
〽 硃砂根は、正月中(雨水の節なり)より 彼岸過に 実をとり、皮をむき、あらひ、水をかはかし、擂鉢か 箱の中へまく。上に 薄くわらをあみてかけ、極日あたりよき 処 に置、根 生じ、芽の 出んとおもふころ、わらをとりのけ、中日なたに置、暑中には よしずの下に置べし。
※ 「雨水」は、二十四節気のひとつ。
〽 百両金は、わらのふたを板にてする共いへり。あるひは、承露にて 五日め 位 にすこし 水をかくべしとも(されども、かけ水はなきかたよろし)。
〽 万年青も 皮をむくべし(手あて上におなじ)。
〽 蓮は、実のかしらと しりをすりて、肉のすこし見えるほどにして、茶椀 の中に 清き 水をいれ、つけ置ば、七八日にして、一葉 開 なり。廿四五日めに 池へうつすべし。
〽 牡丹の 実もすりて 蒔べし。しかせざれば、殻かたくして 生ず。唐人は、殻のあたまをすりて 植ることをしらず。たゞ、唐根をわけてふやすから 牡丹と名を付しとかや。されども、實は 生るはづのものなれど、手がへしで 却て 生ぬやうにすることあり。桃や 梅の 実生を 見ても合点すべきなり。
凡、草木ともに 実をとりて、直に 蒔ものは 子細なし。春とりて 秋まくものあり。夏とりて 秋まくものあり。それをたくわへ置に、とりし時 すぐに砂か 土にまぜ、徳利へ入、南うけの 緣類の上につるし置べし。紅葉の實は、紙袋にいれをき、秋の 彼岸にまくなり。
※ 「実生」は、植えたりつぎ木したりせずに、草木が自然に芽を出すこと。
※ 「南うけ」は、南向きのこと。南受け。
實を 人に 貰たなら、水にいれて見るべし。よき實は しづみて、下に 居つくとき 逆になるなり。是、實の 目利 第一の 秘事なり。龍眼肉の實じやとて、清舶の 船主より 貰ひ 秘蔵して 蒔て見たら、どふも 枇杷のやうなものが 生たといつて、堀すてた 跡へ かの 船主がきて、龍眼肉の枇杷葉だちじやと、又だました、とかや。よく 味ふて 油断めさるな。
※ 「龍眼肉」は、龍眼(ムクロジ科の常緑高木)の果実の外皮と核をとり去ったもののこと。
野山籠
採薬のために 態々 出かけた時は、その用意したれば 採にも 持にも ことかゝず。鎌倉に 松魚 喰に 思ひたち、白濱に 紅鬣魚あみ引に 誘はれし、道ゆきぶりに 見かけた 野にも 山にも 採たひものはあるものなれど、採たのちの 始末にこまるものなり。そこで、工夫した この籠 まことに 調法なものなり。もし、また 持だして 何も 採ていれるものゝない折には、足袋でも 腰巾でも、あらひざらひ とりこめば 旅宿にての 重寶これに すぎたるものはなし。
野山籠
麻糸をたてにして、中はしゆろをあみて入る。又、藁にて作るもよし。大小 定まりなしといへども、口は長さ七八寸、はゞ二寸五分か三寸。此 紐 長さ三四尺よし。底は 長さ壱人余、はゞ四寸ばかり、高さも六七寸にてよし。
又、このやうな あみ袋 も重宝なり。このひもは長きほどよし。大小 定まりなし。
※ 「しゆろ」は、ヤシ科の常緑高木。棕櫚。
盆具
鏝
大中小あるべし 一寸五分 八分 五分
あかどをし 大さ二分半ばかり
剪
幹はさみ
くきとり くさとりこて 根きり
はけ
葉はき 茎はき むしはらひ
水うちひしやく 柄を 平らにさすべし
こやしかけ
承露
土ごしらへ
植木屋がいふ、草木ともに 生た 所 の 土で 植、そこの 水をかければ、間違なしとかや。これは そふありそふなことなれど、みやこの城 を 植るに、日向から土と水をとりよするは めつたに出来ることでなし、そんなことをいはずに 教てたべといふたら、まづ、江戸で 番町、四谷、青山、巣鴨 あたりにあるすこし赤みのある 黒つちは 何を 植てもよくそだち、草木の 勢 よくなるをみれば、上品 の 植木土といふべし。染井や、王子、大久保、高井戸、目黒 邊の 墨にて 染たやうな 黒土は、ぢにでも 水気が 深うして、根のはりあしゝと をしゆ。
※ 「みやこの城」は、万年青の品種のひとつ。都の城。
※ 「をしゆ」は、教ゆ。
たゞし、これも 巣鴨や 大久保へ 道の三四十丁へだゝる 地 からはそふ 自由に 土をとりよすることもならぬ。それから 遂に 乙甲 といふ 虫がわいて、植かへ 時分に 植かへず、からして仕舞た人、頗る 多し。もし そふいふお人は どこの 土でも、冬の内 三四度 下ごひをかけて 切かへし、凍らせ置て用ゆべし。これを 並土といふ也。
また、下水の土をあけ置て、塵をふるひ、石をひろひ、櫻草 を 植れば、花いたつてつやよし(九輪草や、なでしこなども同じ)。
また、此 下水土の中にも 下谷、窪町 近邊の 土は 別して、万年青によろしと也。築地もよけれど、下谷ほどにはなし。さて、下谷へも 築地へも 遠き 所 なら 川砂二升、真土三升、山手の 赤み土五升、合すれば、下谷の土と同じ様になるなり。
●、塵塚(はきだめ)をとりのけ、そこへ 流下 の 土をあげてかきならし、芋を作りしに、至極よく 出来て、芋の 風味もよかりしかば、冬になりて 耕かへし、こやしをかけ、あくるとしになり、菜を 蒔たるに、ことの外 蔓延て、四五尺になりしと語るを 植木好の 人がきゝ付て、どふぞ、その 土を 壱斗ばかり 下されと 平に 無心せしとかや。芥を 捨たとき、かねて 心がけとり置、手入をして用ゆべし。
土は、細かなるがよしと 素人はおもへど、大きな 了管 違ひなり。目の大きさ、三分ばかりの 篩 で 一ふるひふるひ 壁土のごとくねり、十日ばかりねかし置、ちと水氣のあるころ また 篩ひみれば、茶人の 仕ふ まき灰見るやうになるなり。
ある人は、畑の土、塵塚土、下水土、合せつちとて、四種の 土ありといへり。畑土 とは、前にいふ 並土のことなり。塵塚土は、塵をとりし後の土なり。合せ 土といふは、塵塚の 下の 土へ 流れぬ 下水の土を合せ、もろこし か 芋をつくり、冬になりて 淡き 下肥 をかけ、度ゝ 切かへし、凍らせ 置たる土なりと也。
深山土といふは、落葉の 年ゝ に 積りてのち、朽くされたるが土となりし也。此 土にうゆるものは、さのみ多からず(貫衆、ほらしのぶなどは、此土を用ゆべし)。
山砂は、市川より 真間 近邊よし。紅葉見の 序 に、弐三升ばかり かねてたくわへ置べし。鼠山邊にもあれど をとれり。
※ 「まき灰」は、茶の湯で用いられる蒔灰。
※「貫衆」は、シダ類オシダ科の常緑多年草。ヤブソテツの別称。貫衆。
※ 「ほらしのぶ」は、シダ類ウラボシ科の常緑多年草。洞忍。
土篩
大小ふたつあるべし。大のかたは目の大さ、三分半より四分迄。小のかたは目の大さ、二分半くらゐより二分にてもよし。
琵琶のばち
懐中 して 野山へもちて重寶也。鍬ほどのことにてもなき時用ゆ。
長六寸、はゞ一寸五分、かしの木にて作る。又、下の方ばかり 金にて作るもよし。
下水土取
柄の長さ、三尺三四寸よし。竹にて作りても、かねにて作りてもよし。はゞ六寸、長さ七寸五分
●やしは、下糞 を 代にして、野土、赤土、真土、わら灰 を 合て 作るを 合肥 といひ、わら灰をいれぬを 肥土 といひ、下肥と 水と 小便を 合せたるを くさし肥 といふ。たゞし、これは 植木屋ですること、そとしたる 小庭の 内や 盆植ばかり 持に、下ごい せゝりもあまりむさし。故に、まづは ごまめをよくいりて、餌すりばちですり、よくゆがき、瓶にいれて廿日ほども置て用ゆべし(煎てゆがけば、くされて虫のわくことなし)。もとがごまめなれば、何ほど 臭くても、さのみきたなからず。
※ 「むさし」は、汚くて不潔ということ。
※ 「ごまめ」は、カタクチイワシの素干しのこと。田作り。
※ 「餌すりばち」は、餌擂鉢。
魚洗汁 を 用ゆる人もあれど、腥くてわるし。
草にても、木にても、虫の 付たるは、らつきよを煎じて よくさまし、筆にてすこしづゝそゝぐべし。妙にきくものなり。
※ 「らつきよ」は、ラッキョウ。辣韮。
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筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖