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【園芸】金生樹譜別録 巻一

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

長生舎主人編

はち

はちは、人の衣服いふくごとく、書畫しよぐわ裱補へうぐごとく、たちかたな装飾こしらへあいたり。をよそひとの  天生自然うまれたまゝの所  たるや、たゞ 一赤身あかはだか いかなる 具眼めきゝ穏婆とりあげばゝ でも、いづれか 姫姜おひめさま にして、いづれか 炊婢おまんまたき と云ことを見わくべけんや。たゞ 衣服いふくあやありてのち、そのしな 天地てんちとわかるゝに をよんでは、生盲うまれから の  癡呆めくらあはう  にさぐらせても、綸子りんずぬひ木綿もめん のはぎ/\、雲泥うんでい 万里ばんり にへだゝるが ごとし。書画しよぐわ のへがし、いかなる 神品しんぴん 名物めいぶつ たりとも、かならず 蜀江しよくこうにしき古機こばた純子どんす裱補へうほし、象牙ぞうげぢく そなはつてのち、もつとこかけて、これ賞鑒せうかんすべし。

※ 「穏婆とりあげばゝ」は、産婆のこと。
※ 「姫姜おひめさま」は、ここでは美女の意。姫姜ききょう
※ 「衣服いふくあや」は、服章ふくしょう(官職にある人の身分等級を示す衣服や装飾)のことと思われます。
※ 「綸子りんず」は、滑らかで光沢がある絹織物のこと。
※ 「はぎ/\」は、衣服のつぎはぎのこと。接接はぎはぎ
※ 「 蜀江しよくこうにしき」は、蜀江の水で糸を染めて織ったと伝えられる精巧な錦。緋地に黄、藍、緑などを交えて、連珠円または格子内に花文、獣文、鳥文などを配した文様の織物のこと。
※ 「純子どんす」は、絹の模様織物の一種。緞子どんす
※ 「賞鑒せうかん」は、賞鑑しょうかん

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

刀劔たうけんごときも またしかり。たけつえのしこみ、下坂しもさか敵打かたきうちかくところ木綿もめん 真田さなだつか正真しやうじん正宗まさむね は、高野山かうやさんふもとしのときのことにして、いま真鍮しんちう胴鐶だうがね かけた 脇差わきさし名主なぬしともはべり、ぎん太刀たち こしらへおほかた 道中仕だうちうしこしものとなるがごとし。そうじて、そのこしらへに そのしな 自然しぜんそのは るものなれば、百両金、何ぞ 八文はちもんくろつばに三寸の ねをかゞめて、ときあはざるをなげかしむべけんや。

※ 「下坂しもさか」は、あおい下坂しもさかのことと思われます。越前福井の刀工下坂市之丞康継が製作した刀剣で、初代康継が徳川家の御用鍛冶職となったことから、刀の中子なかごの部分に葵紋を切ることを許されたのでこの名があるそうです。
※ 「木綿もめん 真田さなだ」は、木綿製の真田織り(真田紐のように織った織物)のこと。
※ 「正宗まさむね」は、鎌倉時代末期に相模国さがみのくに鎌倉に住んでいた刀工、岡崎五郎正宗。
※ 「道中仕だうちうし」は、道中師どうちゅうし(飛脚など、街道を往復して人の用事を足すことを業とした人)のことでしょうか。

あさがほばち 素焼スヤキなり
ぜにつぼ 黒つば
孫飯桶まごはんど
白つば くろつは小 又
白つば ふちのそとへそりたるわく くろつは

※ 「孫飯桶まごはんど」は、孫半斗まごはんど(孫半胴)ばち

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

くろつば 五ぐみ 此くみ入ばちはさま/\ある一様ならず
京赤らく染付
京くろつば 楽やき也 又 京都より到来す、もしくは、賣物にはなきか
京くろらく 花に青くすりかくる

海舶●●●将来はち
太平府官 ● 記といふ文字あるもあり
牡丹盆ぼたんばち
南京なんきん すかし はち 石菖せきしやうに尤よし
仙芝觚れいしばち 此類、阿蘭陀をらんだよりも出 まれに交趾にもあり

※ 「石菖せきしやう」は、菖蒲しょうぶに似たサトイモ科の多年草。
※ 「交趾」は、前漢の武帝が南越を平定して設置した郡の名。現在のベトナム北部トンキン・ハノイ地方にあたるそうです。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

蘭盆らんばち 角盆かくはち 菊縁きくふちはち 万年青をもと盆 透腰こしすかしはち

いまり龍はち 同そめつけ
同山水はち 或 おもとはち
古いまり

※ 「万年青をもと」は、キジカクシ科の多年草。
※ 「いまり」は、伊万里。伊万里焼き。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

おなじく 角はち 同 長かく
同 八角はち もやういろ/\あり 定 ● なし
からものうつしなり
同 六かく

尾張 同 同 同 同 同
そめ付もやう 草につくすべきにあらず

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

同上 同 大小いろ/\有
おなじく 大小數種あり
おなじく そめ付もやう さま/\あり

おなじく るり花足
おなじく るり丸そこ もやうさま/\有
同すかし 外をほりぬき 内に一重ありて土をもつ也
同 ほか 此ほり 又 さま/\有

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

おなじく 平そこ もやうさま/\あり
同 木瓜はち
同 からものうつし
同 同

同 石だい 
此石だい 大小そめ付もやう しな/\有 
六角ばち 同
同おもとはち 品ゝ有

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

らんばち 備前出 多し
さゝ山

同 尾張よりも出る也
東山そめ付
此はち三組あり そめ付もやう 種ゝありゆへ 草につくすべきにあらず


ダイ

ダイは、またはち荘嚴そうごんする どうぐ なり。はち見合みあはせて、こゝろもちひたし。されど、草木さうもく になりておもへば、山野さんや廣土こうどやすくし、天地てんち氣運きうんしたがひ、風雲ふううん 霜雪さうせつやしなはれ、擎天けいてんこずゑこゝろよはらはんとせしを、尺寸せきすんはち蟠龍はんりうかゞあまりとこをかれて、天氣てんきはなるゝこと、さぞかしつらくあるらめ。こゝおもふて、よるはかならず 屋外そといだし、天地てんちやしないかつてにうけさせむへ。たゝし、いまから京師みやこ極北きたよりにして、寒氣かんきはなはだしき ところ なるが、暖室むろうちに、芍薬しやくやく牡丹ぼたんやしなひ、植盆はちうゑとし、立春りつしゆん大内きんりたてまつ り、銀燭しよくだい のもとに かざりつらね、天子てんし御覧ごらんにいるゝこととぞ。

※ 「尺寸せきすん」は、ほんのわずかな長さ、または、広さのこと。
※ 「 蟠龍はんりう」は、地上にうずくまって、まだ昇天しない龍のこと。はんりょう。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

すなはち唐人とうじんかきたる
 立春夕奉芍薬牡丹圖
 りつしゆんせき しやくやくぼたんをたてまつる づ
あはせしるして、異聞いぶんひろむ。

出窖花枝作熊寒 密方烘火暖●秀
年々天上春咲到 ●月中旬進牡丹
            査嗣●

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

堆朱ついしゆ 丸板なり
又 かまくら堆朱と云 くろ丸板
塗臺ぬりだい 朱、くろ、蒔繪、品ゝ有
沈金ぼり 肉朱 蒔繪してもよし
青貝
方臺はうだい ふち紫檀したん
長臺 縁 たがやさん

※ 「堆朱ついしゆ」は、朱漆を何回も塗り重ねて厚い層を作り、それに文様を彫刻する 彫漆ちょうしつのひとつ。
※ 「蒔繪」は、蒔絵まきえ
※ 「沈金ぼり」は、漆を塗った面に毛彫りで文様を施して、その彫り溝に金箔や金粉を押し込む装飾技法のこと。沈金彫ちんきんぼり
※ 「青貝」は、螺鈿らでんに用いられるヤコウガイ、オウムガイ、アワなどの総称。
※ 「紫檀したん」は、マメ科の常緑小高木。唐木三大銘木(紫檀したん黒檀こくたん鉄刀木たがやさん)のひとつ。
※ 「たがやさん」は、マメ科の広葉樹タガヤサン。鉄刀木たがやさん

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

明人みんひとぐわくわんみへたる 植盆はちうゑだい
朱ぬり
青貝
朱ぬり
牙足けそく 上朱足縁
胡床臺 上赤足くる
朱ぬり

天然机 上朱 朱ぬり 足くろぬり
八角机 上朱 足白縁

※ 「牙足けそく」は、華足けそく(机や台などの脚の先端を、外側に巻き返して蕨手わらびでにしたもの)でしょうか。描かれている足は内側に巻いているのですが…。
※ 「胡床こしょう」は、胡国から伝えられたという一人用の腰掛け。床几しょうぎ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

これは庭に置て、上にはちを並べ置、床也。
石の如くみゆれども、木にて作りてもしかるべし。
廣さ長さ定まりなし。見斗ひてよし。
以上、明人畫中に見えたるを抜書して、こゝに出す処也。

新年ねんし賀盤くいつみかやたちばな をつみて、百事ひやくじ大吉だいきち と 祝したるは、柏枝はくしと百事の をんかよひ、たつきちこゑおなじきより、借假かしやくして 當年を しゆくせし也。しかるに、この 冠棚たなには、福寿ふくじゆ草、まん年青、百両金ひやくりやうきん鐵蕉てつせう賀慶おめでたさ 何ものかこれに まさるべき。

※ 「 賀盤くいつみ」は、くいみ。蓬莱ほうらい飾りの江戸での呼称。
※ 「借假かしやく」は、借りること。
※ 「百両金ひやくりやうきん」は、ヤブコウジ科の常緑小低木。マンリョウの別称。
※ 「鐵蕉てつせう」は、ソテツ科の常緑低木。蘇鉄そてつの別称。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

これは、五種いつしなにくみ合せし也。

これは三種みいろで、ふく(ふくじゆさう)、ろく(百両金)、じゆ(万年青)の 床かざりと申なり。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

此 棚かざりは、旅寓たび●け、または、別業べつげう往来ゆきゝたづさふるに、便たより よく工夫くふうせし也。ふゆは、三方を 厚紙あつがみにてはり、正面にかけふたをなし置は、暖室むろかはりにもなる也。
大小定りなし。

座敷ざしきてもつ唐むろ
四方を厚紙あつがみにてはる。
此ごとく、ほそき木にてくみたて、下にはいたをはり、臺となす。大小見はからひ。
ことしこゝろみしに、牽牛子あさがほもはえ、雪わり草も 花さきたり

※ 「旅寓たび●け」は、 旅先で宿泊すること。旅寓りょぐう
※ 「牽牛子あさがほ」は、アサガオの種子のこと。牽牛子けんぎゅうし

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

風のある日は、かくのごとく、障子しやうじをかけて置べし。
やつ時分じぶんからは、しきかみにても、もうせんにても、ふるしきにても、の如くつゝみてをくべし。あくる あさ に 時にあけて、日をあてべし。切たる枝の つぼみのかたきなどを、此に入置は、よく花開く也。此むろをば、たれも今までしてみたものはなし。實に新奇といふべし。


盆置床はちをきたな 日覆ひおゝひ 雨覆あめをゝひ

近来ちかころこのみち好士こうし日ゝひゞさかりになり、意巧くふうさま/\ あるべし。たゞし、盆栽はちうゑたのしむ といふは、たとへば、小雨こさめそぼふる 三月やよひのあした、折角せつかく つい青苔あをごけを むげに には下駄げたひづめ にかけらるゝものかは。またつちさへさくる 水無月みなつきのころ、いかににはがひろく、いけ蓮花れんげ清風せいふうありとも、月額さかやきこがして、歩行あるくもつらし。そのやうなときは、そとしたる 小座敷こざしきえんより あまとをからず。盆置はちをきゆかおいて、華布さらさ臥單ぐわたん、または、蒲筵かまござひざやしなひ、あるひは、さくら馬場ばゝ新𤇆しんは相思さうしこゝろ をのべ、檳榔びろうよし團扇うちわかぜまねき、

※ 「ふるしき」は、風呂敷ふろしきのこと。
※ 「好士こうし」は、ここでは、風流を解する人のこと。
※ 「月額さかやき」は、月代さかやき。前頭部から頭頂部にかけて、頭髪を剃りあげた部分のこと。月額つきびたい
※ 「蒲筵かまござ」は、がまで編んだむしろのこと。夏の涼を呼ぶ敷物として使用されたそうです。蒲筵がまむしろ
※ 「檳榔びろう」は、ヤシ科の常緑高木。ビンロウジュの別名。檳榔樹びんろうじゅ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

酒客しゆかくは、獨酌どくしやくはい文人ぶんじんは、詩歌しかおもひをこらし、つく/\これにたいし  ながめいるときは、寸苗すんべうはち山松うゑまつ百尺ひやくせき 龍蛇りやうじやいきほいをこし、斑入ふいり葉の 秋色いろどり に、ときならぬ 霜雪しもゆあらはし、あるひは、立葉たちば万年青をもとに、那智なち布引ぬのひきたき布をおもはしむ。この ところじつあたひ 千金せんきん不老ふろう不死ふし寿命じゆめう 長久ちやうきう良薬ろうやくといふべき也。これ すなはち盆栽はちうゑとくにして、いはゆる 登山とうさんに乏しくといへども、ながら 名山めいさん大澤だいたく所産しよさんをしり、一室いとまうちいでずして、長松てうしやう 修竹しゆうちくおもむき をしるといふべきものは、ひとりこの 盆植はちうゑ によりてなり。しかるときは、このたなまた 等閑なをざりにすべからず。

これは雨をゝひをしたる圖也。晴天には此柱さがる。

※ 「寸苗すんべう」は、寸描すんびょう(ごく簡単に描くこと、短い描写)のことと思われます。
※ 「修竹しゆうちく」は、長い竹のこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

晴天せいてんには、かくのごとあまをゝひをとりはなし、うへによしをかくる 日覆ひをゝひなり。

また住居すまゐ㝡些もちつと ひろくは、なんうゑて といふは、みな うゑいふたもの、そのやうひとは、たとひ ひろい には もつても、やはりなにうゑいて、くさ茫ゝばう/\、またしても へらぬくちには いけがなくて、には模様もやう出来できぬの、やまがないの、くさしげすぎるの、たけがつかぬのと、ないものくはふのいひたいまゝ、是等これらはみな 地態ぢたいから 植木うゑきえんなき 衆生しゆじやう なれば、しても すきになしがたし。まことのすきといふは、いゑうちねづみ のあるがごとし。たれもこゝは、ねずみ をく ところ とて、造作そうさくはせねども、どこをどふするか、新宅しんたくひらきのすまぬうちから、ねづみ嫁入よめいりとは、じつ

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

きものつぶれたこと、盆栽はちうゑ一徳いつとく には、のき一尺いちしやくたなをつれば、はち千里せんりとをきうつし、日間ひあひ日影ひかげとをくとも、風入かぜいりをよくすれば、枝葉えだはむしかよをとゝめ、板塀いたべいはなをつく 三尺の 路次ろじせましことも、盆架はちたなとすれば、たちまち に、遠山とをやま峻嶺たかみね精英せいれいまねくべし。うゑこみのえだにさゝがにのふるまいは、さのみこのましげなく、はうき蒻芽わかめいたましめんことをおもはんより、盆栽はちうゑなるかな。あゝ、盆栽はちうゑ祖師そし 佐野さのゝ源左衛門げんざゑもんつねかゝる 霊妙れいめう不測ふしぎ良薬ろうやく末代まつだいわれがために、のことゞめ、よはひのぶじゆつつたへられしは、アラ ありがたや/\。

市中まちなか住居すまい、寸尺の 空地くうちなくとも、かくのごとくわれば、たちまち 小園こには中天ちうてんに設けたるが如し。大小定りなけれども、日おゝひはあるべし。雨には内へ入べし。

※ 「さゝがに」は、蜘蛛の別称。細蟹ささがに笹蟹ささがに
※ 「さのみ」は、のみ。それほど、さほど。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

かくの如き、日間ひあはひ屋上やねには、またの如くはりいたして、たなをつるべし。ものほしのごとくこしらへて、日をゝひ、雨をゝひ、あるべし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

こんなとこでも、たなをつりて、うしろ風入あkぜいり のため、すだれをかけべし。

堀溝ほりみぞ、または、いけ近邉きんぺんなどにて、地面なき処にて、かふしても ● るゝ也。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

暖室むろ

暖室むろは、陽地やうち花木くわぼく陰地いんちにて もたうがために 工夫くふうしたものなれば、なににても 暖室むろがなくてはならぬといふにあらず。ある 好士かうし南向みなみむきえんしたをかこふて 暖室むろとし、万年青をもと松葉蘭まつばらん数品すひん貯蔵ちよぞうし、または、押入おしいれなかをしつらふて、火鉢ひばち陽氣やうきをかするとは、さても たくみたり あんしたり。また、壱人ひとりながちのなか厚紙あつがみではり、これを名付なづけて、持退もちのき暖室むろといふ。しかも、五六百はちたくわへたり。宗祇そうぎ法師はうし不断ふだん いひことに、たゝすき玉へ/\。アゝ まことすきこそものゝ工夫くふうはよけれ。

暖室むろつくるといつても、さのみ 乙甲をつこう にするにをよばず。九尺に六尺ばかりの 塗屋ぬりやひとつ、南向みなみむき でも 西向にしむき でも 東向ひがしむき でも、こゝろ次第しだい場所ばしよ次第しだい、その ついで軒下のきした唐窖とうむろつくりり、かけをくべし。しかし、唐窖とうむろは、南向みなみむき にすべし。暖室をかむろでなければならぬものは、万年青をもと石斛せきこくらん松葉蘭まつばらん、およそ 冬木ふゆきなかでも、霜雪しもゆき にいたむもの、南天なんてん百両金たちばな千両せんりやう万両まんりやう福壽草ふくじゆそう大蕉そてつるいもの、もの、ことに、唐窖とうむろでなくては かれるものは、ふさうくは山丹花さんたんくは日ゝ草にち/\さう野牡丹のぼたん、まつりくわ使君子しくんし天人果てんにんくわ千年木せんねんぼく

※ 「唐窖とうむろ」は、温室のこと。 唐窖とうこう
※ 「ふさう花」は、扶桑花ふそうか。アオイ科の常緑低木ブッソウゲ。
※ 「ふさうくは」は、香木の名前。
※ 「山丹花さんたんくは」は、アカネ科イクソラ属の常緑低木。
※ 「日ゝ草にち/\さう」は、キョウチクトウ科の一年草。日日草にちにちそう
※ 「まつりくわ」は、モクセイ科ジャスミン属の常緑小低木。茉莉花まつりか
※ 「使君子しくんし」は、シクンシ科の蔓性の常緑樹。
※ 「天人果《てんにんくわ》」は、フトモモ科の常緑低木。天人花てんにんか
※ 「千年木せんねんぼく」は、リュウゼツラン科センネンボク属の常緑低木。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

岡室をかむろ 唐窖とうむろ

暖室おかむろ
かべは あつみ 四五寸にてよし。軒下のきしたのたなに、はなものを 唐室とうむろでさかせて、日をあてる処なり。
むろざき日あて場所

唐窖とうむろ
活花いけばなもちゆる えだはなをひらかするも、唐窖とうむろにてよし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

をかむろの土戸をひき、唐むろをこもにてつゝみたる圖

唐窖とうむろを こもにてつゝみし処

※ 「土戸」は、表面に泥土または漆喰しっくいを塗って作った引戸のこと。
※ 「こも」は、薦。むしろのこと。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

きりんかく、石花て、さぼてん、はまおもと、はしかん木、松ばらん。たゞし、唐窖とうむろは、晴天せいてんには 障子しやうじばかりにして 日をあて、八時やつじぶん  よりは 板戸いたどをかけ(障子しやうじの上なり)、こも二重ふたえ三重みえもかくべし。

むろの 早咲はやさきは、この 唐窖とうむろに入て、晴天せいてんには障子ごしに日をあて、くもれば こもをかけて やしなひ、花さかば日にあてゝ いろをいだすなり。唐窖とうむろで さかぬものは、中ゝなか/\ 大抵たいていのことで さくものでなし。かんがへ たまへ。

あんどんむろ障子しやうじむろ、ふかしむろ など、いふこともあれど、唐窖とうむろにしくはなし。穴蔵あなぐらむろ、さきかけむろ、みなせうことなしのおもひつき黒人くろうとでさへ 岡室をかむろ唐窖とうむろで ことはすむなり。まよひ玉ふな。

えんしたをかこひし 暖室むろ 也。

※ 「きりんかく」は、トウダイグサ科の低木。麒麟角きりんかく
※ 「はしかん木」は、ノボタン科常緑性低木。ハシカンボク。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

おし入の中へ、また戸を付て、内にたなをつりても もた ● ゝ也。

みせさきの あけぶたをあけて、はちものをかこふもよし。

出典:国立国会図書館デジタルコレクション『金生樹譜別録3巻[1]

すべてものあいすること、すくとは、をなじことのやうなれど、すこちがふなり。あい、はなはだしくしては、かならず かたより になり、好盛すきざかり にしていかならず。めういたその ゆへ いかにといふに、あいする人いたく その花葉くわえうよろこぶのみにして、その 花木くわぼくしやうかんがへ、その やしないこゝろ をつくすにをよばず。もし、たま/\ その しやうかんがふるに いたつ ては、これは一体いつていこの くに風土ふうどあはぬものなれば、さぞかし はちなかより 野山のやましたふであろうと おもひ すごし、資朝すけともけうじやなけれども、ほりいだしてすてひとあり。すてたとて、もと野山のやまへもどると いふでもなし。あゝ これ なにといふこゝろぞや。

好人すくひとのこゝろは、ずつと かはつたものまつ。第一だいいち草木さうもくしやうをよく かんがへ、やまにあるもの、にあるもの、おの/\  そのつちごしらへに こゝろをつくし、また暖國だんこく寒國かんこくとの 気候きこう丁寧ていねい懸断けんだんし、南海なんかいくさ東海とうかい暖室むろやしなひ、かれをして 東海とうかいたることをわすれ、本國ほんこくのまゝに 繁昌はんじやうさするは、さりとは すき妙神めうしんつうずといふべし。これは、ちかころ 餘計よけい冗云むだごと ながら、ふでついで にしるす。

※ 「懸断けんだん」は、推量できめること。臆断おくだん



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筆者注 ●は解読できなかった文字を意味しています。
新しく解読できた文字や誤字・誤読に気づいたときは適宜更新します。詳しくは「自己紹介/免責事項」をお読みください。📖