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【小説】 派手な彼女の結婚は

 あの麗華が結婚する。
 結婚式の招待状を受け取った私たち同窓生は、大いにざわついた。

 誰よりも結婚願望が強く、結婚式への憧れも強く、恋愛体質で派手な麗華。学生時代には、当時付き合っていた彼氏にバラの花束を学校に持ってこさせ、皆の前で誕生日を祝ってもらったという伝説も持っている。そんな彼女が、ついに齢35にして結婚するというのだから、私たちが興奮してしまうのも無理はない。

 結婚式に参列する私たちは、待合スペースで落ち合った。
「久しぶり〜」
「麗華がついに結婚だなんてね」
「ほんとだよ。あれだけ選り好みしてきて、いったいどんな旦那さん見つけたんだろうね」
「まったく、麗華が人妻になるなんて」
 麗華の話題で私たちは大いに盛り上がったが、誰一人として、その結婚相手を知っている人はいなかった。

 ほどなくして、挙式会場に案内される。
 あちらになります、とスタッフに案内された場所へ行くも会場は見当たらず、皆でぞろぞろと戻った。同じスタッフに改めて道を尋ねると、「困りますね。じゃなくて、あっちですね」と少しも悪びれることなく反対の方向を案内された。
「あのスタッフの人、適当すぎるでしょ」
「心ここにあらず、って感じだったね」
「そもそもここ、スタッフ少なすぎない?」
「うん、麗華にしては地味めな式場よね。もっとお高そうなところで挙げるもんだと思ってた」
「しっ。そんなこと言わないの」

 際どい会話を繰り広げながら、私たちは無事、会場へとたどり着いた。
 小さいながらも、白く厳かな教会だった。
「いよいよだね」
「ね。どんな旦那さんなんだろう」
「絶対、イケメンだよ。賭けてもいい」
「間違いないね。麗華、面食いだったもん」

 そんな話をしているうちに、開式の時間になった。
 ゴーン。と、鐘の音が鳴る。
 まずは新郎の入場だ。
 私たちは期待を抑えきれず、そわそわと、しきりに目配せしあった。

 扉が開き、新郎が入ってくる。
 私たちの期待を一身に背負った彼だったが、その見た目は、至って平凡であった。気の弱そうな、コアラのような顔。かなり良い人そうではあるものの、麗華のタイプとは全く異なっていた。
 予想を裏切られた私たちは、ヴァージンロードをしずしずと歩く彼を、放心したように見つめていた。

『意外と地味な男を選んだのね』
 無言で視線を交わし合う、私たち。
 皆、「思ってたのと違う」という言葉が喉元までせり上がっていた。
 お人好し感満載のコアラくんが祭壇に上がり、こちらを振り返る。
 新婦を迎え入れる準備が整った。

 再び、ゆっくりと扉が開く。
 そこに、愛すべき我らの麗華がいた。
 最後に会った時から、更に美しさを増している。きっと、結婚式に向け、いつもより更にエステやネイルに力を入れたに違いない。式場のランクに比して、麗華の出で立ちは明らかにゴージャスだった。
 「結婚」という宿願を叶えた彼女の笑顔は、眩しいほどに輝いていた。

 麗華のお母さんが、ベールダウンをする。
「ねえ、麗華のお母さんも、前より美人になってない?」
「あたし、会ったことないんだ。ほんと美人だね」
 そして、お父さんの腕を取って、ヴァージンロードを歩きだす麗華。
「お父さんもダンディでかっこいい」
「あれ、あんなに背が高い人だったっけな」
「ほんと、美形一家だね」
 麗華のお父さんが、麗華の手を新郎に引き渡す。

 そうして、祭壇に新郎新婦2人が並んだ。
 予想していたより平凡な見た目の新郎ではあったが、それでも、その麗華の幸せそうな姿に感極まりそうになる私たち。
 いつも、私たちの誕生日に何かしらのサプライズを考えてくれた麗華。自分の結婚願望を棚に上げて、私たちの結婚を心から喜んでくれた麗華。
 おめでとう。
 そう、皆が祝福ムードになっていた、その時。

 バン!

 背後の扉が大きな音を立てて開く。
 驚いた皆が、一斉に振り向いた。

「麗華!」

 すらっとしたスタイルの良い男が一人、立っていた。
 走ってきたのだろうか。肩で息をしている。

「そんな男と結婚するな!君の運命の男は、僕のはずだろ」

 どこのメロドラマの脚本から取ってきたんだ、というような歯の浮くセリフを、たいへん明瞭な発音で叫びながら、祭壇の麗華へと駆け寄る。

「こ、こここ困りますう!」
 スタッフがその男の後を追いかける。
 よく見ると、私たちをトイレへと案内した、あの適当スタッフだった。先ほどまでのやる気の無さはどこへやら、今は慌てふためき全力で乱入男を追いかけている。

「麗華。行こう、僕と一緒に。必ず幸せにするよ」

 乱入男はご丁寧にもひざまずき、麗華へ手を差し伸べた。
 麗華は、大きな目を更に大きく見開き、開いた口が塞がらないといったふうに、口に手をあてていた。
 しばし、皆の時間が止まり、麗華の動向に注目が集まる。
 適当スタッフも割って入れるような空気ではなかった。

「ご…ごめんなさい!」

 麗華は、辛そうにコアラくんに向かってそう叫んだかと思うと、乱入男の手を取った。
 乱入男は優雅な身のこなしで立ち上がり、麗華の手を引いてヴァージンロードを駆け抜けていった。

「こ、困りますう!」
 適当スタッフが、叫びながら2人を追いかける。
 そして、2人、いや3人の去った式場に、再び静寂が訪れた。

 主役の麗華は、式場から姿を消した。
 残された参列者は、ただただ呆気にとられるしかなかった。
 結婚式当日の、略奪愛。こんなことが現実にあるなんて。
 信じられない、と目配せしあう私たち。
「でも、麗華ならありえるか…」
「うん。乱入してきた人、いかにも麗華の好み、って感じだったし」
「イケメンだったよね」
「どういう関係だったんだろ」
「ふた股してたってことかな」
「麗華、そういうのは嫌いだったのに」
「2人どこ行っちゃったんだろうね」
「ドレス姿のままだと目立つよね」
 未だ静かな会場で、コソコソと話を始める私たち。

「失礼します!」
 後ろでまた、大きな声がした。
 適当スタッフが帰って来ていた。
「それでは、これから会場を移動していただきます」
 つい先刻までの慌てぶりはどこへやら、いかにも落ち着いた様子で案内を始める適当スタッフ。

「新郎新婦様、本物のご親族の皆さまは、そちらの会場でお待ちです。皆さまには、バスに乗っていただいて、本当の結婚式会場へとご移動していただきたく…」

 ざわついた会場から、どういうことですか、という声が上がる。
「ええ、ですから、こちらは新婦様のサプライズ演出、ということでございます」
 適当スタッフが、ぺこりと頭を下げる。
 会場は更にざわついた。事情がよく飲み込めなかったらしい。

 しかし、麗華のサプライズ癖を知っている私たちは、瞬時に事態を理解した。そう、これは、略奪されるところまでの全てが「仕込まれた」、サプライズ演出だったのだ。
「あのスタッフさんの、『困りますう!』ってやつも、演技だったってことだよね」
「どうりで、みんな演技がかってたわけだわ」
「麗華のご両親、前見たときと雰囲気違うなって思ったんだよね」
「この式場の役目はもう終わり?」
「みたいだね。そりゃスタッフも少ないわけだ」

 果たして、その後私たちがバスで連れて行かれた「本当の」結婚式場は、私たちの予想した通りの豪華な式場だった。そこに、予想通りのイケメンな新郎と、予想以上の笑顔で私たちを迎える麗華がいた。

「ね、びっくりした?結婚式での略奪って、一度でいいからされてみたかったんだよね」

 そう語る麗華に、今度は私たちの開いた口が塞がらなかった。


いつもありがとうのかたも、はじめましてのかたも、お読みいただきありがとうございます。 数多の情報の中で、大切な時間を割いて読んでくださったこと、とてもとても嬉しいです。 あなたの今日が良い日でありますように!!