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おだまり、ローズ 子爵夫人付きメイドの回想

以前、図書館で借りて読んで
すごくおもしろかった本です。

それ以来買おうと決めていて、
久しぶりに読みたくなったので買いました。

やっぱりおもしろい!
ぐいぐいひきこまれてしまう!

この本は、
貴婦人のお付きメイド(レイディ・メイド)
のローズこと、
ロジーナ・ハリソンさんがふりかえる
約半世紀のお屋敷奉公の生活を
まるで映画を観るように楽しみながら、
英国上流階級の生活やその使用人たちが
どんな仕事をしていたかなども知ることが
できる貴重な資料でもあります。

そのなかでもローズさんが
35年もの長い間お仕えしたのが
英国初の女性下院議員にして、
アメリカの億万長者アスター子爵夫人、
ナンシー・アスター。

おうちに来るお客様に王族がいたり、
国内を移動する旅には、
新鮮なミルク用の牛一頭がいっしょに
ついてくる(←マジです)
セレブ中のセレブ、どセレブでございます。

題名の「おだまり、ローズ」は、
この奥様のローズさんへのお決まりのセリフ。

これだけで、
奥様がだいたいどういう感じの人か
察しがつくと思います(笑)
だいたいあってます、大丈夫です。
もうちょっとあらゆる面で振り切って
いますが(笑)

この奥様とローズさんのやりとりが
本当におもしろくて!

わたしがよくされた悪ふざけに、
こういうのがあります。
「チョコレートをひとつどう、ローズ?」
と奥様。
「ありがとうございます、奥様。
いただきます」
すると奥様は箱からチョコレートを
ひとつ出してかじり、
それをわたしに渡しておっしゃるのです。
「これなら食べていいわ。
好みの種類じゃないから」
わたしはチョコレートを受けとって、
屑箱に放りこみます。
ダイヤモンドは
奥様のお気に入りの宝石でした。
いつだったか、
何かの催しのために盛装された奥様が、
こちらに向き直っておっしゃいました。
「どう見えて、ローズ?」
即座にぴったりの答えがひらめきました。
「カルティエの店先ですね、奥様」

だいたいずっとこんなです(笑)
どちらもやられたらやりかえします。
とくにローズさんの切れ味が
つねに冴えわたっています。
冷静で、頭の回転がはやく、
何を大切にして生きたいのかを
つねにちゃんとわかっているから、
安定して揺るぎなく自分らしくいられる。

そして何より、根底に愛がある。
最低ラインの気づかいや思いやり、礼儀を
忘れない。

そういう土台があってこその返しなので、
もう安定の見事な芸というほかない。


しかしそんなローズさんでも、
最初からそんなだったわけではありません。

お付きしてまもない頃は、
サディスティックで辛辣、
かなり気まぐれで、要求が厳しく、
いい仕事をしても
ねぎらいの気持ちや言葉なども
いっさいないのに
無い粗を探されて
きっちりケチだけはつけられ、
機嫌が悪ければ
大声で怒鳴られ荒れ狂われることに
振り回される毎日…

これじゃ誰だってしんどいです。
当然ながら、奥様付きのメイドは
すぐに辞めたり逃げたりしてしまうので、
長続きしません。

ローズさんは相当に気丈な人ですが、
それでもだんだんと消耗し、
身も心も疲れはて、
仕事の質はがた落ちになりミスが増え、
さらにそこをつつかれいびられる
という負のループに陥り、
もうこのままでは倒れるか辞表を出すか
というところまで追い詰められます。

自信も自分らしさも失いかけていた
ローズさんでしたが、
ある朝
静かに自分の仕事といまの生活を
ふりかえったとき、
そこから気づきと新たな力を得ます。

ことを悪化させていたのは
わたしのほうでした。
奥様に踏みつけにされ、
打ちのめされるままになっていたのですから。
わたしの仕事ぶりには
なんの問題もありませんでした。
間違っていたのは、
自分の仕事ぶりと自分自身をけなされたときに、
反論せずにいたことだったのです。
奥様を見る目も変わっていました。
わたしの目に映る奥様は、
もはや気難しく意地の悪い人物ではなく、
自分なりの方法でわたしを
試そうとしている人物でした。
奥様はご自分の理想どおりの
お付きメイドを求めていて、
そのためにはまずわたしをたたきつぶし、
そこからご自分の好みに合わせて
作り直せばいいと思っていたのです。
(中略)
奥様がその気なら、
こちらにも考えがあります。
そしてそれ以降、
わたしはやられたらやり返すように
なったのです。

ここ⬆️、赤線引いときたいくらい
素晴らしい言葉だなと思います。

仕事以外のことに置き換えても、
心をこめて誠実に取り組んできたことや、
自分の軸になるような、
これだけはという大切な思いや考え、信念…
そういうものが不当に攻撃されたとき、
それを本当に護れるのは、自分しかいない。
こればかりは、
かわりに誰かにやってもらうわけには
いかないのです。

自分の本当のところを、
本当に知っていて、いっしょに大切に
してくれるのは、自分しかいないんです。

誰にも理解されなくとも、笑われても、
世界の終わりまで味方でいてくれる、
いるべきなのは、まず自分自身なのです。

ローズさんは、
「自分の味方をして、大切なものを護り抜く」
ことを、
この時本当に心に決めたのだと思います。

それでも
反撃したらもっとめんどうになるとか、
クビになるかもとか、こんな時
思ってしまいますよね。

けど、
そんなものとは比べ物にならないものが
今、壊されようとしているのです。

その場の空気や一時の関係なんかが
壊れるのと、
人ひとりの心と身体が壊れるのと、
どちらが重いかなんて、
お話にならないくらい明らかです。

(あまりにも極限まで
追い詰められてしまうと、
いつもならできる思考や判断が
できなくなってしまうこともあります。

もし今、読んでくれている方のなかに
そんな状態の方がいたなら、
何よりもいちばん大切で護るべきなのは、
あなた自身の身体と心であるという
ことだけは、どうか忘れないでください。)

そういうものをときには、
ぶつかっても、闘っても
護らなければいけない。

そして、
ほどなくその機会はやってきました。

ある朝
美容師に髪をセットされながら、
なんだかいちいちどうでもいい
つまらないいちゃもんをつけてくる奥様。

しかし、今日のローズさんは違います。

わたしはぴたりと足を止め、
鏡のなかの奥様を長いあいだ
じっと見つめました。
その表情を見れば、
わたしがどんなふうに感じているかは
一目瞭然だったはずです。
また呼び鈴が鳴りました。
「ローズ、
この真夏になぜ厚地のガウンをよこしたの?
薄手のを持ってきなさい」
「そうおっしゃられても、
ないものはお持ちできないと思いますが」
「なるほどね、ローズ。
だったら布を買ってきて作りなさい」
「お断りします、奥様。
お金はお持ちなんですから、
ご自分で買いにいらしてください」
わたしはもう一度、
鏡のなかの奥様をじっと見つめ、
死ぬほどおびえている様子の
ミス・ドロシー(美容師)を
ちらりと見てから部屋を出ました。
三、四分後、またしても呼び鈴が鳴り、
わたしは三たび、奥様のお部屋に行きました。
「ローズ」
奥様はおっしゃいました。
「二度とさっきのような口の利き方を
したら許さないわよ。
いったいどうしたっていうの?」
「奥様」
わたしは答えました。
「この先わたしがどんな口の利き方を
するかは奥様しだいです。
下々の人間だって
“お願い”や“ありがとう”は言いますし、
世間一般の人々は、
人前で使用人を叱りつけるようなまねはしません。
ましてやご身分の高いご婦人は、
みんなのお手本になるべきだとされています。
申しあげたいことはそれだけです」

言ったったー!スカーーーッ!(´∇`)
かっこいいぜーーーっ!ヤンヤヤンヤ!

ついに、
奥様に立ち向かい、
大切なものを護りぬいたローズさん。

そして30分後(またリアルな間だな(笑))
お呼びがあったとき…

「ローズ」
部屋に入っていくと、
奥様はおっしゃいました。
「今朝はわたしが悪かったわ」

奥様もえらいじゃない!
奥様はどんなにやりすぎても
「それは本当にダメだろ!」
ってところは、
話せばちゃんとわかってくれるし、
悪かったわって言えるので憎めないんです。

そしてこのふたりの“戦い”は、
始めこそ、やるかやられるかの真剣勝負で
あったけれど、しだいに角がとれ、
ある種のゲームめいたものになっていき、
35年ものあいだ続いていくことになるのです。

勝負はつかずじまいでしたが、
勝ち負けよりもすばらしいものを、
ローズさんが、そしてきっと奥様も、
手に入れたのだろうことが、
このローズさんの言葉からも
わかります。

奥様がいくつも欠点をお持ちなことを
承知したうえで
ーときには欠点があるからこそー
そんな奥様に深い愛情を抱き、
その愛情は強まっていく一方でした。


こんなの、
ほんものの“ 愛 ”じゃないですか!

尊い!まばゆい!ウワーン!😭✨✨✨

********************

また、
アスター家の本拠地ともいえる
カントリー・ハウス「クリヴデン」での
生活と使用人仲間たちも
もうひとつのおおきなみどころです。

英国の上流階級では、
社交シーズンにはロンドンなどの都市部に
あるタウン・ハウスといわれる邸宅へ、
シーズンオフなどそれ以外の時期は、
おもに領地のある地方の田舎に建てた
カントリー・ハウスといわれる邸宅へと、
生活の拠点を移していました。

しかし19世紀後半~20世紀にかけて、
農業の不振やカントリー・ハウスに
課せられる税金が大幅に増やされるなどして、
屋敷を維持できなくなった所有者の貴族や
大地主たちが、屋敷を次々と
手放したり取り壊されたりされるなか、
アスター家のような外国の富豪が買い取って
住むようになっていきました。

このお話の時代もちょうどそんな頃。

そしてアスター家では、
おもに平日はロンドンのタウン・ハウス、
週末にはクリヴデンへと行き来する
生活をしていたようです。

ちなみに、
こちらがクリヴデンのお屋敷になります。

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… … …


…これは、城じゃね?城ってゆわね?


お屋敷と聞いて想像していた規模を
はるかに越えていました(笑)

週末過ごすだけの家でこれなんだ…

(しかもここんち、ロンドンとクリヴデンと
あと2つ、全部で4つ家持ってますから。
マンガの金持ちか(笑))

ここには、
当代の名執事といわれる
エドウィン・リー氏
(カズオ・イシグロ「日の名残り」の
主人公の執事のモデルとも
言われているのだとか!)
をはじめとする、下男、従僕、シェフ、
デコレーター(屋敷内に植物を飾りつける庭師)
ハウスメイド、乳母…
などなどの個性豊かな
たくさんの使用人仲間たちが登場し、
それぞれのエピソードや、
どんな仕事しているのかを見ることができます。

なかでもみんな総動員の団結力が
ものをいうのが晩餐会。

ひとつの晩餐会をつつがなく進行し、
素晴らしいものにするために、
どれだけの人が裏方から支えているのかを
見ることができます。

この頃でもすでに、
このお屋敷文化的なものは
斜陽になりかけていたものの、
まだまだじゅうぶんに華やかです。

リー氏やローズさんのいたクリヴデンは、
完全に沈む前の太陽が最後に放つ
強いきらめきのような時間だったように
思います。

実際、
個人としての所有者はアスター家、
奥様の次の代で最後となり、
ちょうどその頃に、プロヒューモ事件
(冷戦下のイギリスの陸相であった
ジョン・プロヒューモが、
ソ連側のスパイとも親交があった
モデル兼売春婦に国家機密を漏らした
とされる事件。)
という大スキャンダルのきっかけの場と
なってしまったりするのですが…。

現在は、ナショナルトラスト
(歴史的建築物の保護を目的として
英国において設立されたボランティア団体)
が管理する高級ホテルとなっており、
宿泊したり、日帰りでも
食事やアフタヌーンティーなどが
できるようです。

世が世なら、
庶民が入ることなんて叶わなかった
場所ですから、
そういう意味ではいい時代になったとも
いえます。

いいなー!いいなー!
クリヴデン泊まりたーい!お茶したーい!
記念に「おだまり!」って吠えてきたい!(笑)

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こちらはグレート・ホールというお部屋。

…!!

あーっ!あーっ!
左手奥の肖像画は…
奥様ではありませんかー!!(奮)

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これと同じ絵ですね。
うーん、お美しい…!!ポーズがかわいい🖤

(外側だけ見ると
お堅い小難しそうな本に見えちゃいますが、
すごく読みやすいんです!
ローズさんが目の前にいて
話してくれているような秀逸な翻訳です!
まあまあなボリュームなのに、
ペロッと読めます!)

余談ですが、
肖像画というのは最低3割盛るのが
基本だったと聞きます(笑)

もう写真がある時代ですので、
写真での奥様のお姿も残っていますが…

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奥様は、盛る必要が無かったようですね。
ただ、印象は盛ってますね(笑)
物言わぬ画だと、
なんだか儚げなおとなしそうな方に見えます。
とてもじゃないけど金切り声で
「おだまり、ローズ!」と吠えてるなんて
思えません(笑)

つうか、ここは生活をする場ではない!(笑)
調度とかがいちいちすごくて、
隙がなくてくつろげない!敷地でかすぎるし!
非日常の場所だよここは。
でもここで生活をしてた人がいたんだよな…

慣れかな…慣れるとくつろげるのかな?


でも、ローズさんから分けてもらった
思い出の火種が私のなかにも灯って
なつかしく息づいており、
初めてなのにまるで帰っていくように、
「クリヴデン」は、
いつか行ってみたい場所のひとつに
なっています。


本当に映画にしたらいいのにこれ。

(ちなみに同著者・訳者の
「わたしはこうして執事になった」
も、とてもおもしろいです。
リー氏も登場しますよ!)


おだまり、ローズ
子爵夫人付きメイドの回想
ロジーナ・ハリソン / 新井雅代 訳
白水社

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