見出し画像

デジタルアーカイブで「知の循環」を促す【Möbius Open Library Report Vol.19】

 皆さんはデジタルアーカイブという言葉をご存じでしょうか。Möbius Open Library(メビウス・オープン・ライブラリー:略称MOL)は東京学芸大Explayground推進機構のラボの一つとして、図書館と知の未来を志向し、活動を行っています。Dolphinラボと一緒にデジタルアーカイブの利活用に取り組んでいますので、今回はそのことについて紹介します。

デジタルアーカイブとは

 デジタルアーカイブは、月尾嘉男さんという方が「有形・無形の文化資産をデジタル情報の形で記録し、その情報を データベース化して保管し、随時閲覧・鑑賞、情報ネットワークを利用して情報発信」するものとして造語したことが始まりと言われています。
 全国各地の図書館や美術館・博物館では、1990年代の後半ごろから、貴重書や文化財などのコレクションがデジタル化されて公開され始めました。『デジタルアーカイブの構築・連携のためのガイドライン』には「図書・出版物、公文書、美術品・博物品・ 歴史資料等公共的な知的資産をデジタル化し、インターネット上で電子情報として共有・利用できる仕組み」と定義されています。
 さらに、2011年の東日本大震災の後、さまざまな震災・災害に関連するアーカイブが生成されていったことで、優良な文化財などに偏らない「記憶の継承」という考え方が生まれてきています。

 アーカイブという言葉は「蓄積する」というイメージが強いのですが、ただ単に蓄積しているだけではなく、インターネットで公開・共有するところが大事なポイントです。近年では、アーカイブされたコンテンツの「活用」も意識されるようになりました。内閣府の政策文書でも「そこにある各種データを有効に用いることで、教育・防災目的での活用や、観光利用によるインバウンド効果、デー タに付加価値をつけたビジネス利用、地域情報を用いた地方創生、データ共有による研究活動の活性化など、様々な活用」に期待が寄せられています。このようなデジタルアーカイブ社会の実現のため、2020年には国の分野横断統合ポータルとして「ジャパンサーチ」という検索サイトが公開されました(ちなみに、試験運用は2019年からです)。ジャパンサーチを検索してみると、デジタルアーカイブとはどんなものか知ることができます。

・デジタルアーカイブの構築・連携のための ガイドライン. 総務省. 2012.3 https://www.soumu.go.jp/main_content/000153595.pdf
・我が国におけるデジタルアーカイブ推進の方向性.デジタルアーカイブの連携に関する関係省庁等連絡会・実務者協議会. 2017.4
 https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/digitalarchive_kyougikai/houkokusho.pdf
・加藤諭「アーカイブの概念史」『デジタル時代のアーカイブ系譜学』(みすず書房, 2022.12)

 

MOLとドルフィンの出会い

 さて、MOLのメンバーがExplayground推進機構のラボであるDolphin(ドルフィン)ラボと出会ったのは、ちょうどコロナで学校が休校となっていた2020年5月のことです。ドルフィンは、「過去・未来・世界とジブンを繋ぐ探究学習ラボ」で、AIやデジタルアーカイブ、オンライン授業やメディアアートを用いた研究と実践を行っています。休校中の児童がオンラインで学習できるよう、デジタルアーカイブを利用した教材を開発するということで、そのレビューをお手伝いすることになったのです。ジャパンサーチのワークスペースを活用してみようという教材でした。その時の作品は今もYouTubeに残っています。

 これをきっかけに、MOLメンバーはドルフィンが主催するS×UKILAM連携のワークショップに参加することになっていきます。S×UKILAMは学校(School)と大学(University)公民館(Kominkan)企業(Industry) 図書館(Library)文書館(Archives)博物館・美術館(Museum)を連携させようという活動です。デジタルアーカイブを用いて、学校教員と図書館・博物館・美術館等のデジタルアーカイブ運営者が協力しながら、学校で利用できる「教材」を作るワークショップを開催しています。
デジタルアーカイブで図書館が提供している画像データが授業で利用できる「教材」に生まれかわることは、まさしくMOLのコンセプトであるメビウスの輪の左側(図書館)と右側(学び)をつなぐものといえます。MOLの「知の循環」の再構築と通底する活動として、MOLとドルフィンは結びつきを深めていきました。

教育コンテンツアーカイブの構築・公開

 東京学芸大学のデジタルアーカイブについても紹介しておきましょう。東京学芸大学附属図書館では、1996年に双六コレクションをデジタル化したことに始まり、往来物・明治期教科書・おもちゃ絵・心学資料といった特別コレクションをデジタル化し、インターネットで公開してきました。ただ、それらは活用のための基盤としては十分なものではありませんでした。また、附属図書館で所蔵している貴重書の画像だけではなく、学内の各所に写真や動画などが散在していることも課題でした。それらを掘り起こし、統合し、再生したのが、2022年5月に公開した「東京学芸大学教育コンテンツアーカイブ」です。
 このデジタルアーカイブは「活用」を意識した基盤になっていることが特徴です。「みんなで翻刻」というシステムとの連携によってくずし字を読めるようにしたり、学校教育の中で活用してもらえるように学習指導要領コードをタグづけしたり、画像の相互利用がしやすいデータ形式(IIIFフォーマット)を採用したりしました。それまで許可制にしてダウンロード不可にしていた画像の利用申請も、「所蔵館を明記すれば自由に利用可能」という二次利用条件で公開することになりました。著作権保護期間が満了した古典籍の画像ですから、面倒な手続きをなくして「知の循環」を促そうということです。
 これらの構築とシステム連携やライセンスの検討はMOLメンバーのちょびを中心に進めてきました。詳細は次の論文で発表しています。

・瀬川結美,木越みち,高井力,竹村寛子,横山美咲,高橋菜奈子「デジタルアーカイブの教育利活用を目指して」 大学図書館研究 121, 2022-08-31 https://doi.org/10.20722/jcul.2136
・瀬川結美 「コレクション運用における連携・協力―東京学芸大学教育コンテンツアーカイブを事例として」情報の科学と技術 73(4) p.134-139 2023-04 https://doi.org/10.18919/jkg.73.4_134

 

活用ワークショップの開催

 「教育コンテンツアーカイブ」の基盤が整ってきましたので、さらなる活用策として、ドルフィンと大学図書館は協働して、ワークショップを開催しました。1回目は2023年3月4日の「デジタルアーカイブでお宝資料発見☆オリジナルミュージアムを作ろう!」、2回目は同8月24日の「デジタルアーカイブを活用して授業で子どもたちの「問い」を引き出す「教材化」ワークショップ」です。このnoteでは附属図書館を会場に実施した8月のワークショップを取り上げたいと思います。

 S×UKILAMのワークショップは、先に述べたように、図書館のデジタルアーカイブ運営者にとっては、自分たちのデジタルアーカイブを活用してもらう絶好の機会になります。特に「教材」という成果物は、教員養成系大学の学芸大にとっては、とても望ましい活用方法です。いつもは現職の学校教員の方々が参加して、自分の授業に使える「教材」を作られることが多いのですが、今回のワークショップでは、学校教員を目指して勉強中の学芸大生のために開くことにしました。

 当日は、最初にドルフィンのリーダーの大井将生先生からデジタルアーカイブの活用についての講義、宮田諭志先生からは実際に学校現場での授業の事例紹介、私(ななたん)からは学芸大だけでなく様々なデジタルアーカイブの紹介を行い、いよいよワークショップの開始です。20名の学芸大生・現職教員と図書館職員の皆さんが6つグループにわかれて、ワクワクしながらデジタルアーカイブを探索し、「教材」を作成していきました。各自のPCでデジタルアーカイブの検索をして、授業展開のアイデアをホワイトボードに書き込みながら頭をひねったり、教科書など学芸大の図書館の資料を持ってきて突き合わせながら検討したり、スライドをディスプレイに投影して皆で作業したりと、各グループで思い思いに作業が進みます。途中で各班の様子をシェアする時間を設けて、そこまでのアイデアをさらに高めていきました。

グループでの検討の様子

ワークショップ最後の各グループでの発表では、「月と和歌」「東海道地名つなぎ」「絵双六から考えるサクセスストーリーとジェンダー」「源氏物語若紫巻」「室町時代の歴史や文化」「師範学校のリアル」「生物多様性(三葉虫)」など、さまざまな教科の素敵な「教材」が発表されました。たとえば「扇の的」という教材では、中学校古典の『平家物語』の那須野与一が的を射る場面をデジタルアーカイブの中から探し出しています。文学のことばを絵画化する時、クライマックスとしてどの場面を選び出すのかという「問い」のもとに、古典の言葉を探究していく教材となっていました。

こうして出来上がった「教材」はS×UKILAMのサイトで公開されています。

ワークショップの成果例

デジタルアーカイブと「知」の循環

 デジタルアーカイブを活用して「知」を循環させる活動について、私(ななたん)はこのほかにもいくつか取り組んでいます。竹早地区の附属学校で行っている「未来の学校図書館」の活動の中でもデジタルアーカイブに着目し、中学校の古典の授業でデジタルアーカイブを活用したり、児童生徒の作品をアーカイブしようと試みてきました。その成果は竹早地区の公開研究会などで発表しています。東京学芸大学学校司書部会が主催する「みんなで学ぼう!学校司書講座2023」でも、全国の学校司書さん向けに少しお話をさせていただきました。
 過去から現在までのさまざまな「知」が詰め込まれたデジタルアーカイブには、多くの可能性が秘められていると言ってよいでしょう。日本中・世界中でのデジタルアーカイブの構築・公開と、それを使って新たな「知」が生み出される学習と学術の活動が、良き「知の循環」となるように、MOLでも
小さな活動を積み上げていきたいと思っています。(文責:ななたん)

【これまでのMOL Report(抜粋)】
No.18  図書展示で「知の循環」を促す
No.17 未来の学校図書館に向けて
No.16 図書館の使命と目標を策定する

【Explayground URL】 https://explayground.com/


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?