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いつか神様に救って欲しいから

自分の腕に入った刺青を眺めながらそう呟く男の子と、短い冬の間だけ付き合っていたことがある。

否、付き合いと言えるほど長くはなかったと思うし、たった2ヶ月ほどで終わった気がするからあれはまだ愛じゃない。私が20歳の時のことだったのは覚えている。

彼は当時、大学生だった私がバイトをしていた店の2階にお母さんと住んでいて、半分はフィリピンの血が入っていた。お母さんは綺麗な異国の人だった。
よく夕ご飯を食べに店に一人で来ていたので、歳が同じだと分かってからはすぐに仲良くなった。元ヤンの彼は自慢のバリバリのヤン車で、深夜のラーメン屋や夜景の見える場所へ気まぐれに連れて行ってくれた気がする。
話し上手で、音楽が好きで、かなり頭は悪かったけれども面白くて、いつもどこかが寂しいと素直に言っていた。オレだけがお母さんと住んでるんだよね。姉ちゃんたちはお父さんと住んでる。


もう覚えはないけれど、どこかへ行った帰りに入ったドンキホーテで彼は棚に並んでいた芳香剤の一つ勝手に開封し、
「あんま好きな匂いじゃないや…ごめんね開けちゃって」
そう言って勝手に開けたそれにバイバイと手を振り、悪びれもなくスタスタ立ち去っていった。それを見て早めに別れた方がいいだろうと決めた。

唯一残っていた写真


友達だったらいい、永遠に他人なのだから。でも恋人となるとそれ以上どうにも歩み寄れない人間性というものがあるのだとその時は思った。
自分とまるで違う世界からやって来た人と付き合ったのは初めてで、私は付き合う前から彼をそうやって「自分とは違う人」と決めつけ、半ば興味本位で一緒にいたのだからあまりにも愚かだったとしか言いようがない。

そんなコトだめだよと彼に言い聞かせる権利は私にはないし、そうやって生きてきて、そうあることが普通の世界で今も生きているんだ。自分の常識を見せびらかしたり人の常識に口出すよりも別れた方がお互いに幸せだ。と思って歩み寄る事から逃げた。
彼は私を「金持ち大学生」と言っていた。

まあ双方そんな風に思っていたのを考えたらこれは普通に恋人でも何でもなくただの性欲の付き合いだったのだけれど、別れる少し前に何で刺青を入れるのか聞いた時、彼が言ったこの冒頭の言葉だけは忘れる事ができない。

「何で刺青入れるの?痛くないの?」
「カッケーじゃん、めっちゃ痛いよ」
「これなんの字?」
「梵字知らないの?仏の字だよ、ヤンキーはみんなこれが好き」
「何で?」
「俺たちみたいなのでも、最後は神様に救ってほしいから」


普段ニヤニヤおちゃらけていた人が、その言葉を言った時だけは目を伏せてじっと自分の墨を見つめていた。
一体何から救って欲しかったんだろう。何も知らない。結局、別れるだの何だのの前に年明け早々浮気まがいの事をされてなあなあに消滅した。

まあ、「仏様も神様も死ぬまでは気付いてくれないと思うよ」だなんて返す心のない女といても嬉しくなかっただろうという事は分かる。
これは自分も子どもの頃に救われなかったからそう言い返してしまったのだけれど、どう考えても幼稚だ。やっぱり自分の常識は人に見せびらかすべきじゃない。
もうほとんど記憶にもないけれど、私はあの言葉にそう返した事だけをずっと後悔している。


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